第49話 燻り

翌朝、俺は昨日の寄付金の事を聞こうとコミラートを使い、ミルドに連絡を取ろうとした。


「<我はリテーレの領主なり・経済長官たる・ミルドに届け>」


だが、当のミルドが何度、掛けても出ない。


「……出ない。参ったな。……まぁ、急ぐ話でも無いし、今は視察に集中するか」


そんな考えを巡らせながら俺は連絡を取るのを諦め、執務室の椅子に腰掛け、机の上に並べられた資料の束を一瞥する。


今日はエプリス領と隣接する西側の村、それから領土境界線を警戒する砦に向かう予定で視察予定を組んでいる。それに加えて、寄贈品の事を調査するためリュナの街も視察するため、なかなかハードなスケジュールだ。


「えっと……紙とペン、それに多少の硬貨と雨具っと」


視察に必要そうなモノをバックに詰めているとルカが迎えに来てくれた。ルカは身軽に動ける格好に加えて、魔術石などが入っているポーチをぶら下げている。


「達也さん。馬車は表に止めてありますので、いつでもいけますよ!」

「ありがとう。……というか、ルカ。本当に屋敷を空けても大丈夫なのか?」

「ええ、大丈夫です! 重要な報告や急ぎの用事は全てコミラートに入るようになっていますので問題無しです。あ、ちなみに……ここには隠者が詰めてくれますし、密かに護衛もついてくれるそうです」


隠者達には世話になりすぎなのような気がするのだが、心強い。

本来、フィーリスの屋敷は領主邸であるため、長い時間を空けることが出来ないのだ。ルカによると前回の視察時も隠者がこの屋敷の警戒をしていたらしい。


「そっか、よし、じゃあ、視察に行くか。まずはリュナの街からだな」

「はい! 行きましょう!」


ルカは満面の笑顔で執務室のドアを開ける。視察とはいえ、ここ最近は屋敷での仕事が集中していて、ほとんど外に出ていなかったのだ。遠出に浮かれるルカの気持ちも分かる。


俺たち二人は表に止められていた行商人風の馬車に乗り、リテーレ領繁栄の中心地、リュナの街に向かった。


街の視察と言っても、今回の目的は以前に比べて、売買が促進されているかどうかを確認し、最近変わったことが無いか見たり、聞いたりするというシンプルなものだ。俺たちはまず、馬車を軍の支部に置き、露店をみて回ることにした。


「やっぱり、こういうのは身分を隠して聞くのが一番だよな?」

「そうですね……慎重に行きましょう」


ちょっと乗り気になったのか、ルカはサングラスをかけ、俺の隣を歩き、一般人に化けた。完全にどこからどう見ても街の人に溶け込んでいる。


「(コレだけ完璧ならバレやしないさ……)」


俺はそう確信し、二人で露店の様子を伺う。


「おう、いらっしゃ――ん? ……こいつぁ、驚いた! 英雄さんとリテーレの姫様じゃねぇか! おい、英雄さんと姫様が来てるぞ!?」

「「ち、違いま――」」


だが、変装を呆気ないほど簡単に見破られ、俺たちの周りには人がみるみる増えていった。集まった人たちからは、ここぞとばかりにコレを持っていけだの、食べていけだのと歓迎の声が集まる。


歓迎されている事はうれしいことなのだが、この人の多さにはさすがの俺とルカも困惑せざる終えない。


「(……埒が明かないな)」


俺はそう判断し、深呼吸してから大きな声で注目を集めるように叫んだ。


「はーーい! そこまで! みんなの気持ちはありがたいけど、今日は視察できているんだ。みんなの話を聞かせてくれないか?」


そう俺が言うと場は静まり返り、「お~!」と歓声が上がる。


「(選挙の街灯演説とか、こんな感じなんだろうな……)」


俺は冷や汗をかきながら、そんなことを考えつつ話を始めた。


「みんな。最近何か、この街で変わった事はないか? 例えば、急にモノの価値が高くなったとか、街で変なものが出回っているとか……何でもいいんだ」


そう問うとそこに居合わせた人たちは「うーん」と唸るように考えだしたが、誰かが声を挙げる。


「……最近はよく物が売れるんだ。気持ちいいくらいに……だけど、普段だと価値が無いものというか……食料品とかは前に比べて少し高いかな? あ、でも、その代わりに結構、価値ある商品が売れてるから問題ないとは思う。……むしろ、以前に比べて商売は良くなってきているよ! 薬や道具の類も前より格段に多いし、良質なものばっかりだしな。だよな? 皆?」


その声にみんながうんうんと頷いていた。


「そうか、なら良かった。もし、今後、何か変わったことがあったらリュナの軍支部まで情報を届けてくれると助かる。みんなの目が俺の目だからよろしく頼む」


俺はみんなに頭を下げてお願いをした。その場は少しざわついたものの、みんなの協力は得れそうな様子だった。


俺とルカは街の民衆に手を振りつつ、別れを告げて馬車に戻るべく、軍の支部を目指した。その道中、ルカは不意にトーン低めで話し始めた。


「達也さん、少しやり過ぎじゃないですか? 何も頭まで下げなくても……。領主なのですから、もうちょっと堂々としててもいいと思うんですが……?」


どうやら、ルカはさっきの俺の行動に不満を持っていたようで、少し自信なさげに俺へ指摘する。


「いいや、みんなの目が必要なんだ。頭を下げるのは当たり前だよ。俺が何人も作れるならともかく、俺は俺だけしか居ないから」

「そ、それはそうですけど……」


どこか煮え切らない様子だったが、俺の意見には否定的ではないようだ。恐らく、ルカが言いたいのは容易く頭を下げたり、領民に過度に干渉することで領土運営がうまく行かなくなるのではないかと危惧してのことだろう。


