第7話 王都―5
神の力を宿した人間。
ページの半分を占めている人体図に、この言葉が記されていた。
それゆえに、俺は軍事基地に幽閉されたのだという。
そう手記に記されているが、それ以上の詳細はなかった。
「エラン……お父様の記した通り、あなたは神の力を宿している。四日を共にした私は、確信したわ。エランなら、きっと……この王都を取り返してくれる。奴らを倒せる。絶対に!」
机についた俺の手を、レイスは静かに両手で触れてくる。
もちろん、その期待には応えたい。
レイスが示した魅力的な報酬も、嘘ではないとわかった。
だが、現実を伝えなければ。
「俺は……!」
そこで言葉を止めてしまった。
不思議そうな顔をして、レイスは続きを聞きたそうにしている。
ダメだ、口が開かない。
その言葉を口にすれば死神が訪れそうな感覚に陥る。
俺は一日が経過するたびに、レベルが下がっているんだ。
現時点で、レベルは96なんだ。
そう声に出すのが怖くなった。
いったい、何がそうさせるのかは分からない。
悩んだ挙句、言わない方がいいと俺は決めてしまった。
「どうしたの?」
「……人間、なのか?」
「え?」
「あ、いや、ヒーアート王は俺のことを”神の力を宿した人間”と記している。俺のレベルは100。神の力を宿しているこそ、このレベルなのだろう。だけど、俺は化け物なんじゃないかって、時々思ってしまうんだ」
咄嗟に出た突拍子もない話。
なんでもない、と言えば良かったと後悔している。
レイスはこれを真面目に受け止め、真面目に返答する。
「確かに、よく考えてみれば、おかしいよね。エランは、どうやって神の力を宿したのか覚えていないの?」
「覚えていないな。自分自身に関する記憶は全くない。いったい、どういう経緯で俺は、この力を得たのだろうか」
それを知る人物は存在する。
俺について記したヒーアート王だ。
もし、直接会えるのなら問い質したい。
直接、会えるのならな。
レイスは唐突に悩むことをやめて、微笑み始めた。
「難しいことは知らないけど、エランは人間だってことは知ってる。だって、優しいんだもん」
「はは、言い切ったな」
「神様だとしたら、守護神マーテラル様かな。マーテラル様が、あなたの肉体を借りて救済しにきてくださったんだよ」
この教会の聖堂に、守護神マーテラルの石像が置かれている。
この世界を守護する神様、それがマーテラルだ。
世界を創造したとされるマーテラルが広く信仰されている。
俺は冗談を言ってみた。
「もし、そうだとしたら、ヒーアート王は神様を閉じ込めたことになるぞ」
「だから、エランは神様じゃなくて人間だね」
即答だ。
父親への信頼関係を垣間見える回答だな。
どちらかというと、神様扱いしてもらいたかった。
案外、救世主というのも嘘ではないのかもしれない。
期限付きの救世主。
レベルダウンは、もたもたしてないで早くやれ、という意味が込められているのかもしれない。
端で静かに見ていたゼノンは、呆れたようにため息をついた。
「殿下、エランを部屋に案内します」
「そうね。エラン、しばらく休むといいよ。ちょっと窮屈だけどね」
「野宿よりかは、ましだ」
「ついてこい、エラン」
小部屋を抜け、廊下に出た後、ゼノンが隣の部屋に入っていく。
そこは、ベッドだけが置かれた小部屋だ。
ゼノンは俺が入ってきたのを確認して、扉を閉める。
「何か、隠しているな……エラン」
「開口一番、驚きの質問だな。どうして、そう思う」
ゼノンは扉に背を預け、腕を組みながらこちらを睨む。
俺は息を吐き出しながら、木製のベッドに腰掛ける。
ベッドには、ボックスシーツが敷かれていた。
「さっき、お前は何を言いかけた?」
