第9話

 大都市ヤンブラシティ。オータム王国有数の巨大カジノを持ち、連日世界各国から大富豪が桁外れの金額をかけあう眠らない街。夜になれば、これでもかと酒場が並び、大勢の観光客で賑わっている。経済界にも強い力を持ち、オータム王国以外の国からも、その手法を学ぼうとする学術者が訪れるはどだ。


 輝かしい大都市。その光の面とは裏腹に、この街にはもう一つの顔があった。


 別名、蛮族の街ヤンブラ。


 世界的にも珍しい、トロルやゴブリンなどの蛮族が、人と同じ街の中で共存している特殊性を持っていた。街の北側には蛮族が、南側には人々が、中央に走る魔法結界が施された壁を境界として日々の営みを送っている。


 北側と南側をつなぐのは、壁に一箇所設けられた関所で、ここを通らなければお互いに行き来はできないことに建前はなっている。


 そもそも、蛮族と同じ街で人が暮らすようになった理由とは?


 俺は、ヤンブラシティへ来る前に、入念に街の歴史や構造について下調べをしていた。これほど異彩を放っている街は、数多くの町を訪れた俺も初めてだったのだ。


 それは、今から数百年も昔。勢力拡大を目論む当時のオータム国王が実行したある政策に起因する。国王は、地方にあり、面積が広く、貧しい町を探していた。


 その頃のオータム王国は、周辺に出現し始めた蛮族の襲撃に疲弊し、国力の維持が困難な状態となっていた。オータム王国内の至る地方に現れる蛮族の討伐は、兵力の分散につながり、隣国の侵攻にも怯えなければならなくなっていたのだ。


 そこで国王は、これまた当時の蛮族の長たるレッドトロルに対し、交渉を持ちかけた。それは、蛮族に対し充分な衣食住を与える代わりに、オータム王国への攻撃を停止すること。レッドトロル自身も、同族の犠牲なくして見返りが手に入るのであれば言うことはなく、両者の交渉はまとまりつつあった。


 蛮族へ提供する衣食住のなかで、最大の懸案は住居である。いちから街を整備するのでは多額の時間と費用がかかる。であれば、すでに存在している街を、蛮族に提供するしかなかった。そして、白羽の矢が立ったのがヤンブラシティである。


 今の繁栄からは想像もつかないほど、ヤンブラシティはその広大な土地を持て余し、治安と税収の悪化に苦しんでいた。オータム国王は、ヤンブラシティに多額の補助金と、蛮族の監視という名目で兵力を常駐させることで、貧困解消と治安回復を一挙に解決した。さらに言えば、蛮族を一箇所に集めることで対応もしやすくなり、オータム王国は徐々に力を取り戻していったのだという。


 蛮族との関係も、人と積極的に関わるわけではないにしろ、友好的になっていき、近年では大きなトラブルはなかったことになっている。


「トロル達が、本来の野蛮さを取り戻し始めた。という事でしょうか?」

「それは、分かりません。間違いなく言えるのは、これが仕組まれたことではないか?と言うことです。」

「仕組まれた?」


 俺が聞くと、執事は一つ咳払いをして辺りを見回してから小さな声で答えた。


「私たちハートライズ家は、代々蛮族との共存反対の革新派貴族です。派閥も大きくなり力をつけてきて、次の議会で蛮族追放に向けた法案を提出する予定でした。」

「あの、待ってください。そんな大事なこと俺に言っちゃっていいんですか?」

「問題ありません。勇者様のパーティーの方で、お嬢様を助けていただいた恩人ですから。とかく、我々ハートライズに反対する保守派が蛮族と手を組んだのではないか?というのが我々の予想です。」


 だんだんきな臭い話になってきたと考え込んでいたら、応接室からミゼラが姿を現した。それと一緒に、貫禄十分な老紳士も出てきた。強い意志を込めた瞳に、威厳あるヒゲを蓄えている。


執事が仰々しく尋ねる。


「ゼムライド様。夕食の準備は……」

「いらん!! 全く保守派のやつらめ……、目にもの見せてくれるぞっ!」


 ハートライズ・デ・ゼムライド。ミゼラの祖父で、蛮族追放の革新派のトップ。


 ゼムライドは、執事を一蹴すると、肩を怒らせて外へと出ていった。なんだかめちゃくちゃ大変なところに来てしまったみたいだ……。


 というか、ちょっと待てよ?

 トロル殺したの、もしかして、俺じゃね? というか、間違いなく俺のせいだ……。




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