閑話 運のない男

 

 迷宮都市の市長スタロは、今日、何度目かになるため息をついた。


 ため息をつく原因はただ一つ。迷宮都市にあるダンジョン「アビス」、これが踏破され、その最下層から一冊の本が見つかったという知らせが入ったからだ。


 人界最大の規模を誇るダンジョン、アビスで見つかるものは貴重なものが多く、物によっては一生遊んで暮らせるだけの価値になる。そのダンジョンの最下層から発見された本にどれだけの価値があるのかは、良くも悪くもスタロには想像ができない。


 その本を一時的とはいえ、市長であるスタロは管理しないといけない立場にあった。


 武器、防具等であれば商人や鍛冶師に鑑定してもらい、値段をつければいい。国が買えるほどの金額になったとしても、それは簡単に終わる。


 だが、本は違う。中身を確認し、内容を精査し、価値を決める。


 それをするのが迷宮都市の市長であるスタロの仕事の一つであった。


「なぜ私の任期中に踏破されますかね」


 スタロが市長になったのは嫁のためだ。市長という仕事をやりたかったわけではない。


 嫁とは幼馴染ではあった。だが、大手ブランドを経営している大商人の娘と、その護衛の息子、という立場で、本来であれば結婚など不可能であった。


 だが、商人の親が、二人が子供のころから仲がいいことを知っており、娘が四女ということもあって、スタロに商才を見せれば結婚を許すと条件を出した。


 残念ながら商人としての才能を見せることは出来なかったが、人と縁を結ぶことが上手かったスタロは、いつの間にか市長に推薦され、さらに後援会からの多大なる支援により、本人の意思に関係なく市長に上り詰めてしまった。それもただの市長ではなく、迷宮都市の市長に。


 それを見た商人の親は、娘の婿としては十分な資格ありとして結婚を認めた。


 それが三年前。市長の任期は五年で、何もなければあと二年で終わるはずだった。


 だが、何かがあった。それがアビス踏破。しかも検証が面倒な本の発見という形で。


 スタロはまたため息をつく。


 今日は本を発見した冒険者を執務室に呼び、本を預かると同時に、内容について精査できそうな人の推薦をしてもらう。その後、本の内容を漏らさないために制約魔法をかける、という予定であった。


 なぜ、そのような面倒なことをするのか。それはダンジョンで見つかる物の中には失われた魔法や技術が使われていたり、書かれていたりすることが多いからだ。復活した魔法や技術を再喪失しないように、アビスで見つかったものは慎重に取り扱われている。


 ただ、武具等とは異なり、本の場合は内容が正しいかを精査する必要がある。精査の間に内容が流出してしまうと、内容が正しいかどうかに関わらず、本の価値が下がってしまう。それを避けるために発見者に口外しないための制約魔法を掛けていた。


 そもそも発見者は見つけた物の価値を下げるような真似はしない。だが、悪意ある者に無理やり吐かされる、という事件が過去にあった。このことから、制約魔法は本の価値を下げるのを防ぐ以外にも、発見者を口外できない状態にすることで、悪意ある者から発見者を守る、という役目も担っていた。


 そしてそれらの制約や精査に掛かる費用はすべて迷宮都市が出している。アビスで見つかったものは、迷宮都市でオークションにかけられ、その落札価格の一割が迷宮都市の収入になるためだ。この利益のために、迷宮都市は冒険者に対してあらゆる便宜を図っていて、制約による保護や精査もその一つだった。


 武器や防具、魔道具などであれば、検証に掛かる費用はそれほど掛からない。だが本の場合、内容によって価値の差が激しく、検証に使った費用よりも収入が少ない場合もある。そうなれば当然赤字だ。


 最下層で見つかった本ということもあり、その価値は期待できるが、ほとんど価値が無い可能性も否定はできない。検証にどれだけの人を集めなくてはならないのか、そもそも集められるのか、ということもある。