「聞いていただろ。強すぎる俺は、果たして人間なのかってな。ヒーアート王はお優しいことに、俺を人間扱いしてくれたようだが」
「強すぎる? 俺には、そう見えない」
「は?」
「確かに、エランは強い。実際に、お前との戦いでは冷や汗をかいた。だが、強すぎるとは思えない」
レベルがダウンしていることを悟られたのか。
ゼノンは高圧的な口調で、上を指さす。
「一度、外に出て、お前の力を知りたい。それほど、疲労していないだろ」
「ああ、自分自身の力を知りたかったところだ」
夕暮れ時、教会の側に広がる芝生に移動し、ゼノンと向かい合う。
ゼノンは近くにある石碑を指さし。
「この石碑を全力で壊してくれ」
「おいおい、石碑だぞ。大丈夫なのか?」
「刻まれた文字も読めないほど、削られている。それに、誰も見ようとしない」
「わかった。全身全霊をぶつけてやる」
右の拳を固く握りしめる。
自分でも痛いと思うほど、ほどけないよう強く。
そして、石碑を全力で殴った。
当然、石碑は粉々に消し飛んだ。
破片も衝撃波で塵となっている。
予想外だったのが、芝生まで被害が及んでいることだ。
前方の芝が、きれいさっぱり抜け飛んでいった。
俺は振り返って、自信満々に口角を上げる。
「どうだ、不安も消し飛んだだろ」
「ああ。アナライザーにも分析させたが、戦闘能力は前人未到のSランク」
「アナライザー?」
ゼノンは、小さな単眼鏡のようなものを目から外す。
「こいつは人の戦闘能力を分析する道具だ」
「外見で判断できるのか、強さが」
「もちろん、外れることもあるだろう。だが、学術都市テクニーク製の機械だ。精度は抜群のはず。詳しい仕組みは分からんがな」
「ほれ」と、アナライザーを放り投げる。
俺は受け取って、観察した。
「これって、魔物用じゃないのか」
「ああ、そうだ。そいつには、魔物の情報が蓄積されている。本来の用途は魔物の分析だ」
こいつを使って、魔物の強さを見極めるわけか。
魔物を殺すことで、レベルアップするのだから、自分の身の丈に合った魔物でないといけない。
さて、こいつで人の戦闘能力を明らかにできるようだが……試してみるか。
「ゼノンも強いだろう。王都戦士長の名を冠しているからな」
「当たり前だ。王族を守るために、ひたすら磨き続けたのだ」
俺は躊躇なく、レンズに目を近づける。
ゼノンを中央に捉えると、電子音が鳴って分析を始める。
やがて、レンズに戦闘能力が表示された。
戦闘能力……C。
そもそも、アナライザーが示す戦闘能力というのが分からないな。
「戦闘能力C、と出たが……戦闘能力ってのは強さの指標ということなのか?」
「そうだ。強さに応じて、ランク分けされたのが戦闘能力だ」
戦闘能力Sランクはレベル90から100。
Aは80から89、Bは70から79、Cは60から69……Iの1から9。
AからIまでの十段階で、ランク付けされる。
と、このようにゼノンは説明してくれた。
なら、戦闘能力Cと表示されたゼノンは……およそ60。
なるほど、剛力の理由が納得だな。
こいつは戦闘に関する才能が恵まれている。
三十代前半に見える若さで、レベル60以上は類を見ない。
いったい、どれほどの時間を魔物との狩りに費やしてきたのだろうか。
アナライザーを投げ返し、礼を伝えると鼻で笑われた。
「こいつで測れるのは、上面だけだと思わないか。人の全力は、時にレベルを上回る力になることだってある」
「何が言いたい?」
「お前は何の”スキル”を持っているのか、ということだ」
これまで以上に疑う口調で、ゼノンは発する。
俺は静かに、その疑いを受け止めることにした。
避けては通れない問題。
俺は……スキルを持っていないのだ。
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