第521話
船内に入ると、自動的に照明がつく。
機密ハッチを幾つか潜り抜け、コクピットへと到着し、メインキーをONにする。
重力バランサーによる制御が稼働し、スロットルを徐々に上げると、船体下部の水中ジェットが動き始め、船体が徐々に前へと動き出す。
まずは、海上での操船テストを行い、左右に船体を蛇行させて舵の聞き具合を確認する。
舵が利きにくい微速前進時でも、操作感は良好で、問題は無い。
更に速度を上げながらテストを繰り返す。
20ノットまで速度を上げつつ、沖合に出て、いよいよ潜行開始である。
速度をそのままに、操縦桿をグッと押すと、ノーズから水しぶきを上げつつ海面に入った。
完全に船体が沈みきった所で、船体の各センサーの表示をチェックしたが、水漏れも警告も出ていない。
気を良くして、更にグングンと潜行しながら先へと進む。
「現在深度100m、速度30ノット、異常無し。」
何度か試しに左右上下に船体を操作するが、舵の追従性は問題無し。
ジャイロも3Dマップも正常に機能していて、薄暗い海中でも不安無く進む事が出来る。
『智恵子さん、ここら辺で深い所ってどれ位の深度あるの?』
と尋ねると、
『そうですね、一番近い所だとここから約30km程南南西に向かった海溝で、約3000mぐらいでしょうか。』
との事。
早速、ノーズを南南西に向け、更にスロットルを開けて、約50ノットで深度200mを航行する。
50ノットは、時速に換算すると92.6kmとなる。
抵抗の多い水中で、この速度は速い。
更に言うと、現在スロットル開度は、約70%である。
この速度なら、30km離れた海溝まで約20分である。
どうせ、魔物との戦闘になった場合は全開にする事もあるだろうからと、スロットルを全開にてみた。
すると、即座に加速し、アッと言う間に70ノットに加速した。
つまり、時速129.64kmである。
『智恵子さん、これ船体とか大丈夫かな?』
とちょっとビビって尋ねると、
『ふふふ、全く問題ないですよ。
この場合、一番負荷が掛かって心配なのは、キャノピー周りですが、取り付け部分もシール部分も全く問題ありません。
急激な進路変更をしても、念入りにフレームを補強してますから、捻れによる船体の歪みも問題無さそうです。』
との事だった。
ふぅ~。ちょっと安心した。
そして数分後には、海溝真上に到着し、速度を落として、ユックリ船体を海溝へと沈めて行く。
深度、700mを超え、更にグングンと潜る船体からは、ミシミシとかギシギシとかの異音は聞こえない。
現在、深度1000mを通過、船体異常無し。
深度1500m・・・2000m・・・2500m・・・。
船体からの異音も、各センサーからの異常も無し。
深海だからかは不明だが、周囲からは全く音がしない。
海渡の心臓の鼓動が聞こえる程の静けさである。
深度2800mを通過し、3Dマップに湖底の形状が表示される。
そして、深度3032mに到達した。
湖底から5mぐらい離れた位置である。
スロットルをパーシャル位置に戻すと船体が徐々に速度を落として停止した・・・つもりだったが、海流で流されている様子。
「うーん、そうか。ブレーキとかって概念は無いのか。
更に言うと、スロットルOFFの状態だと舵が利かない訳か。
これは、少し注意すべきだろうな。」
と海渡は呟き、船外ライトを煌々と照らし、周囲の状況を確認した。
すると、いきなり、「キュァーーーー!」と言う鳴き声が船体を通して聞こえて来た。
船外ライトを見て驚いた海溝に居た魔物の泣き声らしい。
慌ててライトを消し、3Dマップを確認すると、300m後方から凄い勢いで魔物の赤い点が接近している。
海渡は直ぐにスロットルを70%まで上げ、船体を急加速させると同時に、操縦桿を引き、浮上させる。
少なくとも回避行動が自由に取れない海溝での戦闘は、出来れば避けたい所である。
一応、後部魚雷に気化爆弾型弾頭をセットして範囲を20mにセットした。
驚いた事に、魔物は50ノットでも引き離す事は出来ず、グイグイその距離を詰めて来る。
距離は100mを切って、尚も接近中。
スキルの方のマップで確認すると、どうやら追って来ている魔物は、ディープ・キラー・クラーケン と言う奴らしい。
イカの魔物だけに、えらく速度が出やがるな・・・。
もう後が無いので、スロットルを全開にして、同時に後部魚雷を2発発射。
ディープ・キラー・クラーケンにロックオンした魚雷は即座に後部で爆発し、
「ドッ、ドゴーーーーン」と2つの爆発音と衝撃で船体を強烈にシェイクした。
魔物の反応は消えたものの、その後ろから蹴られた様な衝撃波で船体が揉みくちゃにされ、押し流され、進路が海溝の崖へと向いてしまった。
海渡は、慌てて、船体の向きを変えようとするが、海流が乱れてて、思う様に向きを変えられない。
覚悟を決めて、スロットルを全開リバースにすると、ガクンと前方に投げ出されそうな減速Gを感じつつ、迫り来る崖を見つめていた。
まあ、結果は、ギリギリで正面衝突を回避し、船体にもダメージ無く、航行にも影響なしであった。
後で考えれば、最悪、ゲートで希望の岬の沖合のスタート地点まで、船体ごとジャンプすれば衝突回避は可能であった訳だが、咄嗟にその判断が出来なかった。
水中戦の体験としては色々な意味で収穫ではあったが・・・。
更に言うと、今回使用した魚雷2発は過剰過ぎた様だ。
1発でも十分だったと深く反省。
「逆に、もう少し威力の小さい弾頭も用意すべきかも知れないな。
更に言うと、至近距離での使用はヤバいな。」
そして無事に海上へと浮上して、船外に出て船体を収納して、ゲートで地下工房へと戻ったのだった。
海渡は教訓を基に、音響弾頭、閃光弾頭と更にアイスドリル弾頭の魚雷を作成した。
また、火器管制システムに至近距離の場合は、気化弾頭やスマート爆弾弾頭の使用を禁止する用に変更した。
航行システム側には、オートホールドモードを設定し、特定位置を自動で保持する様な機能を追加した。
あと、今回の開戦で思ったのは、例え魔物を仕留めたとしても、現状回収する手段が無いのは非常に残念だと言う事。
そこで、マニピュレータ式の時空間倉庫を考案し、船体に取り付けた。
海渡らが通常使う闇魔法の触手の魔道具版である。
アームが伸ばせる範囲が有限で、20mぐらいが限界の為、これが、どれくらい有用性があるかは微妙ではあるが、無いよりはマシだろうと言う判断である。
全ての追加機能も含め、生産ラインを改修して、アンコウ型潜水艦の製造ラインを起動したのだった。
そして、水中型ドローンが300台以上完成していたので、取りあえず完成品のドローンを第11階層の地底湖に放出し、マッピングを開始した。
その後生産される水中型ドローンは、随時海に放流して、海図と言うか湖底図を作る予定である。
もしかすると、湖底にワクワクする物が沈んでいるんじゃないか? とかなり期待している訳だ。
まあ、ワクワクする物が無い場合でも、湖底図が出来れば、オートパイロット等や、安全な船の旅も出来る様になるから、無駄にはならないだろう。
尤も、亜音速で移動可能な飛行機がある現在、仮に豪華客船を作ったとしても、どれくらいニーズがあるかは、微妙ではあるのだがな。
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