 これらがスタロを悩ます問題だ。下手に多くの赤字を出せば、リコールされる可能性がある。そうなると、最悪、嫁と離婚ということも考えられる。


「市長になったときは運が良かったと思いましたがね……」


 自分の運のなさに、スタロはまたため息をついた。




 秘書に連れられて執務室に入ってきたのは若い女性であった。


 スタロから見た彼女は、年齢は二十歳前後で、漆黒の長い髪とそれと同じ色の瞳に白い肌。容姿は十人に聞けば十人が美人と答えるだろう。だが、スタロはその女性が作り物のような印象を受けた。そして、その黒い瞳を見つめているとすべてを見透かされてしまうような感覚に陥った。


 秘書が部屋の外に出た後も、お互いが黙っていた。スタロのほうは口を動かせなかった、と言ってもいい。


 高ランクの冒険者にある威圧、またはオーラとも言えるものを若い女性が放っていることに衝撃を受けていた。スタロはその立場から、高ランクの冒険者に会うことも多い。だが、そういった冒険者はいずれもそれなりに高齢だ。目の前にいる若い女性が身につけられるものではない。だからこそ、驚きで口を開くことができなかった。


「初めまして。冒険者ギルド所属、ランク、アダマンタイトのセラです」


 透き通るような美しい声を聴いたスタロは、目の前の女性が発声したことに遅れて気づいた。


「え、ええ、こちらこそ初めまして。迷宮都市の市長をしているスタロです。本日はご足労頂きまして、ありがとうございます」


 スタロは挨拶をしながらゆっくりと心の中を落ち着ける。よく考えれば、アビスを一人で踏破するほどの実力者なのだ。見た目は若い女性だが、見た目通りの年齢ではないかもしれないと、スタロは自分にとって都合のいい解釈をした。


 そもそも今回は、アビスで見つかった本の事がメインであり、目の前の女性はあまり関係がない。スタロからすれば、主導権を握るといった交渉事ではなく、淡々と事務的な手続きを済ませるだけなのだ。


「失礼しました。アビスを踏破した冒険者ということで、もっと厳つい方が来られるかと思いまして」


「お気になさらずに。初めて会う方に冒険者ランクを教えると、同じような反応になりますので、慣れています」


 スタロは、でしょうね、という相槌を打つ代わりに少し微笑んだ。そもそも、このような容姿の上に、冒険者のランクが最高峰のアダマンタイトなのだ。初見で信じろ、というのが無理だ。


「では早速、アビスで見つかった本について手続きさせていただきますね」


「はい、こちらがその本になります」


 セラが何もない場所から一冊の本を取り出す。スタロは一瞬驚いたが、空間魔法で亜空間から取り出したのだと理解した。


 最近では空間魔法が付与された魔道具が多く流通しているので見慣れないというほどではない。だが、素で空間魔法を使える者が人界で何人いるだろうか。それだけで目の前の女性が普通ではない、と改めて認識させられた。


 スタロはテーブルに置かれた本を観察する。タイトルはない。どこにでもあるような本に見える。


「失礼ですが、この本で間違いありませんか?」


 スタロはもっと古めかしい本を想像していた。だが、テーブルにある本は最近発行されたと言われても不思議ではない。


「本は保存魔法で状態を保持しているようです。それとダンジョンの最下層で見つけた証拠にギルドカードから抜きだした情報があります。こちらを確認してください」


 セラはまた何もない空間から紙束を取り出した。取り出した紙束をスタロは受け取り、メガネの位置を整えてから読み始めた。


 紙束に書かれている内容は、セラのギルドカードから抜きだしたと思われる情報であり、本を最下層で入手したことを証明するものであった。最後には冒険者ギルドのグランドマスターがこの内容が本物だと証明する署名まで記載されていた。


 スタロが紙に魔力を流すと、本と紙が関連付けされているように同じ青色で淡く光った。


「間違いないようですね。関連魔法で本と紙がリンクしています。疑うような質問をしてしまい申し訳ありません」


「問題ありません。私も最初にこの本を見た時、疑問に思いましたから」


 スタロは本と紙束を柔らかい布で包み、魔導金庫に保管した。これでスタロ以外取り出せない状態となる。スタロになにかあった場合は、副市長や秘書などが取り出せるが、スタロが生きている間は誰にも取り出せない状態となった。


