第477話

 異世界8ヵ月と2日目。


 昨日は、朝から濃い1日と言う事で、心地よい疲れと共に早めに寝たので、今朝は爽快である。

 何だかんだで、大所帯になった辺境都市グエンザン支店。

 子供達は最初の5名+第一団32名+第二団30名で暫定67名。

 その他にも、路頭に迷っている子が居れば、呼んで来いと言ってある。

 元ギルド職員らにも、母子家庭とかで、幼い子を抱えて困っている親子とかいたら、託児施設あるから呼ぶ様にと言ってある。


 と言う事で、海渡は現在、念の為に、地下にも宿舎を延長しようと階段部分から、地下に掘り進めている所である。

 そう、コーデリア支店と同じユニット型の階層増築方式である。

 このやり方で、何が一番難しいと言えば、ガッチリ固めつつ地下を掘り、エレベーターの通路をキッチリ位置合わせするのが、何気に厳しい。

 とは言え、既に何度も経験しているので、最初程には苦労はしないのだが。


「よし、これでカッチリ位置出しOKだな?」


 土台にキッチリ填めて、2層分のユニットを結合し、更にエレベーターのレールを接合する。

 階段(非常時用)部分も作成し、地下階層のエレベータスイッチ部分からエレベーターのマスター魔動CPUに回路を接続。


「よし、出来た。テストテスト♪」

と鼻歌交じりに各エレベーターをテストして問題が無い事を確認した。


 これで、ここの支店が300人以上になっても、部屋は確保完了。


 後の問題は、それら従業員に廻す仕事をどうするか。

 別にそのまま遊ばせておいても、困らないと言えば困らないのだが、元々この世界の人って、割と勤勉だから、仕事を与えずに居ると、精神衛生上、キツいみたいだからなぁ。

 と言う事で、小さい子でもある程度になれば、お手伝い感覚で、何か役にたっている事を実感させるのが重要なのである。

 となると、真っ先に頭に浮かぶのは、たこ焼き屋と鯛焼き屋か・・・と自分で思い浮かべておきながら、観光どころではなかった日々を思い出し、結構ドンヨリする海渡。


「フードコートを作って、色々出すってのも面白いんだけどなぁ。まああれはヨーコさんにお願いしてた件が進行して、そのノウハウでやった方が良いかな?」



 朝練を終え、朝風呂に入っていると、元ギルド職員の男性3名がやって来た。


「お!カイト様、おはようございます。いやぁ、このお風呂、絶品ですね!!」

と満面の笑みを浮かべている。


 湯船に浸かって話を聞くと、冒険者ギルドの職員って、相当にブラックであった事が判明。


「確かに、それ相応に給料は良いんですが、しかし、ほぼ自由時間とかないですからねぇ。休み?休みなんて、頼み込んで月に1回か2回貰えれば良い方ですよ。

 とくにここのギルドは酷かった・・・。

 朝は日の出辺りから出勤して、早朝からギルドを開けて、まあ昼間はソコソコ暇があるんですが、朝飯なんか、まともに食べる時間も無い事多いし。

 夕方~夜に掛けては、また大変で・・・。夜勤だってあるし・・・。」

と言いながら、ドンヨリと暗くなる男性3名。


「しかし、カイト様に雇って頂いて、本当に嬉しいです。条件も破格ですし。給料なんて、殆どギルドと同じなのに、週休1日頂けて、更に大型の連休も年2回とか。

 いやぁ~、天国っすよ! なあ?」

と元同僚に同意を求めると、残りの2人もウンウンと頷いていた。


「なるほど、確かに遅くまでギルドって開いてるもんなぁ・・・。

 そんなにハードだったんだね。

 給料とか、うちより沢山貰ってるのかと思ってたよ。」

と海渡が言うと、


「とんでもない。カイト様の所って、年2回賞与が出るとかって聞いたんですが、それ本当ですか?それなら、余裕でカイト様の所の方が給料良いですよ?」と。


「しかしさぁ、10名も一気に辞めちゃって、ギルドの方は運営出来るの?」

と海渡が聞くと、


「さぁ? まあ普通に無理っしょww あのギルマス、口だけっすからね。 下手すると、今日残りも辞めちゃうかもですよww」

と3人が大爆笑していた。


 わぁ~・・・よっぽど貯まってたんだね・・・ と何か居たたまれない気持ちになる海渡だった。





 丁度そのこ頃だが、冒険者ギルド グエンザン支部は大パニックに陥っていた。

 一応、何とか残りのメンバーでギルドを開けてはみたものの、まず、受付を熟せる人間がサブギルドマスターを含め、僅かに3人。

 正確には、魔物素材の倉庫スタッフが2名居たが、彼らは解体や素材の目利きが専門なので、事務方の仕事にはノータッチ。

