ツツジが落ちた

文山楓月

ツツジが落ちた

 ツツジが落ちた。赤でも紫でもない不思議な色だった。それは目を刺すような蛍光色で、しかし、同時にとても優しい色だった。その色は確かに心に焼き付いた。泣かそうとでもいうように、しかし、泣かしはしなかった。風にころころ転がって、こちらをじっと見あげていた。

 うずくようなくすぐったいような、変な悲しさがぱっと広がった。空っぽの心の底に一欠片だけ氷を落としていたのが溶けだしたようなそんな悲しみである。冷たいのに、淋しいのに、それに溺れきることもできない。小さく、鋭い狂気である。遠い過去の記憶が、飲み込んだ言葉と一緒に喉元までせり上がってくる感じがした。

 あと少し、夏になるまでの辛抱だ。そう自分に言い聞かせる。去年も、六月になれば、ツツジは盛りを過ぎて、今日のように少し寂しく地に転がったりしたが、七月には、それは夢のように消えていた。今年もきっと不思議に鮮やかなこの花は、夏が玉座につく頃には死んでしまうだろう。それまでのことだ。この苦しみもそれまでのことだ。しかし、去年もそうだったから今年もそうだろう、というのは花が枯れることにだけ言えたものじゃない。それは花が咲くことにも言える話なのだ。きっと、来年も再来年も、またそのさきも、ツツジを花を咲かせるだろう。今の哀しみが、そっくりそのまままた来年もやって来るかもしれない、そんな気がしている。それは酷く恐ろしい予感だった。

 あぁ、きっと、そうなる。ツツジはまた花を咲かせる。初夏になれば、それは、哀しみを連れてやってくるのだ。避けて通ろうとしても、避けた先の道やいつも通う図書館の花壇なんかに現れて、ちっともこの花を避けられない気がする。そうして、また、これからも、何度も何度も、この花と出くわして、昔のことを思い出す気がする。きっとその時は、この、今、なんとなく零してしまった溜息のなんとも言えない温度だとか、その中にぼんやり感じた感傷なんかもきっと思い出すに違いない。そう思ったら、なんだか、暗い気がした。

 今、微かな葉擦れの音以外、鼓膜を揺らすものはない。唄うような静寂に、世界はまるで水彩画。淡く、鮮やかに、心を濡らす。景色は美しく色づいたが、遠く過ぎ去った人の影のぶんだけ白く乾いて残った。その空白はささくれのように、いつまでも気になった。

 ツツジが落ちた。風に吹かれて落ちた。それは地に落ちて尚、色鮮やかで美しかった。ただそれだけ、それだけの話である。それはもう、今更、どうすることもできないのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ツツジが落ちた 文山楓月 @fumiyama

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