第4話 報告
陽も落ち、宿へ戻った一行は既に解散している。
宿の一階は、夕食と酒を求めた多くの客で賑わっていた。宿の主人も大忙しといった風に、料理を用意しながら、厨房に向けて大声で撃を飛ばしている。
アレックスは一人、カウンターに席を取り、食後の酒を愉しんでいた。
アレックスが飲んでいるのは人間の酒だ。スネークヘッドと呼ばれる芋を蒸溜して作られる、キリタ・ブラザーズ。ここバアルでは見かけない酒で、産地はレオニス王国東部。アレックスが特権を振りかざして、無理に仕入れさせているのだ。
「へへ、勇者様。今日は一悶着あったそうで…。」
媚びへつらうように、主人がアレックスに擦り寄る。そうした態度はアレックスは嫌いではない。
「ふん。流石に耳が早いな。心配するな。お前に迷惑は掛けん。」
主人はまた「へへへ」と愛想笑いを浮かべて、奥へと引っ込んだ。わざわざそんな一言を言いに来たのか。確かに、そういう用心深さを買ってここに宿を取っているのだが。
少し前、アレックスは憲兵詰所に立ち寄り、昨日のヴァンパイアについての報告を行った事を思い出す。
右手の人差し指にあった指輪を外してカウンターの上に転がせ、はぁと溜息をつく。
「気に入らないな。」
それを思い出すと、酒が不味くなる。
憲兵詰所は、バアル領主館の直ぐ側にある。
憲兵達の任務は一年。その間は、詰所内の寮で生活をしている。一年という期間は、勇者であるアレックスも同じ事で、毎年、他の勇者と入れ替わって任務に就く事になる。しかし憲兵とは違い、本国レオニス王国に所属する勇者は三名。つまり、三年に一度は、バアルでの任務に就かなければならないのだ。それに対して、憲兵は10年程の期間が空く。
「俺、来月には任期満了なんだ。」
「いいよな。俺なんてまだ8ヶ月も先だぜ。」
詰所に入るなり、そんな会話を聞かされれば、気分も悪くなるというものだ。
ブツブツと独り言を漏らしながら向かった先は、二階の一番奥にある「報告室」。この部屋への入室が許されるのは、バアル憲兵司令官と配属勇者の二名のみ。
門兵の敬礼を受け、ガチャリとドアを開けると、窓のない、閉塞感のある小さな部屋があった。部屋の中央には、「クリスタル・オブ・コール」と呼ばれる水晶の玉が鎮座していた。
アレックスはドアに鍵を掛け、右手のガントレットを外すと、人差し指にある「静寂の指輪」を発動、部屋内の音をかき消し、防諜対策を取る。その上で更に注意深く周囲を見渡すと、ようやく右手を水晶の上に置いた。
しばらくの後、アレックスの頭の中に男の声が響いた。
《アレックスか。》
「はっ。ダミアン大司教。報告が御座います。」
アレックスは昨夜に起こった出来事を、何度も頭の中で整理して来たであろう、滑らか且つ簡潔な言葉で報告する。
「情報屋より、新月に魔王復活の儀式が執り行われるとの報あり。場所は魔王城東の森。私のパーティーにて捜索した所、所定の場所にて巨大な魔法陣と、それに関わるヴァンパイア他十名を発見、ヴァンパイア一名と戦闘となりました。対象を撃退し、生贄と思われる男性一名を救出しました。魔王復活は阻止されたと考えます。」
《なにぃ?!》
思いの外、強い反応にアレックスも驚いた。どういう事だ?復活は阻止出来た、と報告したはずだが。
《阻止したいうのは、確実なのか?》
「はっ。私はその様に捉えております。」
自信満々に告げるアレックス。相手には姿が見えていないにも関わらず、胸を張ってみせる。
《バカモン!!》
突然の叱責に、思わず右手を離しそうになった。
「???」
言葉を失うアレックス。自分が失言したとも思えず、報告に虚偽があった訳でもない。報告内容に、何か不味い部分でもあったのだろうか。理由は分からないが、背中に嫌な汗が滲むのが感じられた。
《その様な命令を誰が下した!》
「は、はっ! 王国の利益の為、自らの判断にて行動しました!」
《王国の利益の為だと…? ぐむむ…貴様の行動は、王国の利益を損なうものだ!》
ダミアンは怒りを爆発させ、怒鳴り声でアレックスを恫喝した。
魔王復活を阻止する事が、王国の利益の損失になる? どういう理屈で考えればそうなるのか。
「も、申し訳ありません!」
何故自分が謝っているのか理解出来ないまま、深く腰を折って頭を下げている自分が情けない。こんな勇者の姿を見られたら、人々からの信頼など、一瞬で消し飛んでしまうに違いない。
《ふぅ…もう良い。この先は高度に政治的判断が必要になる。今回の事は他言無用だ。パーティーのメンバーにも徹底せよ。》
「はっ! 畏まりました!」
《それから、その救出した男は?》
「アキラと名乗る人間です。どうやら記憶を無くしてしまっている様子で…。」
水晶の向こう、海を越えたレオニス王国で、頭を悩ませるダミアンの声が聞こえてくる。
《その男は厳重に保護せよ。》
厳重に、とはどの程度の事だろうか。それに、アキラがそれ程にまで重要な人物なのだろうか。何処にでも居そうな、極普通の人物に見えたが。
「では、本国に連れ帰りましょうか。」
《いや、あくまでもバアルにて保護するのだ。》
「は、はぁ。」
保護するならば、魔族の居ない本国の方が安全なはずだ。普通に考えれば、アレックスは決して間違った判断はしていないと確信を持てる。
ことごとく自分の考えと相違するダミアンに不信感を募らせるアレックスだったが、上官の命令は絶対だった。
《よいかアレックス。貴様は私の、いや、国の命に従っておけば良いのだ。身勝手な行動は身を滅ぼすぞ。》
勇者である自分を、まるで使い捨ての駒の様に言われ、唇を噛み締めるアレックス。水晶の右手に力が入り、このまま握り潰してやろうかと思う。
何とか自身を制止し、何とか了承の意を絞り出した。
「はっ…肝に命じておきます…!」
「くそ……。」
何だか分からないが、自分がヘマをやらかしたのだという事は理解できる。
しかし、あそこまで言われる様な事なのだろうか。国益を思い、自らの正義を信じて行動した者を、まるで使いっ走りであるかの様な物言い。命懸けで危険の前に身を晒す者を、使い捨ての様に扱うなんて。
アレックスはキリタをグラスの半分まで入れ、それを心の中に立ち上るモヤモヤと一緒に、一気に飲み干した。
まあいいさ。
コツンと、カウンターに大きな音を立てる空のグラス。
ヴァンパイアは取り逃がしたし、今日の尾行者も不明なままだ。しかし、パーティーも無事だったし、アキラも救い出せた。それで満足しようじゃないか。
アレックスは何も言葉を発せずにコインをカウンターに置くと、宿の階段を登った。
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