第3話 好敵手

実際の時代祭は、仮装行列を遥かに凌駕するイベントであった。日本の歴史に興味を持つルーカス、そして、両親が日本人の私は目を輝かせて次々と現れる行列を見つめた。時代祭のハイライトはなんと言ってもパンフレットの表紙にもなっていた、平安時代の婦人列だ。この行列では、紫式部、清少納言、小野小町等、この時代を代表する女性に扮した女性たちが、煌びやかな衣装をまとい、華麗で荘厳な雰囲気を醸し出す。しかし、私たち2人の視線を釘付けにしたのは、平安時代の婦人列ではなく、荒々しさを感じさせる織田公上洛列であった。


織田信長は戦国時代を代表する武将だ。漫画で歴史を学んだルーカスは織田信長にただならぬ関心を寄せている。


織田信長の側には豊臣秀吉が控えていた。秀吉は農民の出身ながら出世を続け、やがて天下統一まで果たした。


信長と秀吉はともに甲冑姿で栗毛の馬にまたがっていた。


信長も秀吉も顔は兜にほとんど隠れていたが、二人とも若いことは一目瞭然であった。


2人が剣道部改め剣道サークルの目の前を通り過ぎるとき、ダンディー霧島が、「あっ」と声をあげた。佐々木由紀マネージャーからは、

「本当に目立ちたがりやなんだから」

と言う非難めいた声がはっきりと聞こえた。


騎上の信長と秀吉が2人を一瞥し、ニヤリと笑った。そのとき、私は気づいた。信長に扮していた若者は、日本人ではなかった。兜を深くかぶっていたため、ほとんどの見物客は気づいていなかったが、彫りは深く、青い眼がキラリと光った。そして、その視線がルーカスに移ったとき、なぜか信長の表情が青ざめ、慌てて視線を逸らした。

「あれ?」

信長を見たルーカスは腕を組んで何やら考え始めた。

「どうした、ルーカス」

と私がきくと、

「いや、あの信長公に扮していた男だが、どこかで会ったことがある気がする」

「そう言えば、ルーカス君を見て、慌てて視線を逸らしていたよね」

ダンディー霧島が言った。

「それより・・・さっき、霧島君と佐々木さんは随分驚いていたみたいだけど、どうしたの?」

私が気になっていたことを尋ねると、ダンディー霧島と佐々木由紀マネージャーの表情が急に硬くなった。


2人が顔を見合わせた。言うべきかどうかを躊躇しているようだ。その時、後ろから聞き覚えのある声が響いた。

「いいわよ。教えてあげなさい」

声の主は松尾女史だった。


松尾女史は昼食休憩中に慌てて駆けつけたと見え、コンビニのビニール袋からオニギリを取り出すと、丁寧にフィルムを剥き始めた。

「いずれ分かることだわ」

「ええ」

佐々木由紀マネージャーは遠慮がちに頷くと、私とルーカスに事情を説明した。

「あの信長と秀吉に扮していた人たちなんだけど、京仙院大学の剣道部の部員だわ」

「信長が副将で、確かアメリカからの留学生でした」

ダンディー霧島が思い出したように言う。

「そして、秀吉が大将の北村雄平」

松尾女史が溜息交じりに言った。北村雄平の名前が出た途端、佐々木由紀の表情が曇ったのを私は見逃さなかった。

「前から気になっていたんですけど、松尾さんは京仙院の大将を知っているのですか?去年の試合の時も随分睨んでましたよね?」

ダンディー霧島が尋ねた。松尾女史は憂鬱な表情になり、溜息をつくと観念したように、

「実は北村雄平はうちの道場に通っていたのよ。つまり私はあの子の師範なの。と言っても雄平が中学に上がる頃には全く歯が立たなくなっていたわ。確か、インターハイで優勝してるわ。雄平は天才よ」

「では、なんで、わざわざうちのライバルの大学に入学したのですか?」

「そうですよ、武士道に反します」

私に続き、ルーカスも納得がいかなかったのか、抗議の声をあげた。松尾女史の表情がさらに暗くなった。

「一応うちの大学に入ったわ。彼の下には全国の有名な大学から勧誘があったみたいだったけど、私の顔に泥を塗りたくなかったんでしょうね。でも、その頃のうちの剣道部は強いことは強いけど、名門大学の名前に甘えて、それこそサークルのような集まりだったのよ。雄平君は、冷泉堂大学に入って僅か一ヶ月で退部しただけでなく、大学も辞めて、その年の一般入試で京仙院大学に入ったのよ。それから、うちの大学と京仙院の力関係が逆転したわ。元を正せば、うちの大学が悪いんだけど、やっぱり悔しいわ。しかも去年からは信長役の留学生も加わって手がつけられなくなったわ」

ここでダンディー霧島が思い出したように、

「さっきも言ったけど、信長役の留学生はルーカス君を見て怯えていたよね。知り合い?」

「なんか見たことがある気がするんだけど、思い出せない」

ルーカスは悔しそうに答えると、私に向かって、

「信夢は知ってるか?」

と尋ねた。

「いや、知らないな」

この時点では想像もつかなかったが、この疑問に対する答えは、後々大きな意味を持つことになるのであった。

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