第48話 陰りと忠告
屋敷に戻った頃には既に夕方で、ルカがディナーを用意してくれていた。
だが、俺はそのディナーをみて驚愕した。
「え……? ス、ステーキ!?」
それは石のプレートに乗せられ、音を鳴らしている肉の塊だった。
「これは……その、何というかすごい……」
「実は今日、ゲレーダ領の畜産家の方が牛を一匹、置いていったんです。なんでもこの前の戦いで家族を救ってもらったお礼だそうですよ?」
「嬉しい事だけど、置いていったって……まさか、生きたままで?」
ルカはにこやかな顔で薄ら笑みを浮かべてこちらをみる。
「(な、なるほど……察しろってことか)」
「とりあえず、冷めないうちに食べましょう」
俺の心を読み取るようにルカは食事を勧めた。そのステーキの味は格別で、口に入った途端、とろけていく。現実世界でもここまでおいしい肉を食べたことは無い。
「う~ん! うまい」
「……本当においしいですね!」
二人でその味を味わいながら時間は更けていった。食事を終えた俺とルカは再び、執務室でのディスクワークに戻った。最初は静かに黙々と書類の精査などをしていたのだが、その静寂をルカが破った。
「……達也さん。少しいいですか?」
「え? うん。いいけど……?」
ルカの表情はどこか曇っていおり、俺の前に書類の束をもってきて話を始めた。
「実はゲレーダとの戦争が終わった頃から寄付金が膨大に寄せられているんです」
「えっと……もしかして、これ全部が寄付の名簿?」
「ええ。そうなんです」
ルカは持っていた書類の束を俺に見せた。その紙には寄付をした人間の名前と金額がびっちり書いてあり、その枚数は優に100枚以上に渡っている。
「もちろん、大小さまざまな額なんですが、それ以外にも今日みたいに寄贈品がリテーレ領の各施設に届いているみたいなんです。何か、少しおかしい気がしませんか?」
「まぁ、おかしく無い……とも言えないけど、それだけ俺たちの行動を領民が評価してくれているってことじゃないかな?」
「……だといいんですけど。一様、報告しなきゃと思っていたので……」
ルカはどこか煮え切らないような表情を浮かべながら自分の机に戻っていった。
俺もルカもゲレーダとの事が収まって間もない今、神経質になっても居るのかもしれない。念のため、俺はその書類全てに目を通してみたが、特に怪しいような感じもなかった。
「うーん……さすがに陰謀や策の類では無いだろうけど……まぁ、一様、ミルドにも話をしてみるよ。こういう事はあいつの方が詳しいだろうし」
「そうですね……交易商人の経験があるミルドなら何か気付くかもしれません」
実際、ゲレーダとの戦争の後からミルドが行っている経済政策がうまくいっている可能性だってある。既に就任して一ヶ月経っているのだからそろそろ、効果が上がってきてもいいはずだ。
「(まぁ、ゲレーダとの戦争の後もでゴタゴタしてて、それどころじゃなかったけどな……)」
そう思いながら俺は書類の精査を続けた。精査をしているうちに時間はあっという間に過ぎて行き、不意にルカがふわぁ~とあくびをした。
「ん……ごめんなさい」
「いや、謝らなくても……というか、今日はもう休んだら? あれだけ激しくレオルと稽古してたんだ。疲れただろ?」
「あはは……見られてましたか。では、お言葉に甘えて先に休みますね」
「ああ、おやすみ」
「はい。おやすみなさい」
ルカは丁寧に一礼してから執務室を後にしていった。俺も眠いは眠いが、明日の視察の用意をしなければならず、引き続き書類の精査を始めた。
「さすがに、眠くなってきたな……え~っと、これが嘆願書で……こいつらには寝る前に目を通さないと」
眠気に耐えながらそんな独り言を言っていたときだった。
キィィィ――。
不意に執務室正面のドアが開いた。ルカはもうすでに寝ているし、この部屋のドアが勝手に開くことなんてない。それに時刻は0時過ぎだ。執務室脇のドアならともかく、こんな時間に執務室正面のドアが開くなどありえないのだ。俺は咄嗟にホルスターから銃を抜いて構えた。
「誰だ……?」
俺は、警戒しつつドアから出てくる人影を注視する。そこに姿を現したのは長身の見覚えのある男だった。
「良かった。ルカ・リテーレはいないようだな」
「……レオル! お前、どうやってここに」
俺は銃でけん制しながらルカの部屋へ近づきつつ、左手でコミラートを握って、早口で紡ぐ。
「<我はリテーレ領主なり・正義を守りし・リテーレの隠者に届け>」
カチーンと音が鳴ると同時に俺はレオルに睨みを効かせながら喋り始める。
「牢にいたはずのお前が一体、何の用だ……!?」
「まぁ、落ち着け。お前の首を取ってやろうなどとは思っていない。それに俺がお前を殺そうと思っているなら姿をお前の前に晒すと思うか? ましてや、お前を殺したとしてもサクリファイスで俺は殺されてしまうのだぞ?」
レオルの言う事はごもっともだ。だが、こんな夜更けに幽閉されている魔術師が牢を破ってまで、ココに来るという事はそういうことしか想像がつかない。
俺は警戒を緩めず、レオルの一挙手一投足に注意を払う。
「もし、お前が相打ち覚悟で来たのだとしたら充分に考えられるだろ。それにお前はルカと稽古の時だけ出れるだけだ。あそこの牢には何重にも施錠がかかってる。それなのに、お前が今、ココに居る。それが問題なんだ」
