第6話 王都―4
私は串刺しの兄から目を逸らし、ルサンチマンを強く睨みつける。
お父様は怒りを露にしながら、私に叫んだ。
「逃げるんだ、エーシェリア! 私が隙をつくる」
「それでは、お父様が!」
「決して振り返るな、何があっても! 逃げて逃げて、逃げ切るんだぞ!」
お父様は刃の長い剣を構え、扉付近にいるジェノシデール達を挑発する。
「貴様らの欲しい情報は、ずばり……あの男の居場所だな。私から情報を引き出すのは、少々骨が折れるだろうが、やれるのか?」
「ルサンチマン、王女を見ておけ」
「ほう、ジェノシデール一人で来るつもりか」
「口先だけの挑発は見てられないぜ、老いぼれ。ちなみに、命乞いはなしだ。最初っから、この王都を潰す気なんだから……よっと!」
兄を突き刺した剣とは別に、新たな剣が一本現れる。
お父様は腰を低くして、防御の体勢に持ち込む。
私は、お父様を見捨てたくなかった。
それに、お兄様のことも。
悔しくて、血が滲むほど唇を噛んでいたが、ようやく決心がついた。
逃げる決心ではない、戦う決心だ!
側に転がっている剣を拾う。
お兄様の剣だ。
そして、ルサンチマンに突進するように駆けだした。
「私が、ここで倒すんだー!」
「はっ!? エーシェリア! よせ!」
お父様に剣を教わった、戦い方を教わった。
私だって、戦えるんだ!
私は両手で剣を握り、力いっぱい床を蹴った。
飛び上がった私は、ルサンチマン目掛けて剣を振り下ろす。
奴は赤い剣を横にしながら、私の刃を片手で受け止めた。
刃と刃がぶつかり、金属音が響き渡る。
受け止められたが、ここで終わる私ではない。
両腕に力を込めて、赤色の剣ごとルサンチマンの胴体を切り裂いてやろうとした。
「弱い、脆弱だ」
「なめるな! 私だって!」
「……『黒の衝撃』」
赤色の剣に注意を奪われて、気が付かなかった。
もう片方の手が、闇のエネルギーで覆われていたことに。
ルサンチマンは思いっきり、その手を打ち振るう。
私は直感によって間一髪、奴から離れることができた。
お父様や魔物との戦いで得た経験が、私を死から救ってくれた。
ただ、直撃を避けることができただけで、私の体は勢いに巻き込まれる。
扉とは反対側の壁まで飛ばされ、したたかに背中を打ち付けた。
混濁する意識が戻ってきた時には、ルサンチマンが迫ってきていた。
視界の端には、私が持っていたはずのお兄様の剣が落ちている。
「エーシェリア! すぐに……」
「行かせるか」
お父様の声に続いて、剣戟の音を耳にする。
おそらく、ジェノシデールが操る剣の猛攻を防いでいるのだろう。
私は這いつくばった姿勢で、顔だけを上げる。
全身に力が入らない状態だ。
ルサンチマンは切先をこちらに向けながら、もう片方の手で水筒を取り出していた。
そして、水筒の中身を一気に呷っていた。
口から外れた液体が、床を濡らす。
透明色……水を飲んでいるのだ。
こうして冷静に観察しているが、危機を打開する策は思いつかなかった。
とうとう、顔の前に真っ黒の足が置かれた。
お父様の絶叫が響き渡る。
「エーシェリアー!」
「『鎌風斬り』!」
開け放たれた扉の空間から、斬撃の突風が飛来する。
ルサンチマンは振り返って、すぐさま剣で弾く。
弾いた後、正面から巨大な刃が押し寄せてきていた。
「なっ!?」
「『集中の意志』!」
刃を止めたルサンチマンだったが、片手で抑えることのできない重さとなり、顔を歪める。
やがて、ルサンチマンはスキルを詠唱した。
「ッ……『デペイズマン』!」
「避けんじゃ……ねぇ!」
その瞬間、赤色の剣は粉々になり、大剣の刃がルサンチマンを襲う。
だが、
瞬間移動のスキルが発動していなければ、奴は致命傷を負っていたはずだ。
私の前に置かれた足は、筋肉が強調された太い足だ。
