第6話

「おいおい、マジで部屋がないわけじゃないんだろ? もったいぶるのはもうやめとけよ。」

「あ、うん……、もちろんあるよ!」


 殴られたくない一心で、嘘をついてしまった。部屋の予約なんてできていないのに。嘘でも、言葉にすれば真実になるんじゃないかって、そう願ってしまった。なるはずないのに!


 俺が、部屋がある、と言うと、アーレンは一瞬とても『不思議』そうな顔をしたが、すぐに営業用の笑顔に戻った。


「わかったわかった。後ろで市民の方も待たれていらっしゃるし、もう早く部屋に案内してくれ。魔物との戦闘続きで僕もデカムスも、クタクタなんだよ。なあ、デカムス。」

「アーレンのいうとおりだ。俺も早く体力を回復したい。至急案内を頼むぞ、サンドラ。」

「……。あ、う……。」

「ん? 聞こえんなあっ!声が小さあいっっ!! 男なら腹から声を出さんかっ!! 腹から! 」

「……うう……。」


 空気がビリビリ震えるほどのデカムスの大声に静まり返るフロント。視線が俺たちに一斉に集まる。それにしてもなんて気迫だ。その勢いは俺じゃなくてシルバーヘッドにぶつけて欲しかったよ……。あんたが何もしてなかったの、俺見てたよ?


「まあまあ落ち着けよデカムス。いくらシルバーヘッドとの戦闘で疲れているからといっても、ここは公共の場だ。皆さまに迷惑だ。」


 シルバーヘッドと聞いて、客達がひそひそざわめいている。それはそうだ、並大抵のギルドに所属する程度の冒険者なら、討伐どころか逃げることすらままならない。そんなレベルの魔物なのだ。シルバーヘッドは。市民からすれば台風とかの災害とそう変わらない存在なのだ。


 客達のひそひそ話を尻目に、デカムスの肩をポンと叩くとアーレンは周りにむけて軽く頭を下げた。その様子を見たフロント係が大慌てでアーレンの元へ駆け寄る。


「た、たいっへん申し訳ございませんっ! まさか勇者様ご一行とは気づかずにご無礼をしてしまい。大至急お部屋の用意をさせていただきますのでっ!」


 アーレンは、まるでその言葉を待っていたかのように、勝ち誇った笑みを浮かべた。


「いえいえ、いくら僕が勇者だからといって、他のお客さんの部屋を横取りするような真似はできません。他の宿を探すことにします。」

「し、しかし、今の時間から空いている宿などありませんよ?」

「それなら、野宿するのも悪くないですね。あいにく、魔物がうじゃうじゃ出る草原でキャンプなんて日常茶飯事ですから。」


 キラリと白い歯を見せて爽やかな笑顔を振りまくアーレン。女性客は、ウットリして尊敬の眼差しでアーレンを見つめている。他の客も、アーレンの器の広さに感服しているようだった。


 だが、俺は知っている。キャンプになれば見張りは俺1人。朝まで不眠不休で、魔物が来れば命に代えても追い返すよう命令されていることを。一度、どうしても食い止めれない魔物(二十匹以上はいただろうワンアイズドラゴンの群れ)の侵入を許したときは、一週間飲食禁止の罰を受けた。体重が、めっちゃ減った。


「さてさて、これ以上他の方をお待たせするわけにはいかないし、出るとしようかサンドラ君。」


 ああ、また、俺は、『こうげき』を、受けなくてはならないのか。なんてダメな人間なんだ。俺と言う男は。なんでもっとうまくできないんだ。たかが予約すらまともにできないなんて、恥ずかしくてたまらない……。


 沈んだ気持ちでアーレン、デカムスと一緒にホテルの出口へ歩き始めようとしたとき、


「野宿の必要はございませんよ、勇者アーレン御一行様。」


 若い女性の声がした。

 背後からのその声に振り返ってみれば、身分の高そうな衣装に身を包んだ女性が立っている。顔は、貴族が被るような帽子を深々と被っており、よく見えない。


 女性は、ツカツカと俺たちの方へ近付いてくる。アーレンは、握手するつもりで手を差し出した。しかし、彼女はその手を取らずに俺の前に来て、帽子をとった。そこからこぼれた長い黒髪が、波打ちなびき、艶がオレンジの証明を反射していた。


「ようやく見つけました。サンドラさんと言うお名前なのですね。お会いできて光栄です。」


 男なら誰でも勘違いしてしまいそうな、好意的な笑顔を見せるその女性は、昼間俺が助けた女性だった。


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