「ふん。固いな……異世界の領主。それなら、ここの地下牢に放り込んだルカ・リテーレを恨むべきだな」
俺は険しい目線をレオルに向けながら、隠者の到着まで少しでも時間を稼ごうと会話を伸ばす。
「……っていうか、前から気になってたんだが、なんで俺が『異世界の人間』だと気付いている?」
「さぁ、知らんな。何となくだ……」
レオルはとぼけるように言ってから真剣な目つきで俺をみた。
「……時間が無いな。俺は一言だけお前に言いに来たのだ。いいか、何があってもエプリス領と同盟を結ぶな。あそこはお前らが考える以上に危険だ」
まるで、その意味を全て知り尽くしているかのような表情でレオルはそう語った。だが、同時に疑問も浮かぶ。
「お前、一体どういう風の吹き回しだ? お前がこんなリスクまで犯して助言する理由はなんなんだ?」
「俺は……ただ、リテーレ領はエプリス領と関わるべきじゃない。……そう言いたかっただけだ」
そう言うとレオルは懐に手を入れる動きを見せつつ、窓の外をみて一瞬、笑った。
その刹那、執務室内に閃光が満ち、マレル率いる隠者が窓を突き破り突入してきた。その動きは洗練されていて、閃光が収まった頃にはレオルを床に倒し、制圧していた。
「ご無事でしたか」
マレルはレオルに魔術石を突きつけながら、俺の横に立つ。
「ああ。無事だ」
「な、何事ですか!?」
さすがに隣の部屋で寝ていたルカも窓ガラスを突き破る音に驚き、剣を抜いて執務室に出てきた。
「もう大丈夫です。事は終わりましたので……。とりあえず、この者の身柄はこちらで処理します」
マレルはレオル相手でも冷静に隠者達に指示を飛ばす。だが、レオルは取り押さえられながらもマレルに先輩面で語り出した。
「隠者の長は君だな? この前の戦いでの機転は素晴らしかったが、今の選択は失敗だぞ? こちらに気付かれてすぐに突入したのはいいとして、閃光を使ったのは間違いだ」
「何を言うかと思えば……」
マレルはあきれるようにレオルをみる。しかし、レオルはその様子を鼻で笑いながら堂々と語り続ける。
「フッ……その様子じゃまだまだだな。相手が三流ならともかく、俺が罠を仕掛けていない根拠がお前にはあったか? いくら領主を救うためとはいえ、仲間の視界まで奪う閃光を使用して突入するという方法はあまりにお粗末だ。プロなら100%救えるプランを考えろ」
「うるさいッ……! 黙れ……!」
マレルは訓示を聞かされたのが相当、頭に来たのか、短剣を鞘のまま抜き、首の後ろをブッ叩き、レオルの意識を刈った。
「では……私達はこれで」
そう言い残し、マレルたち隠者はレオルを引きずり、執務室を出て行った。ルカからは説明を求めるような視線が飛んできていて、俺は起こった出来事をルカに伝えた。
「レオルが……そんなことを?」
「ああ、ルカはどう思う?」
「うーん……。いや、でも……」
俺がそう問うと顎に手を当てて、考えていたが、どこか思い辺りがあるような口ぶりで言葉を濁した。
「何か知ってるのか?」
「あ、いえ……大した事じゃないんです」
「……?」
俺が首を傾げるとルカは視線を落とし、顔を下に向けながら少しずつ話し始めた。
「随分と昔の話なんですが、リテーレ領とエプリス領は元々、アルブラン領という一つの領土だったんです。ですが、リテーレ家の祖先がクーデターを起して現在のリテーレ領を築いたという経緯があって……」
「アルブラン領って名前だったのは確かに知っていたけどクーデターを起したのか……? あ~つまり、あれか……何かと昔から因縁があるってわけか」
「はい。でも、父の前の代からは関係も良好になっていて、問題は無い……」
そこまで言いかけたが、ルカの言葉は行き詰った。それもそのはずだ。
ルカの父親であるリベルト・リテーレがゲレーダ領と戦ったとき、同盟関係でありながら静観を決め込んでいたのだ。ルカの気持ちを考えると怒りを覚えてしまう俺が居る。
「……でも、私はこの大陸でリテーレを守るためにエプリス領との同盟は必須だと思うんです。そうしなければ無駄な血が流れてしまうかもしれませんから……」
「そう……だな。今のリテーレ領には軍事力が在るし、エプリス領も強気には出て来れないはずだろうしな」
「はい。とりあえず、今はエプリスと手を結び、様子を見つつ安定を勝ち取ることこそが必要だと思いますので、それがいいかと」
「じゃあ、決まりだな、今週中に同盟の締結を了承する書面と親書を認めて隠者に届けさせよう。とりあえず、今はお互い寝て、明日に備えようか」
「はい。ただ、その前にガラスの破片を片付けて、布か何かでここを補強しないと」
ルカは窓ガラスの破片を拾おうとするが、怪我でもされたら困るので俺はルカの前に割り込んで制止した。
「いいよ。俺がやっておくから」
「でも……」
「いいからもう寝な? 明日も色々と忙しくなりそうだから」
「わかりました……では、おやすみなさい」
ルカは再び俺に一礼して、申し訳なさそうに部屋へと下がっていった。隠者を呼んだのは俺だし、後片付けくらいは俺がやらなくちゃならないだろう。
「(しっかし……自分で言ったとはいえ、参ったな。結構、ガラスの破片って細かくって箒じゃ、取りづらいな……)」
俺は一人、執務室の掃除を黙々とやりながら静かに愚痴を零すのだった。
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