第3話 王都―1
「ようやく、外の空気を吸えた」
森を抜けた先には、平原全体を見渡せる崖の上にいた。
あれほどしつこく降っていた雨は、いつの間にか消えている。
今も、雨音が聞こえる感覚が残っている。
夜空には雲一つない。
月明かりも、俺たちを歓迎するように照らしていた。
「ここなら、一息つけそうね」
「そうだな。傷は痛むか?」
レイスを地面に下ろしながら、彼女の脚を確かめる。
小さくできた空洞から、血が噴出している。
「ええ、少々……」
「回復魔法は使えるか?」
「……さっきの戦いで魔力を使い果たしたみたい。『ヒール』……」
伸ばした手を、脚に向ける。
ただ、それだけだ。
何も起こらない。
スキルを使用する際、消耗するのが魔力だ。
今みたいに、スキルを持っていても魔力がなければ発動できない。
レイスは出血する右脚を手で覆う。
「少しすれば、傷口が塞がるはずだから。けっこう私、健康には自信あるのよ」
そう言って、胸を張るが空元気なのは誰でも分かる。
息苦しそうな声が痛々しい。
少しの間、目を瞑って。
「レイスは、そこにいてくれ。すぐに戻る」
「エラン、どこいくの?」
不安な声が後ろから聞こえる。
俺は穏やかな口調を意識しながら、言葉を発した。
「森の中で、薬草を見かけたんだ。取りに行ってくるよ」
逃げる途中で見つけた植物。
記憶に間違いがなければ、良薬になってくれるはずだ。
俺は、再び森の中へと駆けて行った。
森から帰ってきて、すぐレイスのもとに駆け付ける。
採ってきた薬草から有効成分を抽出し、水筒の水に溶かせて、レイスに飲ませた。
「やっぱり、薬って感じの味ね。エランって、薬学でもかじってたの?」
「どうやら、そうみたいだな」
「そうみたいだな、って」
「なんていうか、信じられないけど無意識にできた。手が勝手に動いたんだ」
薬草を採るときも、植物名が浮かんだし、どう使うかも無意識に知っていた。
以前の俺が、少し垣間見えた気がする。
まさか、学者だったなんてことはないはずだ。
こんな筋骨隆々の、戦闘能力もある学者。
……少々、偏見があるな。
いてもおかしくないか、筋骨たくましい学者。
レイスは、眠たそうに目をこする。
「寝た方がいいんじゃないか。無理は禁物だ」
「そうはいっても、仲間が、王都で、待って……るの」
「……そうだなぁ。じゃあ、こうしよう。近くの町まで、俺が背負うよ。その間、ゆっくり休んでくれ」
「うん、そうする」
さっそく、レイスを背負って肩に顔を乗っける。
その顔は、いかにも眠たそうな表情をしていた。
「エラン、街道を通れば……魔物は、おそって、こない、よ」
そう助言を伝えて、レイスは寝息をたてた。
俺は微笑んだ。
「ああ、ありがとう」
高所から下る坂道を、時々レイスの方を見ながら移動していった。
広野には、魔物が多く生息している。
様々な種類を目撃しているが、そのほとんどは動いていない。
人間同様、寝ているようだ。
魔物は基本、夜に行動することは少ない。
当然、ちょっかいをかけたら牙をむくが。
レイスの言う通り、広野の一部分に続く街道には魔物がいない。
近づこうともしないだろう。
どういうわけか、魔物が嫌がって街道に近づこうとしないのだ。
何らかのスキルが発動しているのか、聖水でも撒いているのか。
未だ、原因不明だ。
まあ、原因を知らずとも人の役に立つなら気にしなくていい。
そんなことを考えながら、ひたすら街道を歩き続けた。
いくつかの町を転々と移動しながら、三日が経過する。
衣服も用意して、人混みでも違和感のない外見だ。
「ようやく、王都ヒーアートか」
目の前の大きな門を見て、安堵の気持ちで溢れる。
レイスは門の先に見える城を見据えながら、小さく呟いた。
「……色々あったけど、帰ってきたよ。エランを連れてね」
「レイス?」
「さ、こっちよ!」
笑顔を見せて、俺の腕を引っ張る。
そのまま、商人や狩人がごった返す人混みに突っ込んでいった。
全身を揉みくちゃにされながら、しばらくして落ち着ける場所に出る。
王都に複数ある広場の一つ。
広場の中心に、噴水が設置されており、周りを子供たちが走っている。
「ほんとに広いな、この都は。誰がつくったんだろうな」
「一説によると、神様がつくったらしいんだ。だから、この都を”神都”って呼ぶ学者もいるんだよ」
「詳しいな。レイスは、この王都が好きなんだなって分かる」
フッと照れたように笑う。
そして、達観した目つきで都の中心にそびえ立つ居城を見つめて。
「ここで生まれて、ここで育った。だから、”国”が”家”なんだ」
そう言い切ると、口角を上げて前を歩いた。
王国ヒーアートが占めている地域は広い。
過去には資源を求めて、帝国ディービと争った過去があるというが、皆そんなこと知らないはずだ。
争う必要もないほど、豊かな国だと気付いたからだ。
特に、王国ヒーアートの中心地であるここ、王都は世界で最も栄えている。
俺はレイスを見失わないよう、しっかり後ろを付いていった。
自信満々に石畳を踏み鳴らす彼女は、さながら都の案内人だ。
レイスの芯の強さが目に見える。
安心感が俺の重い口角を上げて、彼女に引っ張られていった。
ただ、油断はできそうになかった。
背中を見据える視線を感じるからだ。
門をくぐった時から、痛みを伴うほどの目線をぶつけられている。
何者かに尾行されている。
俺は時折、後ろを警戒しながら、王都を進んでいくのだった。
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