第3話

「おーい、サンドラくぅーん、聞こえてますかあ?」


 アーレンの呼びかけに、俺ははっと顔をあげる。シルバーヘッドをアーレン達が倒したことに安堵しすぎて、ついボーッとしていたのだ。アーレン達と初めて会ったときのことを、つい思い出していた。まだ、夢を見ていた平和な頃を。


 それよりも。やばい。ヤバイヤバイヤバイ。アーレンの呼びかけを無視してしまった! まずいぞ!


「いつからそんなに偉くなったんだてめえはよお!! 僕をシカトするなんて、随分いいご身分だなあ。おいっ!」


 首根っこを掴まれ、前後にグワングワン揺すられる。恐怖で体は全く動かない。他の3人のメンバーは、勇者と俺の『いざこざ』には興味なさそうに思い思いの時間を過ごしていた。日常茶飯事なのだ。


「お前が言ってたシルバーヘッドの弱点。尻尾を切り落とせばステータスが大幅減少って大嘘じゃねえか! お陰で見ろよこの手の傷をよお!」


 俺の目の前に手の甲を広げ、見ろ、と言わんばかり顔面にグイグイ擦り付ける。たしかに、近くでよーく見たら、アーレンの手の甲には、うっすら切り傷がついていた。ガラシャの回復魔法をかけるまでもないほどに、全く持って軽症だ。が、傷があるということが問題だ。先週は服が汚れたというだけで顔がはれあがるほど殴られたばかりだし。


 そもそも、シルバーヘッドの弱点の調査には充分な時間と資金をつぎ込んでいたはずだった。もちろん自腹で。


 勇者パーティがシルバーヘッドを討伐する予定日の3ヶ月前から、寝るまも惜しんで張り込みを続け、奴の生態パターンをノート何冊分にも渡り記録した。情報屋に高い金を支払い、魔物の情報も仕入れていた。結局はガセネタを掴まれたということになるが。


 言い訳をどれだけしようとも、失敗は失敗。


 ああ、今回はどれだけの仕打ちを受けるのだろうか……。いやだいやだいやだ……。逃げ出したい。でも体が言うことを聞いてくれない。


 興奮したアーレンが拳を高く振り上げる。俺は、ギュッと目をつぶる。



「ねえ、アーレン。疲れたから早く宿に行って休憩したいのだけれど?」



 唐突に、普段は口数の少ないガラシャがアーレンに話しかけた。拳を振り上げたままに、アーレンがガラシャを睨みつける。


「ガラシャ、見てわかんねえか? 今これからがいいとこなんだよ。邪魔するな。」


「別に邪魔なんかしてないわよ。そんな『めしつかい』なんかに構ってる時間がもったいないと思っただけよ。」


 勇者の威圧に一切身じろぎすることなく、ガラシャは髪をかきあげながらアーレンに語りかける。ガラシャに毒気を抜かれ拳の持って行きどころに困ったのか、アーレンは不満そうに手を下ろし、俺を見た。


「……、わーったよ。ガラシャの頼みじゃきかないわけにはいかないよな……。おい、サンドラ! 今日の宿はどの街だ?」

「は、はい。ヤンブラシティです。ここからそう遠くありません。」

「ならさっさと行ってチェックイン済ませとけ。俺たちは少し休憩してから出発する。後で場所を連絡しろ。」


 そう言って、シッシと手で俺を追いやると、アーレンはどかっとその場に座り込み、カバンの中のワインを取り出し飲み始めた。


 助かった……。奇跡だ……。


 そうして俺は、なんとなく、ガラシャの方を見た。なんとなく。特に意味はない。意味はないよ。


 だけどやはり、彼女はいつもと変わらない優しい顔でそっと目を閉じ、吹く風の音に耳を傾けているだけだった。


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