コランダムのメモリ

 北の水晶窟で取れる水晶が、呪いや魔術に向いている、というのは周知の事実だが、他の産地のものはどうなのか、ということは案外知られていない。子供に魔法の杖やアクセサリーを買い与える親は、北の水晶窟のものは避けたがる。水晶そのものが呪われているわけでもないのに、さも水晶そのものに呪いが掛かっているかのように思っている。


「コランダムのメモリを」

 と、店に来た客が言った。

「かしこまりました」

 メモリというのは、魔法の術式を保存しておける鉱石のことだ。言ってしまえば、その辺の石でも術式の保存自体は可能だが、やはり鉱石の質によってその精度や再現したときの質は変わってくる。一等はもちろんダイヤモンドだが、それより手頃(でも高価だとは思うが)なコランダムが、職業魔術師の間では人気だ。趣味とか日用で使うなら、水晶が好まれる。学生はほとんど水晶だ。


 ひとまず売れ筋のコランダムを並べる。この客、鉱石のこともそこそこ詳しいらしい。普通の人間なら「コランダム」なんて言わない。「ルビー」か「サファイア」だ。赤いものをルビーと呼び青いものがサファイアになる。最近じゃ、ルビー以外をサファイアって言ってしまったりするんだけど。ピンクサファイアとかね。

 ということで、ルビーもサファイアも一緒くたに、色順に並べた。形は色々だが、うちの店で扱っているのは短いスティック状。大体一つの石につき一つの術式を保存できるが、鉱石の質によって容量が変わってくる。質が良ければ容量も多いが、その分値段も張った。


 水晶くらいから、ある程度の術式を安定して保存できる。水晶でも質が悪かったり、それ以下の鉱石だったりすると、いざ使おうとしたときに術式が壊れていたり変性していたりする。それで事故も起こるので共通規格が設けられたが、ジャンク品や自作の質の悪いものは個人レベルで取引されているようだ。


 ハーミット魔術工業のメモリならそんなことないけどね! 水晶でも規格を満たしたものをお取り扱いしております。新商品、ダブルメモリ……二つの薄い鉱石を組み合わせて、一つの媒体に二つの術式を保存できるメモリもちょっとお高いがものは良い。


 コランダムのメモリを所望した客は、ファイアーサファイアのメモリを買っていった。化粧箱に詰めてお渡しすると、ご満悦で帰って行く。コランダム、覚えておくと良いぜ。あの石綺麗だけど何て宝石だろう。知ってる名前を言ってもあれを出してくれない、ってなったらコランダムかもしれないからな。


 話は変わるが、北の水晶窟で採れる水晶は実は向いていない。あれは一瞬の爆発力に力を貸してくれる奴であって、自分の内側に術を飼っておけるようなタイプではないのだ。水晶でメモリにするなら、南で採れた水晶が良い。あれは人との対話に向いている。こちらの働きかけに返してくれる。北の水晶は、まるで配下の様にこっちの命令だけ聞いて、自分の持ってる物をこちらに渡しちゃくれないのだ。

 いかなる術にも向いている一方で、人とやりとりすることだけは不得手。あなたの知ってる不器用な誰かさんみたいだろう? 即席の身代わり魔術なんかにも惜しみなく性能を発揮するもんだから、北の水晶窟で採れた水晶のメモリは、一時期お守りとしてもてはやされたものさ。


 そのせいなのか、最近は南の水晶が主流で、北の水晶で作られたメモリはほとんど流通していない。


 俺も今一個胸ポケットにお守り代わりに入れてるだけ。でも俺はこいつが俺の代わりに砕けたりしたら悲しいと思うね。

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