 この本の価値はまだ決まっていないが、スタロは命を狙われる立場となったことで、またため息をつきそうになった。セラの手前、ため息をこらえたが。


「セラ様はこちらの本をすでに読まれていると思います。その内容を言わないように制約魔法を掛けさせていただきますが、これは拒否できません」


「はい」


 スタロは制約魔法を使える魔道具を取り出すとテーブルの上に置いた。直径二十センチ程度の水晶で、台座の上に固定されている。


「水晶に手を置いて、『アビスで手に入れた本に関して内容を口外しない』と宣言してください」


 セラは手を置こうとして留まった。スタロが訝しげにセラを見る。


「内容に関わることを話せないことを制約してしまったら、アドバイスできなくなりますが?」


「あ」


 スタロは今になって気が付いた。セラから内容に関して聞くことはないが、内容を精査するために集める人の推薦をしてもらう必要があった。制約魔法を使った時点で内容に関するアドバイスも得られないところであった。


「失礼しました。先に制約魔法を使っては何も聞けなくなるところでしたね。申し訳ない」


「いえ、やる前に気付いて良かったです」


 スタロはメモ帳を取り出し、セラに詳しく聞く姿勢になった。


「それではセラ様、まずは、あの本がどういったものであったかを簡単に教えていただけますか?」


 ダンジョンで発見される本には種類がある。とくに魔法書や技術書が多い。それらはダンジョンコアと呼ばれるものが本を生成しているからだ、と言われている。


 コアはダンジョン内の生物から魔力を吸い取り、その魔力を使ってダンジョンの維持管理をしている。魔力を必要以上に吸い取った場合、その余剰魔力で何らかの物質を作り出す。それが武器や防具、そして本といった物になる。ダンジョン内で武具や本が見つかるのは、ダンジョン内で使われた武具、魔法等をダンジョンコアが解析して、新たな武具や本として作り出しているからだ、と言われていた。


「簡単に言えば、日記です」


「日記ですか?」


 これはどうなのだろうか、スタロは喜ぶべきか、嘆くべきか迷った。日記の場合、価値は内容よりも誰の日記かによる。もしも、王族、貴族、もしくはそれに近い者であれば価値は上がるが危険度が増す。


 大昔に王族の乳母を務めた女性の日記がダンジョンから見つかったときは酷いことになったと記録されていた。王族の血を引く者が暗殺を逃れていたことが日記に書いてあり、最終的にその国で内戦が勃発した。そして暗殺を逃れ、当時傭兵をやっていた王家の血を引く者は、暗殺を企てた兄弟達を殺し、新たな王になったという話がある。


 もしもそういうことが書いてあれば、公になる前に王族に話をつけて買い取ってもらうしかない。その場合、口封じに死が待っている可能性もあるが。


「驚かないのですね?」


 セラの声にスタロは意識を取り戻した。スタロは日記と聞いて随分考え込んでしまったようだ。


「驚く、ですか? いえ、日記であれば筆者や内容次第ですので、まだ驚くところでは……」


 そこまで言いかけて、スタロは止まってしまった。日記、彼女は確かにそう言った。それはアビスの最下層に日記があったという意味になる。


 アビスは千年前から存在する人界最大のダンジョン。そして今回初めて踏破されたはずだ。少なくとも踏破されたという公式な記録はない。


「まさか、すでに踏破されていたということですか? あの本はダンジョンコアが生成した本ではないと?」


「それは日記の内容に関わることですので、この場では言えません」


 スタロは最下層で本が発見されたと聞いたとき、ダンジョンコアが作り出した本だと考えていた。それに、ダンジョン内で見つかった乳母の日記のことも有名な話なので、セラから日記と聞いても疑問には思わなかった。


 だが、よく考えれば乳母の日記はダンジョンの最下層で見つかったわけではない。そしてダンジョンコアが未知の物であったとしても、日記は作り出せないはずだ。少なくともそんな話を聞いたことはない。


 スタロは日記であるということを考慮して三つの可能性を考えていた。


 セラが踏破する前にすでに踏破されており、その人物が日記を置いた。またはアビスの制作者が最下層に住んでいて、その日記が残った。もしくは、ダンジョンコアが意思を持っており、コア自身が日記を生成した。そのどれでもない可能性もあるが、おそらくこの三つだろうと予想した。


