第4話 王都―2

 都の中心にある広場まで歩いていた。

 その広場が、かなり賑やかな喧噪に包まれている。

 誰かが興奮したように叫んだ。



「王女のエーシェリア様だ!」



 それに続いて、他の人も同じように声を張り上げる。

 注目してもらいたいから、声量を大きくするのだろう。

 俺は横目で、その王女とやらを確認してみた。

 王女は、城からここまで一直線に伸びる道を悠然と歩いている。

 側に兵士を従えながら、町民に手を振っている。

 町民が言うように、美貌の持ち主であることは本当だ。

 王女らしい気品さを感じる動作で、笑顔を振りまいている。

 ただ……どこか奇妙だ。

 靄のように違和感の正体は掴めないが、何かが変だと感じた。



「あれが、この国を治める王の娘か」

「……そうだね」



 レイスは、人気の王女をちらりとも見ようとしていない。

 黙々と先を目指すばかりだった。

 四つ角を曲がった時に見えた表情は、とことん無関心を貫く無表情だった。

 怒りも感じる。



「機嫌、悪いな。王女が嫌いなのか」



 不機嫌な様子について、思わず聞いてしまった。



「別に。いつもの私でしょ」

「いいや。いつものレイスは魅力的だ」

「魅力、て、き?」

「だが、今は冷静さを欠いている」



 少々頬を赤くしているレイスは、早歩きに切り替えて。



「あれは……本物じゃないのよ」

「は?」



 唐突な発言に、一瞬戸惑ってしまった。

 二人は、小さな門をくぐっていく。

 わずかな沈黙が流れて、レイスが口を開ける。



「ここは、王都の貧民街よ」

「いや、待ってくれ。その前に、だ。まさか、あの王女が本物じゃないって言ったのか」



 レイスは呆れたように息を吐いて立ち止まり、自分の口に人差し指を当てた。



「静かにして。あとで説明するから」

「え、ああ……すまなかった。つい、びっくりして」



 自身の中で高揚する気分が、いくらか落ち着いてきた。

 周りの風景が、さっきまでと全く異なっている。

 家はやつれたような見た目で、豪華さや華やかさも感じない。

 とても栄えた都にあるとは思えない建物だ。

 おまけに、不気味な人間がこちらをじとーとした目で睨みつけてくる。

 相手を疑う瞳だ。

 人は建物の側に座り込んでいる。

 大人だけでなく、子供も例外ではない。

 地面の石畳もひび割れ、雑草が割れ目に侵入してきている。

 水が豊かな都でもあるため、どこからか水の音が響いてくる。

 ここの水の音は、ひどく物憂かった。







「エラン、あそこよ」

「あれは……教会か?」



 しばらく進んだ先には、ボロボロの教会らしき建物があった。

 壁にツタを這わせて、屋根に取り付けられた石像は顔を破壊されている。



「中に入りましょ」



 その時、後ろの人影が接近してきた。

 王都に入った時から、ずっと尾行していた奴だ。

 しかも、複数人。

 深くフードを被った三人組は、ゆっくりと近づいてくる。

 レイスの手を引いて、足早に歩いた。

 すると、連中も同じ速度で付いてくる。

 目的は俺らだと知り、覚悟を決めた。

 襲撃される前に、襲撃する。

 そう考えて、教会の木の扉を目指す。



「どうしたの、エラン? 速いよ」

「すまない、レイス。何者かに追われているみたいなんだ」

「え? もしかして、それ……」



 ドアを蹴破って、均等に並べられている木製のベンチに身を隠す。

 足音が聞こえ、顔だけをベンチから出した。

 三人は動揺しているのか、あちこちに顔を向けて身構えている。

 俺は拳を固めて、ベンチから飛び出し、まずは一人の顔面を殴りつけた。

 一瞬の出来事である。

 驚く二人のうち、一人が短剣を取り出して、切先をこちらに向ける。

 短剣を持っている者の驚きが漏れていた。



「え、ええ? え!?」



 声の低さからして、男のようだ。

 俺は姿勢を低くして、一気に距離を詰める。

 男は短剣を振り回そうと腕を振る。

 咄嗟に、その腕を蹴り上げて、短剣を宙に舞い上がらせた。

 回転しながら落下する短剣を俺は奪って、今度は敵に切先を向けた。

 男は情けない声を出しながら、腕を押さえている。



「お前ら、何者だ」

「あ、あなたは……エラン様、ですよね」

「質問に答えろ」

「ひ、ひぇっ!? わ、わたしは」



 その時、とてつもないほどの威圧を背中に受けた。

 思わず、体を固くしてしまう。

 何者かが床を蹴った音を立てる。

 同時に振り返って、目の前に迫る刃を短剣で捕らえた。

 間一髪だ。

 その凶器を受け止めることができなかったら、いくらレベルが高いといっても傷口ができていたはずだ。

