第8話

 翌朝目が覚めたら、時刻は午後2時を回っていた。寝巻きからすぐに着替え、慌てて部屋の扉を開けアーレンの姿を探す。屋敷を駆けずり回っていると、二階の廊下で、魔道士のメイチがだるそうに欠伸をしているのを見つけた。


「あの、メイチさん。アーレンさんを見ませんでしたか。」

「アーレン? ああ、あいつならデカムスと一緒に朝早くカジノへ出かけたよ。しばらく戻ってこないんじゃない?」

「そうですか。ありがとうございます。」


 普段なら、朝一でアーレンの元へ馳せ参じて様々な雑用をしていたが。僥倖というべきか、雑務免除というわけだ。


「そういえば、ミゼラさんの姿も見てないような。」

「あのさ、いちいちウチに聞いてくんなっつーの。私はあんたの友達じゃないんだからなっ!」

「すすすいません! 気をつけますので。」

「ったく。いちいちかんにさわるわねえー。この『めしつかい』はさっ!」


 不機嫌そうに舌打ちしてメイチは屋敷の外へ出て行った。アーレンがいなくて少し調子に乗ってしまったな。反省しなくては。


「しっかし、することないなあ……。」


 いつもはアーレンから怒涛のオーダーを受けては西へ東へ奔走していたが、いざアーレンがいないとなるとやることがない。まあ、幸せなので言うことはないが、なんとなく落ち着かなかった。めしつかいの悲しい習性だ。


 特にやりたいこともなかったので、ハートライズ家の屋敷名物、大きな中庭から、人々の出入りを眺めていた。それにしても、貴族の屋敷というのは本当に色々な人が出入りしている。俺ならその対応に疲れてしまって辞めたくなりそうだ。ミゼラも貴族令嬢として日々奮闘しているんだろうか。などと数年ぶりにゆったり物思いにふけっていたらあっという間に陽が傾いてきた。


 夕方、足早にミゼラが屋敷に戻ってきた。昨日とは打って変わり、表情が曇って難しい顔つきをしていた。


 俺が少し離れたところでみていたことに気づくと、軽く会釈して応接室へと入っていった。そこには、昨日のような太陽の輝きはなく、物々しい雰囲気が漂っていた。


 何か声をかけるべきだったかと思っていると、ミゼラの後ろについていた白髪の男性執事も俺に気づき、歩み寄ってきた。昨日夜、ディナーの世話をしてくれた男性だ。なんでもミゼラが小さい頃から、亡くなった両親に変わり彼女の面倒を見ていたそうで、ミゼラは孫のような存在だといっていた。


「何か、あったんですか。」

「ええ、実は、大変なことに……。サンドラ様には黙っているように、とミゼラ様に言われているのですが。」

「……、教えてください! ミゼラさんは、俺の危機を救ってくれた恩人です。彼女に困ったことがあるなら力になりたい。」

「わかりました……。ミゼラ様には、私から聞いたことは内緒にしておいてください。」


 重苦しい雰囲気に、俺は唾をゴクリと飲んだ。一体、彼女に何があっだというのだ?


「ミゼラ様が、トロル族の長『レッドトロル」に、トロル殺害の罪で起訴され有罪となりました。明後日、刑が執行されます。」

「???!!、トロル殺人? 刑?」

「刑とは……ううっ! あの薄汚い蛮族トロルの中でも悪名高いレッドトロルの花嫁とならなければならないのです……。あまりにひどいっ! ああ、おいたわしい……。」


 執事は眼鏡をとって涙を拭う。彼の言うトロル族。それは、ここ大都市ヤンブラシティが抱える、深くて根深い闇の部分であった。

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