第54話 ニーナの思い

「で、襲撃者はどこにいったの!?」

「襲撃者は私達が倒したって言っているでしょ?」


俺たち3人はカルナス村の魔術工場の入り口まで戻り、事態が収集したことを今、ニーナにルカが説明をしていた。もちろん、具体的な内容は避けて説明している。


何でもルカが言うには、ニーナはこういう暴力沙汰には厳しい性格らしい。

しかし、その一方でルカには事を丸く納める『策』があるらしい。


「襲撃者を見せられないなら、姿をチラッと見せてくれるだけでもいいから……! お願いっ?」

「そんな風に頼むように言われても変わりませんから。大体、何でそんなに襲撃者に拘るのよ」

「だって、ルカ様に刃を向けたのよ!? 1発……いえ、100発ぶん殴らないと私の気が治まらないわ!」


ニーナは狂ったようにルカへと詰め寄る。ルカはその様子に呆れたようでため息をついた。


「はぁ……その熱心さをほかの事に活かしてちょうだい。話は終わりよ」

「ええ!? 駄目、そんなこと認めない!」


ルカが俺とマレルの元に帰ろうとするとニーナは慌ててルカの前に立ちふさがる。


「どういうつもり? 私とやりあいたいの?」

「あっ……いや、別にそ、そう言うわけじゃないけど……でも!」

「お願い。ニーナ。あなたのことを私は信頼してるのよ? 信頼を裏切らないで」


ルカがニーナの頭を撫でる。すると、ニーナがまるで子犬のようにピタッと反論する姿勢をやめた。


「はっ……!? はぁい……」

「分かれば良いの。村の人たちが心配しているわ。あなたの出来ることをして。ね?」


ルカが穏やかな笑顔を見せるとニーナの顔がふやけた。


「よく分からないけど、収まった……のか?」


俺がマレルにそう問うとマレルは静かに喋り出した。


「ええ、恐らくは。達也様はご存じないかもしれませんが、ニーナ様はルカ様にその……並々ならぬ感情を抱いているようですので、ルカ様はそこに漬け込んだのかと」

「なるほど? でも、あんなルカの姿を見ているとミルドに見えてくるよ」

「確かにミルド様もあんな風にルカ様で遊ばれますからね」


俺たちはどこか遠い目でルカとニーナを見る。

撫でられ続けているニーナはほぐれた笑顔をしたまま、村人に手でサインを送る。それを見て村人はティーセットをニーナの元へと運んだ。


「ルカ様、今回の一件で疲れましたでしょ? コレでも飲んで落ち着いてください? せめてものお詫びです」

「それなら私ではなく領主様とマレルに――」

「いえ、まずはルカ様に呑んで頂きたいんです! 新しい茶葉だから味が心配なので……その、領主様に不味い物は提供できませんでしょ!? で、ですから……さ、さぁ!」

「そ、そう?」


ニーナは跪いてティーカップをルカに捧げ、ルカがそれを受け取る。

マレルはその様子を見てため息を付き、左手をティーカップに向けて言葉を紡ぐ。


「<精霊の光・我が力点に集いて・時空の基点を理に返せ>」

「!? ニーナ……? コレは何かしら?」


引きつった顔つきでルカはニーナを見る。それもそのはずだ。

ルカの持つティーカップからとてつもなく濃いピンクのオーラが漂っている。


「マレル、あれは一体……?」

「精神作用――それも好意を周囲にいる……いえ、ニーナ様本人に好意を抱くように魔術がかけらているお茶です。少し離れた位置だったから気づきましたが、至近距離からだとアレは気付けないですね」


マレルが冷静に状況を語る一方でルカは撫でていた手に力を入れ、ニーナへとジリジリ近づく。


「え? えっと~その……何でしょうね?」

「本当に何でしょうね……ニーナ? フフフ」

「ひぃ! マレル! 覚えておきぃぃ――!?」


その言葉が最後まで語られることは無かった。

ルカがニーナの頭をガシッと掴み、言葉を紡ぐ。


「<眠りの精霊よ・幻想の闇に・かの者を導け!!>」


バタッとその場でニーナが崩れ落ちる。明らかにその魔術は『何度か殺される夢を見る』という精神系魔術だ。


「変なモノを飲ませようとするなんて……はぁ……」

「「ニーナ様!?」」


ルカがため息を付く中、村人達が心配して近づく。

だが、次の瞬間ニーナは眠りに落ちているにも関わらず、スッと起き上がった。


「ウフフ! ルカ様~さいこぉぉ……」


一言だけ言い残し、また再び倒れる光景が2、3回繰り返され、ルカはニーナの方を見ながら俺達の方へ後ずさる。


「今まで怖いと感じた事はあるけど、ここまで悪寒が走ったことなんて無いわ……達也さん、マレル。急いでここから離れましょう!?」

「(ニーナの奴、一体どんな夢見てるんだ?)」


俺は苦笑いを浮かべながらルカとマレルと一緒にその場から離れたのだった。


それから俺たち三人はカルナス村での視察を終了にして、馬車に乗り込み最西端の村『ナーイット村』に向かい始めた。ナーイット村はカルナス村より少し標高が高いところにある。


