第7話 即位

 眼下には広大な森林が広がっている。明かり一つない森は、真っ黒な一つの塊の様だ。

 

 その中にポツンと、大きな王城が姿を見せる。こちらも主人を失った事を悲しんでいるかの様に、ひっそりと暗闇の中に佇んでいた。

 

 と、ポツリと松明であろうか、王城の城門に火が灯った。その灯りはポツリ、またポツリと増えて行き、やがて王城全体を明るく浮かび上がらせた。

 

 近付くまで分からなかったが、城の至る所に蠢く影がある。まるで眠りから覚めたかの様に、魔王城は一斉に活力を得、数百とも思える影達は其々に両手を高く掲げて大きな歓声を上げていた。

 

 多くの魔族達に見守られながら、アキラとエマは城門の中へと降り立った。

 

 アキラが顔を上げると、更に大きな歓声に包まれる。歓声は城のあちこちの壁に反響して、わんわんと畝る。声の波動がアキラの身体を震わせる。アキラは自分が別世界へやって来た事を強く実感した。

 

 未だ歓声が鳴り止まない中、大小其々に個性の際立つ八名が、アキラの前に進み出た。

 

 真っ黒な鎧に身を包んだ巨躯。

 子供の様に小さなエルフ。

 深い緑のフード付きマントのアンデッド。

 筋骨隆々な銀髪の女。

 赤、青、茶、緑の髪の四姉妹。

 

 それに合わせてエマもそれらの中に入り、九名は身をアキラへと向けると、その場に跪く。

 

 これを合図にした様に、その場に居合わせた全ての者達が「ザッ」と跪いた。

 

 先程までの轟は一瞬で身を潜め、爽やかな夜風が木々を揺らす音まではっきりと聞こえて来る。

 

 門の上の小旗がパタパタと、その静けさに堪りかねたかの様に靡いていた。

 

 アキラは大きく息を吸い込んでから、ゆっくりと吐く息と共に己の言葉を乗せて行く。喧騒が消えた魔王城に、優しく静かな新魔王の声が満たされていく。

 

「ご苦労。皆に迎えられた事嬉しく思う。」

 

 声色、口調、威風堂々としたその態度は、既に紛うこと無き魔王の風格を漂わせていた。まるで生まれつきにそれらが備わっていたと思わせる物だった。

 

「この100年、皆が人間からの弾圧に苦しんだ事、聞き及んでいる。」

 

 その言葉に、ある者はぐっと歯を食いしばり、ある者は身を強張らせた。アキラの視線は全ての者達へと向けられている。

 

「よく耐え忍んだ。私はお前達を誇りに思う。しかし今後我々魔族は、その理不尽な暴力に勝利しなければならない。」

 

 一歩踏み出し、その足で力強く大地を踏みしめる様にして、深く力のこもった言葉を投げ掛ける。

 

「我々にとって「勝利」とは何だ? 人間達を皆殺しにする事か? 奴らの国土を蹂躙する事か?」

 

 魔王城は先にも増して静まり返る。

 

「断じて否! 何故ならそれは、復讐という矮小で脆弱な自己満足にしか基づいていないからだ。」

 

 次第にその場の一人一人が、自らの勝利について必死に考え始めた。魔族としての新たな一歩を踏み出そうとしていた。

 

「我々の勝利とは、より大きく、崇高な大義の基に成る物である。」

 

 アキラは目を大きく見開き、声高らかに吠えた。その声は透き通り、魔族達の古く固まった心を打ち砕く。

 

「私はここに、魔王国の真なる独立を宣言する! 我ら魔族はかつてない程の繁栄を手にし、それを以って全世界に勝利を宣言するのだ!」

 

「「うおおおおお!」」

 

 魔王城の叫びは地響きとなり、周囲の木々を揺らす風となり、響き渡る。その中心にいるアキラは、この時初めて自身が魔王なのだと確信した。

 

 改めて叫びを上げている魔族一人一人の顔を見る。今は我を忘れた様に歓喜に満ちているが、これは一時だけの麻薬なのだとアキラは知っている。この先に待つ様々な困難に直面した時にこそ、アキラの、そして個々人の器が試されるのだ。アキラは今一度気を引き締める。

 

「アキラ様、万歳!」

 

「「万歳!万歳!」」

 

