第53話 魔術の意味
俺たちは地上階を目指して走り始めた。階層を上がり続けるが、何も問題が起こらぬまま、マナ補充ポーションの製造場までやってきた。
「達也さん、ココから先はマスクを。それと……ここの区域内は魔術の使用は禁止です」
「分かっ……えっ? 魔術が禁止!? どういうことだ?」
話に追いつけず、俺はルカに説明を求めるように視線を送る。
「……簡単に説明すると『高濃度のマナ』が空気中に漂っているんです」
「マナが空気中に?」
「はい。ポーションの製造をしているうちに自然と溜まるようで魔術を発動すると通常よりも数倍の威力が出てしまうんです。単純に攻撃系の魔術を発動してしまうと威力が大きく上がるだけではなく、術者本人を巻き込む可能性があるんです」
「……危険性が高いのは分かった。でも、俺は魔術以外、使えないんだぞ?」
「屋敷で襲撃されたときの体術、あれは使えないんですか?」
「あれはあくまで、無力化……というより、確保が目的の技だから複数人相手じゃ無理が在るぞ?」
「大丈夫です、私が前衛を勤めますから!」
「ちょっと待て。ルカ!」
ルカは俺の言葉を聞く耳を持たない。剣を抜いてテンキーに番号を入れて中へと踏み込む。
「ったく……もう!」
俺は銃を閉まってルカの後ろを追った。ルカは周囲に目を向けて警戒しつつ、前へ前へと進んでいく。相変わらず、強い刺激臭が充満している
「(こんなところで戦闘なんてご免だぞ……)」
だが、その思いを裏切るかのようにルカの足がピタッと止まる。
「……前から来ます!!」
ルカがそう叫ぶと正面の扉がゆっくり開くと共に二本のナイフが飛んでくるが、素早く反応したルカは剣で叩き落す。
それと同時にフードを目深に被った人影が現れ、ルカに肉薄する。速度を上げ走りこんでくる相手にルカも剣を構えて突っ込もうとするが、再び、人影からナイフが3本飛んでくる。
「……
ルカはナイフを悉く叩き落しつつ、走り抜ける。二人の距離が一気に詰まり、剣と剣がぶつかり合い、強い反響音が鳴り響く。明らかにルカの方が技量で勝っているのは明白だった。
しかし、相手がルカの剣を受け止め、攻撃に転じると一気に状況が一変した。
まるでノックバックでも受けたかのようにルカがジリジリと押され始めたのだ。
「……あなた、身体強化をすでに掛けていますね?」
ルカは敵の姿にそう語りかけると一気にその人影はルカに向けて駆け出す。
そして、先ほどまで使っていたであろう中剣を槍のように放る。
「そんなモノっ……!」
ルカは先ほどまでの容量で叩き落そうとする。しかし、威力に負けて大きく仰け反りつつ、飛ぶ刃の方向を変えるだけに留まった。その隙に人影は短剣を懐から抜き、右腕を斬り付ける。
「ッ……!?」
「ルカ!」
ルカはその場にうずくまり、右腕を抑える。状態は分からないが、負傷しているのは間違いない。俺はルカの元へ駆け出そうとするが、その人影は迷うことなくターゲットを俺へと変更し、肉薄して来る。
「(やるしかない……! ここで俺は殺されるわけには行かない!)」
目を見開き、突っ込んでくる小柄の人影に目を凝らす。
相手は短剣で襲い来る、その剣さえ何とかできればいい。
「(とりあえず、獲物を持っている手を捕まえないと話にならない!)」
俺はそう考えて中腰に構えた。しかし、その人影はまるで、スライディングでもするかのような行動を見せる。
俺は反射的に左側へ避ける姿勢を取ったが、それが間違いだった。そのまま、軸足にしていた右足を蹴り飛ばされ床に転げ落ち、気付けば取り押さえられていた。
「お静かにお願いします」
「……その声はマレル!?」
酷く冷静な声が後ろから聞こえてくる。今、俺を抑えているのはマレルだ。よりによって、隠者の長が寝返ったのでは話にならない。俺は顔を降りかえろうとするが、マレルに動きを先読みで封じられる。
「動かないで。そうしないと痛い目に遭う事になります」
