第11話 最強の剣士

「もう交代したよ。ほら」

委員長が指さしたその先には、華奢な体型の剣士が試合場に足を踏み入れようとして

いた。


中堅の戦いに期待を寄せる観客から歓声が上がる。冷泉堂大学のメンバーたちもよう

やく異変に気づき、試合会場に視線を向けた。


そこには、巨体の京仙院大学の選手と比べると、子供のようにも見える剣士が試合開

始を静かに待っていた。運営者がマイクを使って選手の紹介をする。

「赤、京仙院大学、城島選手」

「白、冷泉堂大学は霧島選手の負傷により、代わりに佐々木選手が出場します」

会場から再び大きな歓声が飛ぶ。盛り上がる会場とは対照的に、冷泉堂大学陣営は何

が起きたか分からず、メンバーたちは固まっていた。

「ウソ、佐々木さん・・・?」

松尾女史が呟く。佐々木由紀は何事もなかったかのように相手と一礼を交わし、試合場に入ると、再び礼をした。


京仙院大学の中堅、城島俊哉はルーカスに優るとも劣らない立派な体躯の持ち主であ

り、佐々木由紀を見下ろした。

「女か。本気で戦えないじゃないか」

城島が愚痴をこぼす。佐々木由紀は大柄な城島を見上げ、

「手加減するのは私の方よ。あなたじゃ私には勝てないわ。っていうか、誰も私には勝てないわ」

と言った。この一言で城島が逆上した。

「ふざけるな」

城島は一撃必殺の面を狙うため、距離を取り、上段構えに変えた。京仙院大学陣営の

ほとんどの部員は、城島の圧勝を予想していた。

「あれじゃ大人と子供の戦いだ」

「ああ、あれじゃ勝負にならんな」

しかし、ただ一人、北村雄平だけが違う考えを持っていた。

「城島は勝てない。相手が悪すぎる」

他の部員の視線が北村に集まる。

「北村君、どういうことだ?」

驚いたネイサン・ミラーが北村に問いかける。北村は溜息をつくと、

「見れば分かる」

とだけ言った。


頭に血が上った城島は、平安神宮の隣にある京都市動物園の来場者にも聞こえそうな

大きな声を上げると、渾身の力で竹刀を振り下ろした。

「決まった」

北村を除く会場の誰もがそう思った。私とダンディーは心配で試合を見ることができ

ず、両手で顔を覆っていた。


城島が竹刀を振り下ろすと、そこに佐々木由紀の姿はなかった。勢いをつけて面打ちを放った城島はバランスを崩し、前につんのめって倒れた。勝ちを確信していた城島は大きな衝撃を受け、なかなか起き上がれなかった。その城島に向かい、真後ろにいる佐々木由紀が凛とした声で、

「立て!」

と言った。


城島は竹刀を支えに片膝をついた状態で顔を上げた。既に中段に構えた佐々木由紀が城島を見下ろしていた。


城島は頭を左右に振って、立ち上がると今度は一番得意とする中段に構えた。城島は、

「まぐれは続かんぞ」

と言うと、再び勢いよく攻撃を仕掛けた。しかし、一手目をかわされたショックで、

全ての攻撃が大振りになっている。佐々木由紀は城島の攻撃を見極めた上で次々にか

わしていく。


私はざわつく会場の反応に興味をそそられ、怖いもの見たさで指と指の間を少しだけ

開けた。


佐々木由紀は竹刀で防御することもなく、城島の攻撃をいとも簡単に最小限の身体の

動きだけでかわしている。

「すごい。なんて速さだ、佐々木さん」

他のメンバーたちも当惑した顔で試合を見ている。

「強過ぎるよ」

ルーカスが小さな声でポツリと言った。


面、胴、小手と次々に怒涛の攻撃を放つものの、城島の竹刀は佐々木由紀には全く届

かない。城島は肩で息をしている。攻め疲れだ。城島の手がとまった。


再び佐々木由紀が城島に向かって叫ぶ。

「来い!」

城島には悪態をつく余裕は残されていなかった。これ以上続けて攻めることはでき

ないと悟った城島は、守りを固め、隙ができたらカウンターを浴びせる戦法に切り換

えることにした。また、城島には、佐々木がいくら身軽であっても、その軽さゆえに

重い攻撃を繰り出すことは出来ないであろうという考えもあった。


しかし、この戦法は裏目に出ることになる。城島が防御を固めたことが分かると、佐

々木由紀は敢えて城島の策略に乗ることにした。佐々木由紀は迷わず踏み込み、竹刀

を振るった。

「罠にかかったな」

城島に再び余裕が生まれる。しかし、佐々木由紀の一見軽い攻撃は、城島、そして、

私の想像を遥かに超える破壊力を秘めていた。胴を狙った佐々木由紀の竹刀が、防御

するために城島が合わせた竹刀にぶつかると、金属バットの芯で硬球をとらえたよう

な快活な音が会場に響いた。


城島はあまりの衝撃に思わず竹刀を落としそうになった。しかし、佐々木由紀は容赦

なく攻め続ける。小手、小手、胴、小手、胴、小手、胴。面を外す攻撃が続き、敢え

て城島に竹刀を合わせさせる時間的余裕を与えた攻撃を仕掛けている。城島は顔をし

かめて必死に佐々木由紀の無慈悲な攻撃に耐えた。

「なんだ、この女は。俺をなぶり殺しにする気か」


城島には佐々木由紀が、狩りをする冷酷な虎のように見えていた。


冷泉堂大学陣営では、試合を食い入るように眺めていたダンディー霧島が恍惚の表情

を浮かべている。

「俺も攻められたい」

一方、私も『とんでもない人を好きになってしまった』と悟った。そして、私の横で

はルーカスがうなされたように、

「サムライだ」

と再び呟いている。


佐々木由紀は城島が戦意を失いかけていることに気づくと、距離を取り、まるで弟子に稽古をつける師範のように

「来い!」

と城島にはっぱをかけた。

『クソ、なめやがって』

城島は覚悟を決めて、最後の一振りにかけることにした。

「来い!」

再び佐々木由紀が冬空に響き渡るような澄んだ声で城島に気合いを入れる。城島は呼吸を整えると、

「おりゃぁーーーーーー!!」

という裂帛の叫び声とともに佐々木由紀に襲いかかった。佐々木由紀もまた、

「やぁーーー!」

という声とともに踏み込み、竹刀を振り下ろした。


共に面打ちにかけた両者が交差する。勝負の行方を慎重に見極めた審判が白旗を上げ

た。

「勝負あり!白!」


一瞬の静寂の後、冷泉堂大学の関係者、そして、大勢の見物人から歓声が上がった。

呆然と立ち尽くす城島とは対照的に、佐々木由紀は礼をすると、面を外し、押し込ま

れていた長い黒髪を解放させた。艶のある黒い長髪が風に乗って揺らめくと、私、ダンディー、そして、審判を含む会場の男性陣は魔法にかかったように佐々木由紀を見つめた。数十、いや、数百の瞳にハートマークが刻まれている。


一方、ルーカスだけは再び、

「サムライだ」

と壊れたラジオのように言った。

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