 エマの号令に、魔王城は夜空に轟く大合唱を叫ぶ。

 

 何度も繰り返される万歳に、数度の頷きのみで応えたアキラは、エマへと意識を向けた。

 

「エマ、皆を紹介してもらえるか?」

 

 魔王国の参謀と思われる九名の前に進み出たアキラは、微笑みを浮かべたままそれぞれを見る。エマが立ち上がると、他の面々も同様に倣う。

 

「それではアキラ様、先ずは玉座の間へ。」

 

 エマが先導する様に城内へと歩を進める。アキラは未だに声を上げる者達へ手を上げながら、城の大きな扉をくぐった。

 

 

 

 城の中は静けさに満ちていた。

 

 長らくに渡りその主人を失っていた城は、アキラの帰りを待っていたかの様に迎え入れてくれた。

 

 巨大なエントランスは吹き抜けになっており、中央に大きな幅の階段が見える。その両側には魔王国の真っ赤な国旗が掲揚され、そこを登る者を歓迎、場合によっては威嚇するだろう。

 

 二階に上がると更に広い広間になっており、一本の赤い絨毯は、その先の豪奢な扉へと続いている。絨毯の両側には規則正しく、円柱の柱が並んでいた。その一本一本のレリーフには、何らかの物語が刻まれている事が見て取れる。

 

 アキラを含めた十名は絨毯を歩ききり、扉の前へと辿り着いた。

 

 エマが重そうな扉をその華奢な腕で引くと、ゴゴゴという音と共に荘厳な玉座の間が現れた。従者達はさっと絨毯の外へと捌け、顔を伏せる。

 

 目の前に玉座への一本道が見えた。

 

 この道は魔王としての覇道の道。

 そして、前世との決別の道だ。

 

 その重い一歩を、アキラはしっかりと踏み出した。

 

 一歩を進める度に、ズシリと肩が重くなる思いだ。それでも躊躇なく、一歩、また一歩と踏み進める。

 

 玉座の手前には数段の階段。さも「ここを登れるか」と問うている様に見える。

 

 アキラは額に汗を浮かべながらも、階段に足を掛けた。

 

 階段を登りきったその先に、そこに辿り着いた者だけに与えられる、宝物の様な玉座が鎮座していた。

 

 何か特殊な金属の様な物で作られた、魔王の象徴。

 

 アキラはそっと、その肘掛に触れてみる。滑らかでヒンヤリとした感覚が指を伝い、アキラの全身へと伝わって行く。その感覚が全身へと届けられると、アキラはグルリと身を翻し、階下の九名へと向く。そして…

 

 ゆっくりと、腰を下ろした。

 

 緊張感がじわり、実感へと変わって行く。アキラは階下の皆に聞こえないよう、小さく溜息を吐いた。アキラは目を閉じたまま、数度の呼吸を繰り返す。

 

「面を上げよ。」

 

 階下の臣下達が、それぞれに期待にほころぶ表情を見せた。アキラなりの魔王然とした態度で通用するだろうか。

 

「アキラだ。改めてここへ迎え入れてくれた事、感謝する。」

 

「「はっ!勿体無きお言葉!」」

 

 まるで申し合わせた様な反応が返る。

 

 前世の世界では見たこともないが、かつての絶対王政とはこういう雰囲気だったのだろうか。

 

 ただ、アキラはいかんせん元一般人。人よりも秀でた事といえば、より多く本を読んで知識がある事、アニメーションの技術やノウハウを持っている事、それに伴ったイメージ力、と言った所。悲しいかな、帝王学などかじった事さえない。

 

 この組織、例えるなら株式会社魔王国の役員である彼らに対して、的確な指示を飛ばす自信は無い。ボトムアップで情報を吸い上げ易い組織を作りたいものだ。

 

「よし。」

 

 アキラはゆっくりと立ち上がる。そして、やっとの思いで座ったばかりの玉座を捨て、階段を降りた。臣下達はアキラが何をしようとしているのか、不思議そうな顔で見ていた。

 

 アキラはあろうことか、階段の最下段にどっしりと腰を下ろした。

 

「なな!なにを…!」

 

「ははは! 堅苦しいのは嫌いでな。ほら、皆も足を崩して座れ。」

 

