第52話 厳格者

「あの臭いは一体……というか、何を作っている場所なんだ?」

「あそこはコレを作っている場所なんです」


そう言いつつ、ルカが取り出したのはマナ補充用のポーションだった。


「えっ? 本当にコレが……アレなのか?」

「はい。実はそうなんですよ!」

「一体、何が入ってるんだよ……」


ルカは俺の反応に苦笑いを浮かべる。


「マナ補充用ポーションの製作には多くの薬草や動物のエキスなどを配合しているので、ああいった臭いになってしまうんです」

「呑む側としては知りたくない情報だった気がするけど、解説ありがとう」


ルカは平然とした顔で解説をして居たが、当の俺は血の毛がスッと引いたような気がした。正直、今の話は聞かなければよかったと後悔したのだった。


そして、ルカはそんな俺を尻目にさらに最下層へと降りていく。

一体、この施設、もとい……村の工場はどれだけ深いのだろうか。


「なぁ、ルカ、ここどれだけの階層が在るんだ?」

「うーん……私も実際に数えたことが在りませんけど……多分、30階層くらいはあるかと」

「30!? すごいな……」


あまりにぶっ飛んだ数字が出てきて俺は驚きを隠せなかった。

でも、それと同時にここがリテーレ領にとって重要な拠点である事は充分に理解した。なにせ、魔術にかかる多くの製造品がココで作られているのだから。


「ちなみに、ここの警備はどうなっているんだ?」

「警備ですか? 一様、上には警備室もありますが、今のエリアに入るまでは完全にフリーで出入りは出来ますね。ですが、さっきほどのエリアからはパスワードが無いとドアが開かないことになっていますし……重要な魔術品が貯蔵されている『秘匿エリア』はニーナの指紋と音声認証がないと開かない仕組みになっています。……でも、なんで今、そんな事を?」

「あ。いや……これだけの場所だし、しっかり守りを固めた方がいいかなぁ~って思ってさ」

「なるほど。確かにそうですね。破壊工作を仕掛けられたら致命的ですし、早急に警備体制を見つめ直しましょう」


ルカと話しながら奥に進んでいくとまたドアが現れた。ルカが手早くドアへ数字を打ち込むとすぐに重厚な扉を開いた。その先にはファィーリスの軍事本部内にある研究部署よりも大勢の人間がいた。全員が白衣でその情景はまさしく研究所みたいなところだ。


「ここは……?」

「魔術的な器具を改良、あるいは開発するようなところ……といえば分かりやすいでしょうか?」

「要はフィーリスの武器製造部門の魔術専門版、みたいなところか」

「そうです。主にスクロールの改良、調整もそうですけど一番はコレですね」


またしても、ルカはある物を一つ、手に取り見せた。


「魔術石?」

「ええ。難しい魔術石の製造改良も行っているので――」


「「ぎゃあああ!!!」」

「馬鹿野郎! そんな魔術回路で発動すれば感電するのは当たり前だろ!!」

「そんなぁ……」


「とまぁ……あんな感じで騒がしかったり、痛そうだったりする試行錯誤をしてるようです」

「大変そう……だな?」


俺は苦笑いを浮かべる。でも、俺はふと思ってしまった。

ここなら、コイツを製造して量産、現場配備できるんじゃないかと――。


「なぁ、ルカ。この部門の責任者に会えないかな?」

「……? 可能だとは思いますけど……」


俺は銃を取り出し、ルカに言った。


「じゃあ、ちょっと寄り道させてくれ」

「わかりました。ちょっとどこに居るか、聞いてきますね?」


そう言ってルカは近くの研究員を捕まえて責任者の居場所を聞き始めた。

……というか、『責任者』で思い出したが、ニーナは何をしているのだろう。

追ってきている姿すらない。


「(まぁ、でも今はいいか……)」


俺は銃を握り締めて部門責任者の到着を待った。

もし、銃が実戦配備されれば格段に戦力は上がるはずだ。


壁に寄りかかりながら待つこと数分、ついに部門責任者の男とルカがやってきた。

その部門責任者は白衣に透明なゴーグルを頭につけ、額からは汗が零れ落ちている。明らかにその姿からして仕事中だったようだ。


「お待たせしました。カルナス村、魔術製造部門責任者のジャミルです。何か御用でしょうか?」

「忙しいのに申し訳ない。手短にいこう。これをここで作れないか?」

「……これは? 立ち話もなんですのでこちらに」


ジャミルは俺の銃を受け取ってジロジロと見つつ、オフィスへと俺たちを案内した。室内には多くの機材がずらっと並んでいる。


「これは『銃』っていう武器だ。まぁ、魔術スクロールみたいなものだ。シリンダーココにこの『弾丸』という飛翔体を込めて撃鉄ココを倒して、トリガーココを引けば発射する仕組みだ」


