第2話 【説明】推しにどうにか現状把握してもらいたい件【そして大人しく囲われて欲しい件】
「あなた様は、まず自分のことをどれだけ覚えていますか?」
出来る限り冷静に見えるよう、隙あらば上ずって吃ってしまいそうな声を抑えて私は『勇者様』に質問をする。
時々考え込みながら戻ってきた答えは、自分はヒトだという事と、『勇者』らしいという事。『勇者』が何者かについては、分からないようだ。中身も自信も伴わない声。今のところは私を不審がる様子も無く、申し訳なさそうに床へ視線を落としている。しゅんとした表情はこちらも本意でないので、合っていますよと笑顔を見せる。
「何代目だったかは、貴方の持ち物からは調べることが出来ませんでした。すみません。勇者と魔王、"カガミ"についてはご存知ですか?」
そう問うと、言葉に釣られて思い出したように首肯が返ってくる。思い出せたのが嬉しいのか、向こうの表情もパッと華やいだ。此方もうれしい。気分がよくなって、私はお部屋へ案内する傍らざっくりと語り始めた。
「私達魔物とヒトが争いをお開きにしたのも随分前。今は"カガミ"の魔法で争いはピリピリするものじゃなく、楽しむものになっています。」
うちの親がなにやら頑張ったらしいが、娘の私はそれを知らない。娯楽ではない争いなんて知りたくもないから、私から何か聞くというのも無い。
向こうが口を開く。よかった、声色もだいぶカガミ越しの時のように戻ってきた。
「君は」
「ネロールと呼んでください。魔族の医術士です。」
大嘘だ。本職を言ったらきっと勘づかれてしまう。
「ネロールから見た、僕は?」
「貴方は、争いより興行の側面が強くなった『勇者一行』という集団の、中心人物。『勇者様』です。」
「『勇者一行』の目的は?」
「いろいろです。お金稼ぎだったり、カガミに沢山映って『勇者』以外でも有名になってみたかったり。明確な目標は賞金ですね。『勇者の剣』による抽選で選ばれた者や希望者が集まって、『魔王城』まで旅の予定を組み、自力で辿りつく、『勇者一行』。それをヒトも私達も魔術の"カガミ"越しに眺めて応援するんです。」
ここまで話して、勇者様を見る。ふんふんと頷く様は、まるでカガミの使い方を教わっていた時の私のよう。
「ヒトと、あと……魔族って。」
「ヒトは彼らの味方で、魔族は旅路を阻む敵役。戦うこともあったんですよ?でも、痛いことなんてありません。娯楽ですから。」
ここで注意。説明しなくていいことは説明を避ける。私は出来るだけ明るく声を保ち、一気に情報を絞り込んだ。勿論仕事が増えるから事故は無い方が良いのだが、彼らや、時には私達は途中で運悪く死んでしまってもいい。死の領域は魔族の領域。彼らは私達の技術で蘇らせて、少なくともヒト達から見ると何も無かったように旅を続けてもらう。裏ではそのような事が当たり前に行われる行事が隔年で開催され、その都度人気を博している。そのことは今の勇者様には関係がないことだ。
「私もその行事が大好きで。"カガミ"への投影時間が来ると毎夜わくわくしながら覗いていたんですよ。勿論貴方も映っていました。」
そう。友達は、やれ今の『魔法使い』が格好いいだの『盗賊』が斜めに構えてそこがいいだのと言いながらカガミを覗き込んでいたが、その時の私の目にはハッキリと『勇者』が映っていた。友達の様に容姿をもてはやすのではなく、性格とその顛末を私は推したのだ。
その時の『勇者』は、力が抜けたように目を細めた笑顔と小さい声が特徴で、「これがしたい」という主張は性格の濃い周囲によって掻き消されることが多かった。これは、今も同じ。大人しい青年はずっと私の話を聞いている。
それを今季はハズレだと言う友もいたが、私は違うと首を振った。私達が口論になる時に限って、カガミの向こうではこのヒトが気の抜けた笑みを浮かべていた。彼の近くには大抵、彼に遊んで貰っているヒトの子や、荷物を持ってもらう大人が居た。探し物をするヒトに、一緒に探そうと申し出る時も彼が一番先だった。こういう時に限って仲間にも辛抱強く主張していた。それらが、目立つ為の大袈裟な善意ではない事はよく分かった。
今思えば、そこから私は彼を推し始めたのかもしれない。これは好意ではなく憧れでもない。星空を見て、好きな輝きの星を毎夜見られることに安心する感覚だ。これがカガミ越しに応援する観客としての、推しという感情だ。
自分が"カガミ"に映る側だということ。もっと言うと、たくさんの視聴者が応援を送る中に立っていたということ。それを知った勇者様はずっと何かを考えている。
「包帯、ズレていますよ」
直すついでに魔法を加える。頭に直接届くように、頭の中をバラすように。考えがまとまらなくなる間際、勇者様はこうつぶやいた。
「仲間は?」
「ひと足先にかえって貰っています。……事故。ええ、事故で。配信は途中で終わってしまったので、皆帰っています。途中までのお金も貰っていて。貴方様は、治ったらお帰ししますので。」
あ、一人だけは土に還って頂いています。なんて。
"カガミ"をばん、と割ることから誰が呼んだか『バン』。それを受けたヒトも魔族も、もう二度とカガミはおろか誰の目にも映らない。魂と繋がったカガミでそうなれば、生きていても死体と同じようになる。動いて喋って、でも誰にも気づかれない死体。こればっかりは、魔族もどうこうできない。
その一人のことは、絶対に言えない。
貴方、同じヒトに殺されたんですよ。仲間に殺されたんですよ。
そして、死霊術士の私が貴方を蘇えらせたんですよ、なんて。絶対言えない。うん。
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