 仮にも此処は玉座の間。魔王の私室であればまだしも、この様な公の場で、少数の臨席者しかいないとは言え、その様な態度を取ることは出来る筈がない。

 

「ア、アキラ様、一体…。」

 

「命令だ。」

 

 エマの言葉を遮って、アキラは優しい目線を送った。それを受け止めたエマは、「ふぅ」と溜息を吐き、他の八名に告げた。

 

「皆んな、アキラ様は私達との親密なご関係をお望みなのです。ここはご命令ではなく、お言葉に甘えさせて頂きましょう。」

 

 そう言って真っ先に姿勢を崩し、横座りになる。それを見た面々は、恐る恐るそれに倣ってその場に座った。

 

「由緒ある玉座の間で、この様に振る舞えるのは私達だけだぞ。はははっ。」

 

 アキラは楽しそうに笑って、高い天井を見上げる。この玉座の間も、そんなアキラに笑いかけている様に感じた。アキラと同じ様に笑っているのはエマだけだった。

 

 アキラがある程度信用出来ているのはエマだけ。他の面子はまだ名前さえ知らないのだ。

 

 Motion makes emotion だったか。行動が感情に大きく作用するという話を読んだ事がある。例えば、笑顔を作ったまま涙を流して本気で泣く事は難しい。その逆も然り。笑顔のままで怒るという芸を持った俳優がいたが、これは見ている側がその違和感を本能的に感じるから面白いと感じるのだろう。態勢をリラックスさせることで、心理的にもリラックスさせる事を狙ったパフォーマンスだった。

 

「さあ、皆の事を教えてもらおうか?」

 

 このパフォーマンスが吉と出るか凶と出るか。最悪、魔王の威厳を損ないかねないが、今後の運営の為にも早く打ち解けておきたかった。

 

 アキラの真意を汲んでと思われるが、エマが先頭を切って手本を見せてくれる。

 

「改めましてアキラ様、私は宰相を仰せつかっておりますエマ=ボーと申します。先代の魔王様よりお仕えして300年、この魔王国と共に歩んで参りました、ヴァンパイアで御座います。」

 

 300歳と聞いて驚くアキラ。ヴァンパイアは不老不死のアンデッド。だからこそ300歳でもこの美貌なのだろう。

 

 それに先代の魔王か。100年前の戦争で倒されたと聞いているが、一体どんな人物だったのだろう。

 

「300年か…エマがあっての魔王国という訳だな。それで、先代とはどの様な人物だったのだ?」

 

「はい。それはそれはお強いお方で御座いました。魔術は苦手とされておりましたが、その剣は、一薙に数十の命をも刈り取る程。しかし、100年前、勇者ブラーヴに敗れ……ううっ。」

 

 そこまで語って、涙ぐむエマ。涙脆いヴァンパイアか、とアキラは微笑ましく感じた。

  

 それにしても一薙に数十人の相手を絶命させるとは、とんでもない話だ。アキラ自身の肉体も相当強固だが、果たして戦闘となった場合にどの程度なのか、早急に確認しなければならない。

 

 そして魔術。

 

 アビーやオズは「魔法」という物を使っていた。そして、バアルの街で憲兵は「魔族が魔術を使用することは禁じられている」と言っていた。

 

 どうやら魔法と魔術は違う物らしい。「魔法」という事は、何らかの法則に則った物なのだろう。逆に「魔術」とは、そのスキル自体を指すのだろうか。あくまでも名前から推測したに過ぎないが。

 

 こちらも、早期の確認が必要だな、とアキラは心にしっかりと書き留めておく。

 

 そして当然アキラの脳裏に浮かぶのはアレックス。やはり魔王と勇者は対になる存在である様だ。出来る事なら、彼とはぶつかりたくない。しかし、仮にその様な状況になってしまった時、自分は王としての決断が出来るのだろうか。

 

 ふと見ると、エマはまだ目尻の涙を押さえていた。先代には200年程も仕えたのだ。その絆は100年経った今でも、強く残っているという事か。

 

「辛い事を思い出させてしまったようだな。」

 

 涙を拭い、赤い目を向けるエマ。

 

「も、申し訳御座いません。私とした事がアキラ様の前で…お恥ずかしい限りで御座います。」

 

 やはり足を崩させたのは正解だったかもしれない。

 

「良い。そなたの様な美しい女性に涙させるとは、先代魔王には嫉妬してしまうな。」

 