それを示すかのように村に近づくにつれて坂がきつくなっていく。

そして、同時にある事に気付いた。


「なぁ、ルカ。進行方向に煙の渦が所々に見えるけど、あれは?」

「あれは多分、かまどに火を入れているんだと思います。ナーイット村は焼き物などを中心に色々な小物作りに力を入れているので」

「なるほど?」


俺は資料を取り出してナーイット村のページを捲る。

その資料によればナーイット村は元々、農耕業が発展していた村だったらしいのだが、昨今では様々な鉄器や小物、ガラス細工など繊細なモノを製造する場所になっているらしい。


俺たちがナーイット村に着くとそこには異様な風景が広がっていた。そこには村人が一人も居なかったのだ。俺は颯爽と降りて周囲をうかがう。


「……村人はどこだ?」

「あまりに静か過ぎます。警戒を。ルカ様、領主様を頼みます」


そう言いつつ隣に降り立ったマレルは辺りをジロジロと見回しながら村人の家を見に行く。明らかにただ事ではない気がする。俺は銃に手を掛けてマレルの動きを追う。


だが、マレルは家の中を覗くとすぐに振り返った。


「村人がいました。……今は休憩の時間だそうです」

「なんだ俺たちの勘ぐりすぎかよ……」


俺はそっと銃から手を離す。

ルカも肩の荷が下りたのかポーチから手を放し息をつく。


「では、視察と参りましょうか。休憩時間ならいろいろと話が聞けるかもしれませんし、交流も深められるはずです」

「そうだな。だけど、その前に村長のところへ行こう」


俺たち三人は早速、視察に来たことを村長に伝えるべく、ナーイット村の村長であるダンの元へと向かった。家を訪問すると中から40代半ばの男――ダンが疲れきった表情で出てきた。その姿からしてあまり元気そうには見えない。


「……村長、その……大丈夫か?」

「ええ。大丈夫です。いつものことですから」

「そう、なのか? でも、大丈夫そうには見え――」

「それで領主様、我が村に何用でしょうか?」


ダンは俺の言葉を遮り、うつろな瞳で俺を見る。

まるでその視線は『速く話を終わらせて帰れ』と言わんばかりの視線に思える。


「……ああ。その最近、村で変った事は無いか?」

「ありません」

「助けが要るような――」

「そのようなこともありません。皆、この地の暮らしに満足しております。どうか、ご安心くださいませ」

「あ、ああ……」


コレだけあからさまに『帰れ』とアピールされるような受け答えは初めてだ。

そんな時だった。マレルが俺の肩を叩き、耳打ちで話しかけてきた。


「振り向かず、冷静に聞いてください。ここの周囲にいる全ての住民が願うように手を合わせてこちらを見ています。何か訳があるかもしれません」


俺は村長にも分かるように厳しい目線を送る。すると突然、村長が咳き込み出して地面に崩れ落ちた。俺は慌てて、ダンの手を取る。


「お、おい! 大丈夫か!?」

「大変申し訳在りません。ですが、私は大丈夫ですので――」

「……!?」


ダンの手を取った時、何かが手の平に乗ったのを感じた。

この質感からして紙だろう。


「こう見えて私は……まだ長生きするつもりですので」

「(何か訳あり……というわけか)」


俺はその行動に答えるように大きなため息を付いてダンを見る。


「はぁ……今、休憩中ということは工房を見せてもらうのは厳しいよな?」

「はい……左様でございます。私ともども皆、朝からの作業で疲れておりますのでできればご遠慮願いたいのですが……」


ダンは俺が話に乗っていることを気付いたようで合わせる様に話し始める。

だが、状況を知らないルカはダンに食い下がった。


「でも、それでは視察の意味が――」

「ルカ、無理に視察をしたところでこの村の生産力を落としてしまうだけだ」


ルカにじっと目線を合わせるとさすがのルカも気付いたらしい。


「は、はい。そうですね? ダン、ワガママを言って申し訳在りませんでした」

「いえ、視察のお手伝いができず、申し訳在りません」


ダンは深々と頭を下げて、去っていく俺たちを見送ったのだった。

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