「ゼノン! 来てくれたの!」
「殿下、遅れてすみません」
「ゼノン君、待っていたよ」
ゼノンは大剣を構えなおす。
地に足をしっかりとくっつけて、私をその大きな肉体で守ってくれている。
ジェノシデールは鼻で笑って。
「王都戦士長ゼノン・エリーテス。敬愛する王族と心中しにきたか」
「守りに来たのだ! ヒーアート王に献身するだけだ!」
しばらく対峙する状況が続いて、お父様が苦渋の決断を話す。
「ゼノンよ……娘を連れて、逃げるのだ」
「陛下……」
「あの時、誓った約束……私はまだ忘れていないぞ」
「……くっ」
ゼノンは、いきなり脱力した私を担ぎ上げた。
私は驚いて、彼の背中を必死に叩いた。
「ゼノン!? ダメ、考え直して! あなたがいれば、奴らを」
「すみません、エーシェリア殿下」
「お父様! ゼノンと一緒に戦えば……」
「ゼノン君、後は……頼んだよ」
ジェノシデールは空中に浮かぶ剣を操り、ゼノンを突き刺そうと加速する。
お父様は一瞬でゼノンの前に移動し、荒ぶる赤色の剣を食い止めた。
そして、身体中に満ちる魔力が外に現れ、お父様の肉体が変化する。
お父様は限界まで肉体を強化したのだ。
だけど、それは命を落とすことに繋がる。
まさに命懸けで、ジェノシデール達を食い止めようとしているのだ。
「いけぇ! ゼノン、エーシェリア! 未来を生き抜くんだー!」
ジェノシデールは空間に、いくつも剣を創り出していく。
その隙に、私を抱えたゼノンが扉に向かって駆け出した。
阻止しようと、ルサンチマンが立ちはだかる。
今度は両手に闇を纏って、殴りかかってきた。
すると、突然ルサンチマンが吐血した。
お父様の剣が、奴の腹を突き刺したのだ。
剣を引っこ抜き、次に迫ってくるジェノシデールの剣を一手に引き受ける。
赤色の剣はまるで、お父様の剣に引き寄せられたように集まった。
ジェノシデールは感嘆する。
「ほう、強大な魔力で強引に操るか」
「決して、邪魔はさせない」
汗を流すお父様の横を、ゼノンは一息に駆け抜けた。
一瞬、私とお父様の視線が合う。
その時、お父様が浮かべた表情は笑顔だった。
ああ、私……愛されているんだ。
それに気が付いた途端、涙が止まらなくなった。
光景は目まぐるしく変化し、扉を抜け、廊下を走っていた。
さっきまでいた部屋に、想いを込めた声を飛ばす。
「お父様ーッ!」
その夜、誰にも気付かれぬまま、静かに王都が支配された。
「それから、私たちは生き残った兵士と共に、この貧民街へ移動した。奴らを倒す機会を見つけるために」
「そんな壮絶な事が、一か月前に」
レイスは淡々と過去を綴る言葉を吐き出していた。
そして、俺は静かに聴いていた。
壁に凭れるゼノンの視線は下にある。
「……それでなぜ、俺を連れ出したんだ」
「お父様の手記に、あなたの存在が記されていたの」
リュックのポケットから黒い手記を取り出し、目的のページを開けて、テーブルに置く。
俺は覗き込むようにして、文字を読んでいく。
「男の名前は、エラン・ヴィタール……」
「エランが幽閉されていた場所は、ベルクソン軍事基地」
そのページには、俺の名前と幽閉された場所が記されていた。
それ以外に、何も記載されていない。
ここのページだけ、文字量が少ないのだ。
俺の記憶を刺激するものもない。
心の中で、舌打ちをした。
俺が記憶を喪失する前は、どんな人間だったのか。
それが知りたかったというのに。
ただ、俺と思われる肉体を描いた絵に、一本の線が伸びている。
伸びた線の先は心臓に繋がっており、小さく言葉が記されていた。
「……神の力を宿した人間」
レイスは頷き。
「だから、あなたに希望を託すことを決めたの」
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