「うっ…うつくし……!」

 

 ボンッと音が聞こえそうな程に顔を真っ赤に染めるエマ。こんな台詞が、自分の口から滑る様に出て来た事にアキラ自身も驚いた。

 

「そっそんなっ、うっううううつくしっ…などとまおうさまごじょうだんゴニョゴニョ……」

 

「ととっとにかく!んんっ。私にも変わらぬ忠誠を尽くせ。良いな?」

 

「勿論で御座います!アキラ様ァ!」

 

 語尾にハートマークが付きそうな勢いだったが、アキラは聞こえないフリをして顎をしゃくり、向かって左端に座る者へと促す。

 

「で、そちらは?」

 

 全身を光沢のない、美しい漆黒のフルプレートで包み込み、一分の隙も見せていない。恐らく2メートルに届く上背ではないだろうか。初見で腕の立つ剣士、若しくは騎士であると思わせる風貌だ。

 

「はっ!私は第一軍団長を務めておりますランスロット。御身の親衛隊である我が軍団は、アキラ魔王国の中でも精鋭中の精鋭。我ら鉄壁の守りの前には如何なる剣豪とあれど、アキラ魔王閣下には擦り傷の一つも付ける事は叶いますまい!はっはっはっ!」

 

「ちょっと待て。何だって?」

 

「はっ!我ら鉄壁の守りの前には…」

 

「いや、そこじゃなくて。アキラ魔王国?」

 

「はっ!アキラ魔王閣下の御尊名を冠する、栄誉ある国名であります!」

 

 駄目だ。脳味噌が筋肉で出来ているタイプだ。

 

「……エマ、すまぬが説明してくれるか?」

 

「喜んで。我が国はアキラ様の栄誉あるお名前を頂き、国名と致しました。本日、アキラ様が御即位されました事で、我らが国はアキラ魔王国として、新たな栄光への道を歩み始めたのです。」

 

「待て待て。その様な事を許可した覚えはないぞ。」

 

 ビクリと身を震わせるエマ。

 

 はぁ〜と、アキラは大きな溜息をついた。どこまで本当かわからないが、こいつらは魔王へのLOVE要素が強過ぎるようだ。

 

 視線を上げると、青褪めた顔をして「どうしよう…もう皆に言って…」と互いに見合っている。

 

「も、申し訳御座いません!我が失態、この命に代えまして!」

 

 エマはそう叫び、何処から出して来たのかナイフを胸に突き付けた。「お前アンデッドだろ」と心の中でツッコミながら、アキラはその茶番に付き合った。

 

「もう良い。済んだ事だ。それに、私の誕生によって動きがあるやもしれん。そうなればエマ、その時こそお前の力が必要なのだ。頼りにしているぞ。」

 

「ま…魔王さまぁ…」

 

 エマは100年もの間、この国を守って来た才知溢れる女性だったが、チョロかった。

 

「…ところでランスロットよ。お前の種族は何なのだ。」

 

「はっ!レイスであります!」

 

 ほう、とアキラは興味を惹かれた。レイスと言えばよくゲームにも登場したモンスターだ。幽鬼とも呼ばれ、実態が無く、単純な物理攻撃では効果がない。そのレイスが鎧を纏っているという事は、さしずめ、彷徨う鎧、と言ったところか。

 

「すると、その鎧の中身はどうなっているのだ?」

 

 アキラが兜のスリットから中を覗こうとすると、ビクッと身を強張らせ、モジモジと身をよじった。

 

「ご…ご容赦下さいませ、アキラ魔王閣下。何卒…。」

 

「え、あぁ、すまぬ。要らぬ詮索だった様だな。」

 

 鎧の中はがらんどうになっているのでは無いかと興味本位で聞いてみたアキラだったが、何やら触れられたくない部分だったのだろうか。兎も角、こんな些細な事で忠誠心を損ないたくもないと考え、それ以上聞くことはやめた。

 

 ランスロットとの話から、軍団と呼ばれる物が複数あると分かった。第一軍団は親衛隊との事だったが、魔王の周辺警護がその主な任なのだろう。

 

 そしてもう一つ分かった事は、国名がかなり恥ずかしい事になっているという事だ。今更撤回も難しいだろうな…。

 