 しかし、ギルドのカウンターの裏で通常なら、受け付けた依頼等を処理してファイリングしたり、バックアップしていた人が居て初めて、受付嬢の仕事が熟せるのである。


 そのバックアップメンバーまで居なくなった今、1つ1つの依頼の処理に大幅な時間が掛かり、1組対応するのに15分~30分掛かる始末。

 しかも、サブギルドマスターは20年振りに受付業務を手がける為、すっかり忘れてしまい、冒険者側から突っ込まれる始末。

 3組処理をした後、サブギルドマスターはギルドマスター室へと突撃をかます。


「ギルマス!これ無理ですよ。1階に3名しか居なくて、とてもじゃないけど、業務が出来ません。

 だからあれ程、直ぐに『君なんか居なくなっても平気だ』とか言うのを止めて下さいと言いましたよね?

 ビックサンズの件だって、問題を起こす冒険者にだって、厳しく処罰する様にと言いましたよね?

 ちゃんと責任取って下さいよ!! ギルドマスターなんでしょ?

 今日中に何とかして下さい! これが最終通告です!!

 とにかく、今はこんな所で油売ってないで、下で受付業務屋って下さい!」

と普段は温厚なサブギルドマスターが吠えた。


 ギルドマスターは、ちょっと青い顔をして、視線を合わさないようにしながら、

「い、いや・・・俺、受付業務やった事ないし・・・」

とポツリと言った。


「え?? マジですか?」

とサブギルドマスターが聞くと、コクリと頷くギルドマスター。


「終わった・・・。全て終わった・・・。クソー! こんなギルドに配置さえされなければ・・・」

と崩れ墜ちるサブギルドマスター。

 彼は、定年間近でラスト1年の予定だったのだ。


 暫しの間、崩れ墜ちていたサブギルドマスターだったが、ガバッと立ち上がり、


「今日、この場で、退職します。短い間でしたが、お世話になりました。」

と一礼して、ギルドマスター室を後にした。


 サブギルドマスターが1階のロビーにやって来て、奮闘する2名の職員に、


「悪いが、俺は一足先に退職する事にした。あのギルドマスターでは無理だ。」

と言い残し、ギルドから去って行った。


「「え?」」

と固まる残りの2人。


 暫くして再起動した2人は、お互いにに向き合い無言で頷く。

 彼らは、受け付け途中の手続きが終わった後、窓口を閉め、そのままギルドマスター室に向かい、仲良く辞職。


 サブギルドマスターと同じく、裏口からギルドを去って行った。


 冒険者ギルドのロビーには、50組以上の冒険者がギッシリと依頼票を手に持ち待って居るのだが、職員は誰も居らず、待てども待てども誰も戻って来ない。


「おい、どうなってるんだよ!?」

「おーい、いつまで待たせるだ!!」

とドンドンヒートアップして行く冒険者達。


 ロビーに併設されている飲食コーナーの店員3名も、ただならぬ雰囲気に、ガクブル震えていた。


 それから、20分が経過した頃、激怒した冒険者達が、2階のギルドマスター室に詰めかけ、ギルドマスターがボコボコにボコられた。

 この日、グエンザン支部が閉鎖したのだった。




 この辺境都市グエンザンの主な産業は、数多くの冒険者がもたらす、魔宮山脈から溢れる魔物の素材と、その素材を生かした工業製品、素材やその工業製品の仕入れの為に集まって来る商人によって、栄えてきた。


 同じ辺境都市でもトリスターの場合は、農業、酪農、林業も盛んであるが、ここグエンザンの場合は、土地柄農業も酪農も難しい為、殆どの食料は、商人達が取引の為に持って来る外部からの物に頼り切っていた。

 つまり、全てのスタート地点である、冒険者が機能しないと、街が立ち行かなくなる事になる訳である。


 午前10時の段階で、冒険者ギルドが崩壊した事を知った領主、グエンザン辺境伯は、焦った。

 もし、この事が商人の間に広まれば、確実にやって来る商団や小規模の商人が激減するのは必至。

 そうなれば、彼らがもたらす、食料も無くなり、住民の流出は免れず、街がすたれてしまう。


 グエンザン辺境伯は武で知られた人物で、その戦闘における指揮能力には定評があり、それ故に危険な魔宮山脈のお膝元を任されている人物である。

 だが、統治能力は皆無で、先々代、先代と歴代の領主が作り上げた統治マニュアルを全く変えずに、そのまま引き継いだに過ぎず、5年前にやって来た新しいギルドマスターの口車に乗って、冒険者達の蛮行を見逃してしまう様になったのだった。

 それが、5年後の今日の事態の引き金になるとは思いもせずに・・・。

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