第4話

「さっさと今夜の宿にチェックインしてこい。ほら行けよ!」


 シルバーヘッドを倒した後、アーレンに命令された俺は、ヤンブラシティへの道を急いでいた。ガラシャのおかげ?で難を逃れ、気持ちも軽く草原を走りつづけていた。


 宿の予約は通信魔法で済んでいたので焦る必要はなかったが、やはり現地で確認しないと落ち着かない。宿がないと言えばどんな仕打ちを受けるか想像は容易だった。


 丘を越え、ヤンブラシティの街並みが見えるところまで来たところで、ある光景が目に飛び込んできた。


 馬にひかれた馬車が一台、トロルの群れに襲われていた。護衛らしき冒険者が必死に応戦していたが、程なくして頭を叩き割られると地面に突っ伏してしまった。


 邪魔者がいなくなると、トロルの群れは、馬車の窓を叩き割り中にいた人を引きずり出す。髪の毛を掴まれ乱暴に引っ張り出されたのは、貴族の服に身を包んだ女性だった。年齢は俺と同じ20を少しこえたくらいか。顔は青ざめ、自分がこれから受けるだろう辱めを考えれば絶望するしかない状況だ。


 そんな光景を見ても、俺には、トロルを倒して彼女を助けるという選択肢はなかった。


 行く先々で人助けをしていたのでは、魔王までたどり着くのに何年かかるかわからない。大事の前には小事は切り捨てなければならないのだ。オータム王国全国民の命に比べれば、目の前で消える一つの命の価値などとるに足らない。


 そう、アーレンにきつくきつく言い含められていた。事実、目の前で襲われた人たちを見捨てた回数は数えればきりがない。助けに行こうものなら、自分の命も危ない。アーレンに殺される的な意味で。何より、国民の英雄である勇者の命令には絶対服従。反論など許されない。


 俺は、トロル達魔物の群れに気づかれないよう、迂回路を確認。安全に街までたどり着けるルートを見つけた。


 よし、これで安全にヤンブラシティまでたどり着ける。


 それに、仮に、仮にだが、俺が、アーレン程ではないにしても強かったとしても、トロルは戦うべきではない相手だ。トロルの攻撃力は、そこらの魔物とはレベルが違う。棍棒の打撃を一発もらえば、身体中の骨が粉々になり、冒険者どころかまともに生きていくことさえ困難なダメージが残る。だから、仕方ないのだ。どちらにしても、助ける事はできない。彼女が死ぬのは、俺のせいではない。


 安全ルートを確認してから、俺は走り出した。


 一方で、貴族の女性は、髪を引っ掴まれ、トロルに引きずられていく。ねぐらに連れていかれ、陵辱の限りを尽くされたのち、無残に殺される運命だ。初めは必死に抵抗していたが、そのうち無駄だと悟ると、彼女の叫び声はすすり泣く声に変わった。


「ゴノオンナ、ドンナボウジヲジデグレルノカア、ダノジミダバア!! バハバハッ!」


 気味悪い声でゲラゲラ笑うトロル。


 間抜けに開く醜悪な大きな口から、突如血が吹きこぼれる。何が起きたかわからないまま、トロルが視線を落とす。胸には、心臓を背中から貫通した剣。狂いなく、絶命へと導く一閃があった。


 心臓を貫かれたトロルは、掴んでいた女性の髪を放すともう一度血を吐いて地面へ崩れ落ちた。他のトロルも動揺を隠せず、辺りを見回すばかりだ。当の女性も、突然の出来事に呆然としている。


「ボーっとするな! 早く逃げるぞっ! 」


 彼女の手をとり、俺はあらかじめ確認していたルートめがけて全力で走り出した。一刻の猶予もない。トロルに捕まれば、待っているのは確実な死だ。


 やれやれ。勇者の指示に背いて何をやっているんだろう、俺は……。これで宿の予約ができてなかったら目も当てられない。自殺行為だ。せっかくさっきは殴られないで済んだのに!


 鬼の形相で追ってくる五匹のトロル。動きも決してニプクはない。追いつかれずに街までたどり着けるかは五分五分といったところか。


「あの……、助けてくれてありがとうございます。このお礼は必ず……!」


「まだ助かってないよ。さあ、急いで!」


 逃げるには手を引くより早いと判断し、俺は彼女を抱き抱えた。


「ひ、ひゃあっ!! 」


 びっくりして声を上げる彼女に構わず、いわゆるお姫様抱っこをして俺は必死に走った。


 無論決してかっこよくなんかない。鼻水がたくさんでて、涙を流していた。ぐしゃぐしゃの顔で、みっともなく。これで世間には勇者のパーティの一員として通っているのだからお笑いだ。情けなくて消えたくなる。


 トロルに殺されるかもしれぬ恐怖、勇者アーレンの『こうげき』を受けなくてはならない憂鬱。ネガティブな妄想に支配され、それでも俺が諦めないで走れていたのは。


 きっと、彼女の恐怖に打ちのめされた顔が、アーレンに怯える俺自身に見えていたからなのかもしれない。







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