「それで、隣のお前が第二軍団長、というわけかな?」

 

 ランスロットの隣に座る少女に声を掛ける。

 

「そう。第二軍団長シルフィ。エルフ。」

 

 ぼそっと言葉をこぼす様に口を開く少女。

 

「アキラ様、シルフィは少し会話が苦手なのです。ご容赦下さいませ。」

 

 エマがフォローを入れる。アキラは黙ったまま頷いた。それをじっとりとした目付きでシルフィは見る。

 

 見た目には小学生4、5年生といったところだろうか。身体の凹凸は全くと言っても良い程に無い。前世でのファンタジーでは、エルフはかなりの長寿として知られていた為、シルフィの年齢はよく分からない。華奢な体つきで、透き通る様な肌、そしてエルフらしい長く尖った耳と、眩いブロンドの髪。しかし折角の美しい髪をぼさっと、洗い晒しにしたように、適当に下ろしているのが勿体ないとアキラは思った。長袖のシャツの上に緑色の革製ベスト、ショートパンツにブーツを履いている。

 

「シルフィか。よろしくな。ところでエルフは長寿だと聞くが、そうなのか?」

 

 女性に年齢を聞くのは失礼かもしれないと思い、アキラは遠回しに話した。

 

「そう。シルフィは多分200才くらい。エマと前の魔王様に拾われた。」

 

 自ら年齢を話してくれる分にはセーフだ。それにしても200才でこの体型ならば、寿命は一体どれ程なのか。そして「拾われた」という事は、ここに居る事自体が、エルフとしてはイレギュラーな事なのかも知れない。

 

「シルフィは憶えていない様なのですが、魔物に攫われ、襲われそうになっていたのです。そこを私と先代魔王様が偶然通りかかり、以来、この国で暮らしています。」

 

「という事は、エルフが治める国なり村なりもあるということか?」

 

「はい。遥か東にエルフの王国があると聞きます。」

 

「シルフィは国に帰りたいと思わないのか?」

 

「シルフィのお家ここ。」

 

「そうか。」

 

 エマの口振りでは、エルフ王国との対立や交易等はなさそうだ。シルフィはエマを慕っているようだから問題ないとは思うが、いざその時になって気持ちが揺らぐ事もあり得る。まして、第二軍団長という立場の者が離反するなどという事態は避けなければならない。その点も考慮に入れた上で、この立場に置いているのだと思いたいが。

 

「しかし、シルフィの様な可愛らしい女の子が軍団長とは信じられないな。」

 

「当然。シルフィは強いから。」

 

「ほう。」

 

「それについては、私めが保証しますぞ。」

 

 シルフィの横に座っていたアンデッドが口を挟んだ。白骨化した頭蓋にかろうじて干からびた皮が張り付いているだけの頭部ではあるが、優しさを湛えた表情で微笑んでいるのが分かる。

 

「私は魔術顧問をしております、リッチのビビ=マリシャスと申します。以後お見知り置きを。」

 

 アキラの知るリッチは、魔導を探求し、転生に転生を重ねて辿り着く究極のアンデッド。ゲーム内でもその種族になる為には、かなりの厳しい条件が設定されている事が多かった。ランスロットは兜を被ったままだが、ビビは深い緑色のローブのフードをきちんと下ろしていた。ネックレスやピアス、指輪など、数多くの煌めく装飾品を身に付けているが、何らかのマジックアイテムだろうか。

 

「シルフィ殿は優秀な魔術師。更にはアーチャーとしての才にも眼を見張るものがございます。矢に魔力を宿して射る事も出来ます故、殆どの相手は間合いに入る事もままならんでしょう。また目も良く、視野も広いですから、軍団長としては申し分ないでしょうな。」

 

「ふふふん。」

 

 ぺたんこの胸を張るシルフィ。エルフは軽快な身のこなしも特徴の一つ。森や闇に溶け込み、気配を断つことも出来る。あくまでもアキラの知るファンタジーの設定だが。見えない所から魔術と弓での攻撃、確かに厄介な相手だろう。

 

「なるほどな。それで、シルフィが纏める軍団とはどの程度のものなのだ?」

 

「100人。種族いろいろ。」

 

 100人か。一国の軍隊と言うには非常に少ない。この国の規模、こちらの世界の戦争がどんなものなのかは分からないが、中世的な文化レベルの世界で例えるとすると、騎士レベル、つまりプロの軍人が100人という事だろう。

