第5話
「サンドラ様、というお名前では予約は入っておりませんね。何かの間違いでは?」
「そんなはずありません! 俺は確かに『ホテルフローラル』を予約してました。ほら、予約受付済みのサインもここに。」
俺は、ホテルのフロント係に魔法によるサインが記された紙を見せる。大きな都市では、遠距離通信魔法により現地へ行かなくても宿の予約が取れるシステムが構築されている。ここヤンブラシティも、例に漏れず通信魔法対応地域だ。
「そう申されましても、もう空いているお部屋もないのです。後ろにお待ちのお客様もいらっしゃいますので、本日はお引き取り願えますか?」
「そ、そんな。だってここに申込みのサインが……。」
フロント係の冷たい視線にも、俺は決して引き下がらない。引き下がれない。だって、死にたくないから。
「そちらの手違いで宿泊できなくなったわけですよね? 部屋がないならグループ系列の宿でも構いませんからお願いしますよ!」
「そう申されましても……。これ以上クレームをおっしゃられるのであれば、警備員を呼びますよ?」
少し前、トロルの猛追から逃げ切った俺は、ヤンブラシティの入口で貴族の女性を降ろしてから一目散に『ホテルフローラル』へと向かっていた。後ろから俺を呼ぶ彼女の声が聞こえたが、無視した。『無意味で無益』な人助けをしたことがアーレンにバレてはまずいし、とにかく早くチェックインしたかったのだ。
「しつこいですねえ、お客様。本当に警備員を呼びますよ!」
「呼ぶなら呼んでくださいよ。どっちが悪いかは明白なんですから。」
そうこうしているうちにも、フロントにはチェックインするための宿泊客が長蛇の列をなしていた。
「とにかく、俺は部屋を手配してもらうまで絶対に引き下がりません。」
いつにも増して強気を出す俺。すると、
カランカラーン
口論の最中、またひとり、客が入り口から入ってきた。もう何人後ろで待っていようと構わない。俺は、部屋を確保するまでここを離れない。そう心に誓っていると、後ろが急に騒々しくなってきた。何事かと振り返ると、そこにいたのはよく知っている顔。アーレンと脳筋デカムスだった!! 客達が勇者を間近で見てざわついていたのだ。
え? なんでここに? うそ?
さっきまでの威勢は何処へやら。俺は怯えた子犬のように小さくなる。
「あ、サンドラじゃーん。もうチェックイン済ませてくれたのかあ。悪いなあ、友よ。」
親しげに近づいてくるアーレン。外面はいいのだ。この男は。世間からの評価に人一倍敏感で、名声が大好物な勇者。
「で、部屋は何号室だった? ん?」
「あ、あのその部屋が、えーと。」
しどろもどろになる俺。部屋が取れてないなど言えるわけがない。この場をどう乗り切るか、必至に頭をフル回転させていた。
「どうしたんだ? まさか、部屋がない、なんてことじゃあないよなあ?」
周囲に聞こえない声で俺の耳元で囁く。アーレンは俺の方に腕を回し、さも仲良しのように周りに印象付ける。一方の俺はもごもごと口をパクパクさせるので精一杯だ。
……というか、なんでアーレンはホテルがここだってわかったんだ? 後で知らせるつもりだったのに。ええい、今はそんな事を考えていても仕方がない、この窮地を乗り切らなければ!
脂汗にまみれ、息が荒くなる。アーレンは、俺のそんな様子を楽しんでいるようだった。
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