 スタロは俄然興味が湧いた。どの可能性も本の価値を上げてくれる、と思ったからだ。


 最初にアビスを踏破した者の日記なら無名でも相当な価値があるし、ダンジョン制作者の日記ならコレクターが多く、これまた価値が高い。ダンジョンコアの日記ということになれば、希少価値は計り知れない。それ以外の可能性は分からないが少なくとも価値がない、ということはないだろう。スタロは内心ホっとした。これなら赤字にはなるまい、と。


「いや、驚きました。本の価値だけを考えてしまって、日記と聞いた時点でおかしいと思わないとは。お恥ずかしい限りです」


 セラが微笑むと、スタロは照れ笑いしかできなかった。ハンカチを取り出して、額の汗を拭い、一つ咳払いをすると仕切り直した。


「では、次は検証についてのアドバイスを頂きたいと思います。本の内容に関して、どの方なら検証ができるとお思いになりますか? もし、推薦できる人が居なければ、こちらで用意することも可能ですが」


「はい、全部で七人を考えています」


 七人。それほど多くはないが、日記ということで色々な学者を呼ぶ必要があるのだろうか、とスタロは考えていた。もしくは、日記に有名な人名が記載されていたなら、その子孫ということも考えられる。スタロはセラの言葉を待った。


「まずは、魔王」


「はい? 魔王と聞こえたのですが、魔界にいる魔王ですか?」


 セラは首を縦に振ることで肯定する。


 スタロは考える。魔王とはいえ、お金を積めば呼ぶことは可能だ。だが、お金を積んだとしても、日記の検証で呼ぶことが可能なのだろうか。だが、これを考えても仕方がないと割り切った。要請をかけて駄目なら諦めるしかないのだから、今この場で悩む必要はない。


「わかりました、なんとか要請して交渉してみましょう。では、次の方を教えてもらえますか?」


「次は勇者を」


 スタロはそもそも勇者のいない場所に魔王を呼ぶことはできないことを改めて思い出した。魔王の抑止に勇者は必須だ。ただ、勇者は何人かいる。どの勇者を呼ぶかが問題となる。


「どの勇者を呼ぶかも決まっていますか?」


「狂姫を」


 スタロはむせた。戦闘狂で有名な勇者を魔王と同じ場所に呼ぶとなれば一触即発だからだ。人魔大戦が勃発してもおかしくはない。それに強者には誰にでも戦闘を仕掛けるので、魔王がいる、いないに関わらず、会いたくない勇者だ。


「念のため、理由を聞いてもいいでしょうか? 他の勇者では駄目なのですよね?」


「他の勇者では駄目ですね。日記に関わりがあるのが狂姫です、としか言えません」


 彼女はお金というよりも強者がいれば要請に応じるだろう。魔王が来ると分かれば絶対に来る。ならば、まず魔王の回答を待ってから要請しよう、とそんな風に考えをまとめた。


「次はどなたになりますか?」


 正直なところ、魔王と勇者以上に厄介な者は居ないはずだとスタロは考えていた。居たとしてもどうでもいい、とやや自暴自棄になっていた。


「魔女を」


 魔女。人界で最も魔力が高い女性に贈られる称号。スタロの記憶では、現在の魔女は魔術師ギルドのグランドマスターであった。


「魔術師ギルドのグランドマスターですか? それなら面識もありますし、要請は楽ですね」


 セラは首を横に振った。


「違います。その方の娘です。二、三日前に魔力がグランドマスターを上回り、新たな魔女になったはずです」


「そうでしたか。いえ、知りませんでした。魔術師ギルドからの発表を見過ごしていたかもしれませんね」


 スタロはグランドマスターの娘とは面識がない。息子達と面識はあるが、娘がいたということすら知らなかった。改めて情報を確認しておこうとメモ帳に書いておいた。しかし、不思議に思う。その娘は魔女ではあるのだろうが、日記にどう関わりがあるのだろうか、と。経験、知識、共に母親の方がいいはずだが。疑問には思うが、スタロはかなり疲れてきたので次に話を進めた。