 

「その他は、その都度に徴用するという事か?」

 

「そう。さすがアキラ様。」

 

 ジトッとした上目使いで「やりますな」とでも言いたげな笑顔を向けるシルフィ。ボサボサの髪と相まって、折角の美少女が台無しだ。

 

 ともあれ、徴用兵となると犯罪者やその予備軍の様な者まで含まれるだろう。恐らくは各々勝手な戦い方で突撃する、といった戦い方が想像出来る。そうなれば、戦術も何もあったものじゃない。


 そして、第一軍団、第二軍団と続けば第三軍団の存在も考えられる。

  

 積極的に戦争を仕掛けるつもりは毛頭ないが、防衛という面で考えても不安要素が多過ぎる。

 

 アキラは手を伸ばし、シルフィの頭をポンポンと撫でた。

 

「シルフィ、お前が優秀なのは分かった。だがな、女の子なんだから、髪は大切にしないとダメだぞ。せっかくの美人が台無しだろ?」

 

 アキラより何百歳も年上だとしても、可愛らしい少女にしか見えない。子供はしっかりと褒めてやらないと。

 

「……わかった。」

 

 シルフィはボソッと呟くと俯いてしまった。アキラは、子供扱いし過ぎてしまったかな、と少し後悔する。

  

「シルフィ、第二軍団は再編させるかもしれん。近日中にまた時間を取ってくれるか?」

 

「仰せのままに。」

 

 はっと我に返ったシルフィは、体育座りのまま深く頭を下げる。

 

「それからビビ、お前にも時間を貰いたい。魔術とやらについて、詳しく話を聞きたいのでな。」

 

「勿論で御座います、アキラ様。」

 

 ビビも恭しく頭を下げ…。

 

「俺の番っスね!第三軍団長バンシー、ハーフドラゴン・エルフっス!」

 

 ビビの言葉に食い気味で手を挙げたのは、アキラと同じく銀髪が美しい、大柄な女だ。

 

 そしてその出で立ちはやたらと露出が多い。革製ビキニアーマーにガントレット、そして甲側に金属製のプレートを付けたロングブーツ。よく日に焼けた肌にシルバーの髪が映える。その肉体そのものがアーマーであると言わんばかりに、鍛え上げられていた。

  

「おお、威勢が良いじゃないか。ドラゴンとエルフのハーフ…という事かな?」

 

「そっスね!」

 

 やはり、この世界にはドラゴンがいるのか。自ずとアキラは胸を高鳴らせてしまう。是非一度見てみたいものだ。

 

 よく見ると、バンシーのもみあげや首筋といった部分に、何やら鱗の様な物が見える。肌の色と同じなので目立たないが、これがドラゴンハーフの象徴なのではないだろうか。

 

「それでバンシーが率いる軍団とは、どんなものなのだ?」

 

「ふふん。」

 

 バンシーが胸をバンと張ると、豊満なそれが大きく揺れる。そして、ちらっとシルフィを見ながら、自慢げに言った。

 

「ざっと600人っス!」

 

 その視線を受けたシルフィは、やれやれといった表情を浮かべていた。

 

「何度言っても理解出来ないアホ。兵は質と練度。シルフィの軍団の勝ち。」

 

 シルフィから結構な言葉を浴びせられているバンシーだが、その余裕の表情は変わらない。

 

「数も強さっスよ、シルフィ!そして軍団の大きさも、胸の大きさも俺の圧勝っス!」

 

「女の価値は胸の大きさじゃない。何故ならシルフィはアキラ様に美人と言われた。」

 

 がーん、としか形容できない表情で、バンシーはがっくりと両手を地についた。一方のシルフィは「ふっふっふ」と湿度の高い笑いを漏らしている。

 

 二人の軍団長の性格、軍団の数から考えても、第二軍団は技術、魔術などの練度が高く、少数精鋭。第三軍団はパワーや数で押し切る様なスタイルなのだろうか。

 

 何だかんだで仲の良さそうな二人だ。アキラはそんな二人を柔らかな笑顔で見つめていた。

 

「さて、残りの四名はひとつのチームみたいなものなのかな?」

 

