第10話 敗戦を引きずる男たち

ところ変わって、ここは松竹寺道場。道場は重苦しい雰囲気に包まれていた。無理もない、冷泉堂大学剣道部改め剣道サークルを引っ張ってきた主将のルーカス・ベイルが、京都市剣道競技会で戦うことになるであろうライバル校の剣士に手も足も出ずに完敗を喫したのだ。


「さぁ、気を取り直して稽古を続けましょうか」

松尾女史が明るい声でメンバーに稽古の再開を告げた。しかし、その日の稽古は、今までの稽古のなかで最も静かな稽古となった。普段は、ルーカスをはじめとするメンバーたちの気合を発する声が道場の外にも漏れるほど活気に満ちている。しかし、今は肝心のルーカスが心ここにあらずの状態であり、竹刀を握るのがやっとであった。


無敵のルーカスが、実力で大幅に劣るダンディー霧島やトモッチこと葛城智彦に次々と一本を取られていった。文字通り、ジャイアント・キリングだ。しかし、普段なら泣いて喜ぶはずのダンディーやトモッチは一言も発せずに黙々と稽古を続けた。


見かねた松尾女史が稽古を中断し、ルーカスを呼んだ。

「ルーカス君、大丈夫?」

「ええ。僕は大丈夫です、松尾さん。はは、ははは」

ルーカスは無理に笑顔を作って答えた。しかし、その口許は引きつっている。

「そうは見えないけど」

「ええ。僕は大丈夫です、松尾さん。はは、ははは」

ルーカスの笑い声が震えている。松尾女史は心配そうにルーカスの顔を見つめた。

「ええ。僕は大丈夫ですよ、松尾さん。はは、ははは」

心配して様子を見に来た木田氏が叫んだ。

「大変だ。ルーカスが壊れた!」

集まったメンバーを見回すようにルーカスは、

「ええ。僕は大丈夫ですよ、松尾さん。はは、ははは」

とぎこちない笑顔で言った。この様子を入口付近で見ていた人物がいた。


その人物は肩で息をしていた。走って道場に駆けつけたようだ。

この人物はこぶしを握り締めた。やり場のない怒りを抑えるように。


そして、この日の稽古は打ち切られることになった。


この日以来、私とルーカスは大学にも、そして、道場にも足を運ばなくなった。


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