 それほどに重い一撃だ。



「さすがだな、エラン・ヴィタール。俺の剣を止められたことを、誇りに思うがいい」

「何者だ、お前」



 俺と同じくらいの高身長、逞しい体つき。

 金色の髪を後ろに流す男は飛び退き、着地するとともに俺に突っ込んできた。

 このブロンドの男は強い。

 やがて、予想は確信に変わる。

 常人ならば両手持ちの大剣を、片手持ちで易々と振り回し、連続して斬りかかってくる。

 最初は避けることに専念したが、それ以上に連撃を浴びせてきたため、短剣で器用に防御するしかなかった。

 男は雄たけびを上げながら、攻撃を速くしていった。

 攻撃のタイミングをつくらせない。



「どうした、エラン・ヴィタール。攻撃の手が止まっているぞ」



 仕方ない。

 自分の肉体を信じて、歯を食いしばる。

 そして、勢いよく振り下ろされた大剣を肩の肉に食い込ませた。

 男は舌打ちして剣を引っこ抜くが、下から短剣を振り上げる。

 その男は素早く身を躱したため、切先がかすらなかった。

 肩に痛みが走る。

 途中の町で購入した衣服は裂け、血が滲んでいく。



 俺は尻餅をついた男の持っている拳銃を盗んで、一旦距離を置く。

 短剣だけでなく拳銃も奪われた男は、逃げるようにしてその場を離れた。

 銃口をブロンドの男に向けて、引き金を引く。

 一発、二発、三発。

 男は一発目の銃弾を剣で弾き、ベンチの裏に身を隠した。

 俺は狙いを定めたまま、そのベンチまで歩を進める。



 三歩目の足を床に下ろした途端、男は壁のある方向へ飛び出した。

 そして、常識の枠を外れた行動をする。

 なんと、壁を走って詰め寄ってくるのだ。

 体を横にして駆ける男に銃撃を浴びせるが、見事な剣捌きで全ての弾丸を弾き飛ばしている。

 見る見るうちに攻められ、とうとう壁を蹴って、俺の方へ身を投げ出した。

 すぐさま、短剣を横にして防御の姿勢をつくる。

 大剣を振りかぶって、渾身の力で叩きつけてきた。



「ハァッ!」



 空気を切り裂く金属音が響き渡る。

 短剣を持つ手に、腕が痺れるほどの衝撃が走った。

 それでも力を込め続ける。

 男も大剣を強引に押し付けてくる。

 こうなると、意地の我慢比べだ。



「くぅぅ……ッ!」



 男の口から、唸り声が漏れている。

 俺も同様の状態だろう。

 こいつ、どこからこんな馬鹿力を。

 この睨めっこの闘いが、いつまで続くのか。



「はいはい、二人とも離れて」



 横から、レイスが呆れた口調で言葉をかけた。

 おいおい、レイス。

 相手は鬼のような形相の男だぞ、そう簡単に。



「認めるしかないな」



 そう言って、ブロンドの男は剣を下した。

 敵対心は感じない。

 レイスの言葉に従ったのだ。

 レイスは無言で、手に持っている短剣を睨みつけてくる。

 俺は、入り口の陰から顔を出している男に短剣と銃を投げ返した。

 フードを脱いだ若者は、すぐそばの壁に突き刺さった短剣と地面に転がった銃を拾って、深く息を吐きだした。

 よっぽどの危険を感じていたのだろう。

 ポカンと眺めていた他の二人も、フードを脱いで顔を露わにする。

 一人はそばかすの目立つ青年(顔を殴ったため、泣きそうな目で鼻血を押さえている)、もう一人は凛々しく引き締まった女性だ。



「レイス、この人たちが……仲間?」

「ええ、そうよ。私のために戦ってくれている同志」



 ブロンドの男が歩み寄り、レイスに紹介される。



「彼が、解放団の団長……ゼノン・エリーテスよ」

「いきなり驚かせて、すまなかったな……エラン・ヴィタール。お前の限界を知りたかったのだ」



 ゼノンは、いくらか表情を緩めて話す。



「俺も謝りたい。あんたを殺す気で、戦っていた」

「それでいい。人殺しを依頼するのだからな」



 レイスは、ゼノンに抉られた俺の肩に触れて、回復魔法を唱える。

 小さく『ヒーリング』と呟くと、傷口が光る粒子に覆われた。

 すぐに傷口を塞ぐわけではないが、治癒速度を上げる。

 出血は止まり、痛みも引いていった。



「ありがとう、レイス」

「はぁ、まったくもう……ゼノンは、やりすぎよ」

「……すみません、殿



 エーシェリア殿下。

 その言葉を、レイスに向けて放った。

 どういうことだ。

 レイスは聖堂の奥まで歩き、こちらに振り返って手招きする。



「ちゃんと教えるわ、エラン。私が何者なのか、何が起こったのか。そして……あなたが何者なのか」

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