 残る四人も須く美しく、見た目年齢は人間にして15歳前後、そして、皆同じ顔をしていた。髪の色や長さ、そして纏った雰囲気は其々だが、一見して四つ子である事は明白だった。髪の色は赤、青、緑、茶。恐らくは4属性の特徴を持った姉妹なのだろう。

 

「彼女らは精霊使いの姉妹です。特に役職を与えている訳では御座いませんが、農業や畜産、国土の管理においてアキラ魔王国には欠かせない存在です。アキラ様にはお目通りをさせておいた方が良いと判断し、ここへ連れて参りました。」

 

 エマの口調で、彼女たちとの関係が何となくだが分かる気がする。これまで、エマの仕事を支えて来たのだろう。

 

「ふむ、そういう事か。名を聞かせてもらえるかな?」

 

「「○#¥*|♪♭$!」」

 

「ん、んんん?」

 

「「○#¥*|♪♭$!」」

 

 俺は聖徳太子ではない。

 

「よーしよし。一人ずつな。」

 

「サラです!魔王様!火の精霊使いです!」

 

 やはり思った通り、赤髪は火の担当だったか。快活な表情を引き立てるようなショートカットのくせ毛。そばかすの有る頬も彼女の魅力になっている。飾り気のない、右肩だけのワンショルダーシャツとミニスカートは革製だ。他の者が身に付けているような豪奢な物ではなく、逆に使い古されたような感がある。足には草履のような物を履いている。そして豪快に胡座をかいているため、パンツが丸見えだ。男勝りな性格なのだろうか。

 

「えと、水の精霊使い、ディーネ…です…。よろしくおにぇぎゃい…あう……ゴニョゴニョ…。」

 

 最後まで聞き取れなかったが、青髪が水の精霊使い。綺麗なストレートヘアは胸元まで伸びている。真っ白な花の髪飾りがワンポイントに映えている。少し猫背で上目使いにしているが、その視線はおどおどとしている。服装はサラと同じだった。と言うか、服装に関しては揃えたように四人とも同じだ。

 

「アキラ様、お目にかかれて光栄です。風の精霊使い、ジーニーです。」

 

 緑髪は風。目は閉じたままだ。きちんと正座し、いかにも礼儀正しく三つ指をつけて礼をする。髪は長く、背中に大きな三つ編みを下げている。姉妹のまとめ役といった雰囲気だ。

 

「ノ、ノーム。一応、土の精霊使いよ。」

 

 茶髪のツインテール。ツンと横を向き、横目でアキラを睨むように見ている。ツンデレは金髪の専売特許だと思っていたが、こちらの世界では茶髪でもオーケーなようだ。ノームも胸の前に腕を組み、胡座をかいている。

 

「ノームか、よろしくな。ところで下着が丸見えだぞ?」

 

「ちょ!な、何見てんのよっっ!」

 

 顔を真っ赤に沸騰させて、慌ててスカートを押さえて脚を閉じる。こういうツッコミはノームには有効だ。サラに「見えてるぞ。」と言ったところで、「にゃははは」くらいの反応しか得られないだろう。エマがノームの言動にブチブチと音が聞こえそうな表情で睨みつけたが、アキラはそれを「まあまあ」と抑えた。

 

 サラは相変わらず胡座をかいて笑っている。お前も見えてんぞ。ジーニーは知らん顔。ディーネはモジモジと自分のスカートを抑えていた。シルフィからはジトッとした視線を感じる。

 

「はっはっは!ともあれ、よろしく頼むぞ。なにせ新米の魔王だ。皆を頼る事も多くなろう。」

 

「はっ!!」

 

 張りのある返事だ。しかし、それぞの表情には当初の様な緊張は見られない。人間関係が苦手だったアキラにしては、上出来と言えよう。

 

「それにしてもこの国は美しい女性が多いのだな。皆と共に歩める事、冥利につきるというものだ。」

 

「………!」

 

 ぴくっと反応して、全員がモジモジと照れた笑顔を浮かべる。ランスロットとビビよ…お前ら女だったのか。

 

 という事は、ここに集まった全員が女性。そもそもこの国は女性の比率が高いのか、それとも前世の世界よりも女性の社会進出が進んでいるのか。アキラは同性よりも異性との方が接しやすいと思っている。気弱な性格のせいだろうか。そういう意味では助かった。