俺は一通り、機構について説明し、動きを見せた。


「……お言葉ですが、武器ならばウチではなく、ファィーリスの武器製造部門に頼めばいいのでは?」

「最もな意見だが、こいつは錬金で作り上げてある上に発射する際、自分のマナを込める必要があるんだ。もちろん、この弾丸だって、鉄とマナ補充用ポーションを組み合わせでできた代物だ」

「なるほど。それでウチに、というわけですか……」

「どうだ? 製造できるか?」


俺がそう問うとジャミルはテーブルにおかれた銃を再び手に持ち、細部をジロジロと見る。


「可能では在りますが、いくらか障害が在ります」

「……障害?」

「はい。この銃というシステムは領主様の発案であり、私達の発案ではありません。故に想像が重要な錬金では思うような成果を私達があげられるかどうかわかりません。それに、『銃』や『銃弾』の製造もどの程度のマナを込めればいいのか想像もつきません。何分、データが無さ過ぎます。データが無い以上それを迂闊に生産し、前線に配備するのは厳しいかと」


あまりに的確すぎるコメントに俺は黙り込んだ。

確かにジャミルの言うとおりだ。兵器を使うのは一兵士だ。

安全性が保障できない武器は供給しない。素晴らしい考え方だ。


「……もし、お気を悪くしたのならすみません」

「いや、なに……ここまで冷静に考えを回せることに感心してたんだ。どれだけ時間がかかってもいい。これを安全に、安定的に供給できる体制を整えてくれ」

「はい。では。銃をお借りしても?」

「ああ。構わない。あ、そうだ。こういう風に銃を腰止める『ホルスター』というモノもある。……確か、マナ補充用ポーションを作るときに動物のエキスを抽出するんだろ? 使えなくなった動物がいたらこういうものに代用できないか、他の部門とも協力して事に当たってくれ」

「わかりました。では、吉報をお届けるように善処いたします」


そう言ってジャミルは一礼した後、ホルスターに収まった銃を持って部屋から出て行った。ルカもペコリと頭を下げた。


どうやらルカの評価も高かったようで呟くように一言。


「正しく、厳格者とも言える方でしたね……」

「ああ。本当にな。じゃあ、俺たちは視察の続きに行くか」

「はいっ!」


ルカがそういい、勢い良く立ち上がる。しかし、それと同時にサイレンが鳴り響く。そして、緊迫した男性の声が流れた。


【侵入者、侵入者あり! 入り口エレベーターより――……】


だが、その音声はドタッという音と共に消え、サイレンも止まった。


「達也さん。恐らくですが、警備室が襲撃されたのかもしれません。それにさっきの音からして……」

「間違いなく、警備室を抑えられたな……」

「ええ。ここにいても仕方が在りませんし、打って出ましょう」

「ああ、そうだな。篭っているよりは楽だろう。まぁ、大方、さっき攻撃に失敗した奴らが二次攻撃を仕掛けてきたんだろう……」


ルカに視線を向けると目を左右にオロオロと動かしている。


「ん? どうした?」

「いえ! 何でもありませんよ!」


ルカは本当に嘘をつくのが下手だ。多分、この件も予知していたのだろう。

……だけど、なんだ? なぜか、ルカが楽しそうだ。


「(……? ルカって戦闘狂だったっけ……?)」


俺はルカの表情に恐ろしさを感じながら、先ほど通った扉の前に戻った。

扉の前ではジャミルが慌しく、指示を飛ばしていた。


「いいか! 落ち着いて行動しろ! 焦る必要は無い。重要な資材は金庫に、手が空いている者はドアの隔絶を手伝え!」

「待て! ジャミル。俺たちは事態収束のために上階に行く」

「……!? 敵が何人居るかも分からないのですよ? そこに突っ込むなど――」


だが、そこをルカが制止した。


「大丈夫です。なにせ、私達はリテーレ領の領主補佐ナンバー2領主ナンバー1ですから」

「……わかりました。くれぐれも気をつけて。あと、銃とホルスターをお返しします」

「ありがとう。あとで製作用のレプリカを作ったら、こっちに送らせるから研究の方、頼むぞ?」

「……! はい、承知しております」


俺はジャミルから返してもらった銃に弾を装填してホルスターに納めた。


「よし、俺たちが出たらドアを閉じろ。俺たち以外は誰も通すなよ? ルカ、行けるか?」

「はい! いつでもいけます」

「よし、行くぞ!」


「どうか、お二人にご武運を――」


俺とルカはジャミルに見送られ、地上階へと向かったのだった。

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