「うっ……!」
グッと強い力で俺の腕を引き上げる。明らかに本気だ。
それを証明するかのようにマレルの雰囲気が、存在感が全く感じられない。
「何が……目的だ」
「今に分かります。立ってくださいっ!」
「わ、わかったからそんな力を入れるなよ」
マレルは冷静に告げると指示に従うように腕に力を入れる。
ルカは未だに痛みからか、蹲ったままで近くには血が流れている。
「……残念です。本当に」
マレルはそう一言だけ言うと立ち上がろうとした俺の膝裏に蹴りを入れて膝立ちの状態にし、ナイフを首元に突きつける。
「どういう事――」
俺が聞き終わる前に新たな人影が10人ほど現れた。皆、一様にマレルと同じようなフードを被っている。だが、マレルは俺を引き寄せ、ナイフを近づける。
明らかにマレルとは敵対関係の人間らしい。
「マレル様、領主様を離してください」
「どうして?」
「どうしてって……あなたが忠誠を誓う人間だからに決まっているじゃないですか!」
「そう……」
一瞬、マレルの力が緩むが、すぐに力が戻る。
「私はここで領主を斬る。説得なら無用よ」
そして、マレルは俺だけに聞こえるように「申し訳ありません」と語り、俺へ刃を突き立てようとする。
「(こんな、こんなところで! まだ、俺はリテーレ領を救えてないんだ!)」
最大限、俺は抵抗するようにもがくと正面に居た全員もマレルを取り押さえようと掛け始める。だが、次の瞬間――マレルはナイフを投げ捨て、俺を抱えるように横倒しにして言葉を紡ぐ。
「<クイック・キャスト>」
「ぎゃぁぁぁ!!」
その刹那、絶叫と同時に防御魔術が展開された。マレルは素早く俺から離れて、突っ込んできた者たちを見やる。そこには電撃を食らって伸びている10人の姿があった。
「……本当に残念です」
そう言うとマレルは俺の方へ向き直り、跪いて頭を垂れた。
「誠に申し訳在りません。事前にご連絡しておりませんでしたが、隠者の採用試験を私の独断でさせていただきました」
「えっ……? は? だって、マレルお前、ルカを――」
「私なら問題ありませんよ! うん、甘い」
ルカが手に付いた血――いや、血のりを舐めながら倒れている10人の間を縫って駆けてくる。その表情は笑っており、どこか楽しそうだった。
俺の心配を返して欲しい。
「ルカ様には既に事前に承諾していただいたのですが、達也様には事前に知らせない方がよいかと思いまして」
「……なぜだよ?」
「それは、その……」
マレルが言葉を濁す。
「らしくないな。言いたいことがあるならはっきり言え」
「……魔術だけでは守れないこともある。それを知って欲しかったんです。今まで達也様は魔術の力に頼って戦ってきました。ですが、今回はどうでしたか? 『魔術は万能だ』という意識を、どうか変えてほしいんです」
マレルの指摘は俺にとって耳が痛かった。俺が顔を少し
「達也さん。マレルを責めないであげてくださいね? マレルは達也さんのことを思って、少しだけでもその事を理解して欲しいと今回の計画を練ったんです。それに計画自体は私が独断で許可したものですから、責任なら私が取ります」
「そんなことは……! ルカ様は頷いただけで私がやったことです!」
「いいのよ、そんな必死にならなくて」
ルカがそんなことを言うものだからマレルが動揺して俺に慌てて進言する。
「……正直、驚いているけど充分に分かった。ルカとマレル、視察が終わったら少しでもいい。剣術の練習に付き合ってくれ」
「「……! はい!」」
ルカは俺の発言が嬉しかったのか、マレルに抱きつく。すると、マレルがすこしだけ口角を上げて笑みを見せた。
「(やっぱり、マレルも少しずつ成長しているんだな……)」
そして、同時に俺はルカとマレルの様子を見つめ、改めて認識した。
俺は人に恵まれているな――と。
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