 

 とにかく、一通りの面通しは終わった。確認すべき事は山ほどあるが、とにかく疲れた。肉体的には何の疲れも感じていないが、何せファンタジックな面々の前で魔王ロープレだ。

 

「エマよ、我が国、出来ればこの世界の地図はあるか?」

 

「は、こちらに。」

 

 予め用意されていたであろう地図を差し出された。流石である。

 

「うむ。皆、今日は大儀であった。私は疲れたので休ませてもらうぞ。寝室はどこか?」

 

 そう言って立ち上がると、つつつと、エマが側に付き添った。

 

「魔王様、ご案内致します。」

 

「うむ。」

 

「エマ様、お待ちを。」

 

 寝室へ向かおうとするエマを呼び止めたのは、すくっと立ち上がったランスロットだった。

 

「アキラ様親衛隊として、私が責任を持ってご案内致しましょう。」

 

「ちっ」とエマから舌打ちが聞こえた気がするが気のせいだろう。

 

「親衛隊としてのお務めご苦労様。でも大丈夫よ。魔王様は私がお守りするわ。それに、まだまだ打ち合わせが必要な事が多いもの。」

 

 笑顔なのに怖い顔だった。

 

「シルフィとは第二軍団の再編成の話をする約束。」

 

 続いてシルフィまで立ち上がった。三者の間に、見える筈がない火花が見えた気がした。

 

 あれ?これはもしや?これは夜伽とかいうやつなのだろうか。夜伽という事は、アレなのだろうか。やっぱりアレなのだろうか。ええええ?!

 

 遊び慣れた男なら「よし、三人とも着いて参れ!」とでも言えるのだろうが、童貞のアキラには難易度が高過ぎた。ともかく、これが魔王国の風習なのかも知れないし、機嫌を損ねたくないし、役員間のいざこざは避けたいし…ああ。

 

「ではアキラ様、今宵は私と、魔術について語り合いましょうぞ…。」

 

 と、ビビが恥ずかしそうに告げた所で一気に冷静になった。初めての相手が腐敗したリッチとか勘弁してくれ。というか初めてじゃ無くても無理だわ。

 

「う、うむ、まずは周辺地理について確認したい。エマ、頼む。」

 

 ありたけの勇気を振り絞って、最も無難な選択肢を選ぶと、パアァと表情を輝かせ、

 

「はい!魔王様ぁぁ!」

 

 と少女の様な笑顔を見せる。仕事の出来る女性がこういう表情を見せると、余計に眩しく見えるものだ。ギャップ、なのか?

 

 

 

 薄暗い寝室には、巨大な天蓋付きベッドが鎮座していた。そして当然のように、隣室には浴室があるようだ。部屋には香が焚かれ、数本のロウソクが部屋の見事な調度をぼんやりと見せている。過度の緊張で、ここまでどうやってやって来たのかも憶えていないアキラに、エマは妖艶な笑みを向けた。

 

「アキラ様、しばし準備にお時間を頂戴致します。アンデッドの身体は冷えております故、温めて参ります…。」

 

 そう言い残してエマは浴室へと消えた。一方のアキラはろくに返事も出来ないまま、それを見送るしか出来なかった。まだまだ一息つけるのは先のようだ。魔王のくせにドキドキと動悸が止まらない。部屋の片隅にある大きな姿見が目に入る。アキラは慌てて身だしなみを確認しようと鏡へ駆け寄る。

 

 そして驚いた。

 

 姿形は、当然以前の者とは別人だ。しかし、これ程楽しげな表情を、鏡の中に見た事があっただろうか。

 

 アレックス達の事は気になる。きっと明日には、アキラの姿が見えない事に心配するだろう。置き手紙の一つでも置いてくれば良かったかもしれない。

 

 しかし、手紙で済ませて良い話でも無いだろうし、そもそも信じてもらえまい。魔王になります、などと。

 

 アレックス、リー、アビー、オズ。

 

 そして、エマ、ランスロット、シルフィ、バンシー、ビビ、サラ、ディーネ、ジーニー、ノーム。

 

 こうして心を通わせる事の出来る仲間と世界に囲まれ、アキラは心から感謝していた。

 

「ともかく明日から忙しくなりそうだな。」

 

 そう、鏡の中から微笑みかける自分に声を掛けた。

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