「あと、四人ですね。要請が楽な方だと助かりますが、他には誰を呼べばいいでしょうか?」


「聖女をお願いします」


「聖人教の聖女ですか? どの派閥の聖女ですか?」


 聖人教とは人界で功績を遺した人を死後、聖人として信仰する宗教である。信仰する聖人は誰でもいいが、複数の聖人を信仰することは許されていない。そのため、信仰する聖人毎に派閥が出来ており、たまに派閥同士で騒動になることがある。そして派閥ごとに聖女と呼ばれる女性がおり、その派閥の象徴になっている場合が多い。


「聖母の派閥ですね」


 聖人教最大派閥の聖人、聖母。彼女の作った孤児院の出身者は大変優秀で、あらゆる分野で活躍していた。戦争が多かった頃にはその孤児院で育てられた子供達も多く、その子供が大きくなり、結婚して出来たその子供等、全員が聖人教で聖母を信仰した結果、最大派閥となった。


「要請はしてみますが、来てくれるかわかりませんね。本人はともかく、他の教徒が賛成するかどうかわかりません」


 聖母の派閥にいる聖女は、聖母の再来といわれるほどの人物だ。すでに聖人として信仰されているとも言われている。ただ、問題なのは、若干十歳であること。同派閥の教徒にかなり過保護にされているとスタロは聞いていた。


 残りは三人。スタロとしては、なんだか人界征服でもできそうな面子だな、と疲れた頭で考えていた。少なくとも自分はその場に居合わせたくない。だが、それらの人物と交渉しなければならないのは自分だな、と思うと胃が痛くなった。


 そんなことはつゆ知らず、セラは推薦を続ける。


「次は冒険王を」


「ああ、彼ですか。彼でしたら何度か会ったこともあります。ただ、連絡がつくかどうかが心配ですね」


 人界にある未発見の遺跡、ダンジョンを発見することにかけて追従を許さない冒険者。通称、冒険王。一つの場所に留まっていないことでも有名で冒険者ギルドでも場所が把握できないと言われている。


 スタロとしては面識もあるし、冒険者ギルドに所属しているということから依頼も簡単なので、要請自体は楽だな、と考えていた。


「では次の人をお願いします」


「次は考古学者。教授と呼ばれている方ですね」


 スタロはその人物を知らない。二つ名があるということは、かなり優秀な学者なのだろう、程度の認識だ。


「教授、ですか。私は詳しくないのですが、どういった方でしょう?」


「私も詳しくは知りません。ただ、今は空中都市落下跡地で発掘作業をしているようです」


 空中都市落下跡地。千年前に落ちた空中都市と呼ばれていた物は、実際には半径五キロ程度の何もない半球体であった。だが、数百年前に内部へ入る入り口が発見され、今は冒険者等が一攫千金を求めて探索をしている。そして落下跡地周辺には、迷宮都市と同じように都市が出来ていた。


 その空中都市落下跡地で発掘作業をしているのが教授らしいが、スタロとしては疑問があった。


「詳しく知らないのに、検証する人として推薦するのですか?」


 スタロには、セラがどういう理由で推薦しているのか分からない。だが、詳しく知らない人を推薦したりするだろうか。もし、いい加減な人を選んで、日記の価値が下がってしまえば、自身の収入も減る。アダマンタイトのランクであれば収入などどうでもいいのかもしれないが、検証に掛かる費用は迷宮都市が払うし、わざわざ変な人を推薦して、本の価値を下げる必要はない。


「教授に限らず、これまで推薦した皆さんについては、私は会ったことも、名前も知りません。ですが、分かります。あの日記に関わりがあると」


 スタロはセラの瞳を見つめる。最初に見た時のようにすべてを見透かされる感覚にとらわれるが、ぐっとこらえて観察した。スタロにはセラがいい加減に言っているのではなく、何かの確信をもって言っているように見える。理由を知りたいが、日記に関わることなので聞くことはできない。なら言えることはただ一つ。


「わかりました。セラ様を信じましょう」


「ありがとうございます」


「では、次で最後ですね。どちらの方になりますか?」


 スタロはこう言いながら、その知らない相手に同情していた。このメンバーの中に放り込まれる最後の人は可哀想だな、と。


 なので、スタロはセラの言葉を聞いたとき、自分に運が無いことを改めて認識した。


「貴方を」


 スタロは何も答えられずにセラを見つめた。


「迷宮都市市長スタロさんを検証メンバーに推薦します」

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