第8話

真紀の家から駅に向かうならこの道だ。

その道を、駅の方から逆走する。


───神様、お願いです。


生きてきた中でこんなにも手に汗を掻いたことなんてない。神様にお願いしたことも。

ただただ、何もないことを願った。

このまま真紀の家に着いてくれればいい。

唯一の家へと繋がる角を曲がる。


神様は……残酷だった。


そこには救急車が止まっていた。

傍には野次馬が壁を作っている。

体が重い、脚が動かない、空気が急に冷たく感じた。まるでそのまま凍りついてしまうんじゃないかと思えた。


野次馬の人垣にようやく混ざるような距離に近付いた時、救急車は走っていった。

野次馬の話し声が切れ切れに聞こえる。

「飲酒運転ですってねぇ」

『私、事故の瞬間見たのよ』

「男性みたいよ?」


恐る恐る人垣の後ろから覗き込む。

そこにはぶつかった衝撃で変型した乗用車が置かれていた。

運転手は…居ない。

さっきの救急車で運ばれたのだろうか。

──真紀じゃなかった。

不謹慎だけど、正直少し安心していた。


車のそばの雪は赤く染まっていた。

運転手の血だろうか。痛々しいその赤い雪を隠そうとするかのように雪は降り続く。


そして傍らに折れた傘を見つけた。

使っていたのか開いていた赤い傘は折れていた。その隣には閉じたままの青い傘。

一瞬、時が止まるような感覚。


…ボクはその傘を知っていた。


色違いのお揃いのその傘は、真紀と夏の雨の日に買った傘だった。

──似てるだけだ。

自分に言い聞かせる。


この時のボクはどんな顔をしていたのだろうか?気付くと真紀の家に走り出していた。


雪は激しくも静かに降り続いていた。







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