「(その辺については俺も充分に理解しているつもりなんだけどな……)」


俺は心の中でそう呟きながら話を変えた。


「まぁ……でもなんだ? これだけ活気付いているなら大丈夫だろうな。やっぱり、俺たちの考えすぎだったのかもな?」

「今のところは……そうですね」

「今のところは、だな」


確かにルカの言うとおりだ。いくら街の人間に話を聞いたとはいえ、全員ではない。不特定多数の人間が『問題が無い。むしろ、良くなっている』と言っている時点である程度の信評性はある。しかし、同時に『探り当てられていない問題』もある可能性だって否定は出来ない。


「まぁ、何か起こる前に手を打つのが大切だけど、全部やりきろうとしたところで首が回らなくなるのがオチだし、とりあえず今は西へ行く用意をしよう」

「そうですね! やれることを私達はやりましょう」


俺たちは一旦、馬車の荷台に乗り込み、街の視察から得た情報をまとめ始めた。


「ん~……。こんなモノかな? ルカはどうだ?」

「あと少しです。一様、心配なので私のまとめたモノを後でみてもらえますか?」

「ああ、いいとも、というか……逆に俺のも頼む」


そんなここ最近で『いつも通り』になったやり取りをして、書き留めた書類を交換していると不意に声を掛けられた。


「達也様とルカ様、リュナの街は充分に楽しめました?」


そこにはスカートの裾を掴み、行儀良くお辞儀するカミリアが居た。


「楽しむ、ねぇ?」

「はぁ、カミリア……私と達也さんは視察で着てるんですよ? 楽しむなんてできるわけ――」

「へぇ~“達也さん”、ですか……? 随分、仲がよろしいんですね? ルカ様?」


カミリアは茶化すようにルカに言う。


「そ、それ、その ちがっ……!」


いつもなら『領主様』と言う所を名前呼びにしてしまったことをカミリアに指摘され、ルカは茹で上がったタコのように真っ赤に赤面している。


「カミリア、ルカをいじめてやるな……」

「ヒューヒュー! お二人とも仲むつまじく羨ましいです!」

「カ、カ……カミリア、覚えておきなさいよ……!」

「で、今日は軍の支部には何の御用ですか?」


ルカが恐ろしい笑みを浮かべる中、カミリアは平然と話を続ける。


「ああ、いや、軍の支部には特に用は無いんだ。ただ、馬車を置かせてもらっただけで……あ、でも、1つ聞きたいことがあるんだ」


俺は手招きをしてカミリアに耳打ちで『寄贈品が多く寄せられている件』について他領の計略ではないかと疑っていることを話し、意見を求めた。話を聞いたカミリアはしばらく考え込んで居たが、静かに俺たちを見る。


「うーん……確かに寄贈品は多いですが、それは考えすぎだと思いますよ? 私も何回か寄贈品の対応をしましたけど……皆さん、リテーレの領土運営に感謝しての行動のようでしたから、怪しさとかは特に感じませんでした」

「……そうか」


カミリアの話からも陰謀の類であるとは考えにくい。


「(やはり、問題は無いみたいだな)」


そう心で思ったときだった。支部の入り口からミルドと数十人の人間が駆けて出てくる。俺の存在に気付いたその一団は俺たちを見るなり、皆一様に一礼して通り過ぎていくが、明らかにその顔色は全員良くない。


「ミルド、何かあったのか?」

「ええ……戦争です!」

「せ、戦争!?」


俺はその言葉に驚愕する。

あまりにぶっ飛んだ言葉が俺の思考を止めた。


「ど、どういうことだ?」

「どうもこうもないですよ! エプリス領にいる全ての交易商人が一斉に高値で取引を開始したんです。奴ら、リテーレに貿易戦争を吹っかけてきているんです!」

「ぼ、貿易戦争……!? 大丈夫なのか?」

「何ともいえないですね……正直、今の段階では読めません。現状、食料品は自給自足で問題は無いでしょうが、今まで羽振りの良かった農家や畜産家、職人達は大打撃です。このままでは領民が貧困に喘ぐ事になるかもしれません。せっかく、街が潤い始めたというのに……なんで、よりによってこのタイミングで!」


ミルドは握りこぶしを作って悲痛な顔を浮かべる。

だが、俺には心当たりがなくも無い。


「ミルド、一つ聞いていいか?」

「手短で在れば……」


俺は意を決して質問を投げた。


「交易商人がこんな風に結託して、高値で取引をすることはありえるのか?」

「いえ……本来、交易商人は各領土の信頼を勝ち取り、色々なパイプを駆使して生計を立ているものです。そう易々とは……」

「じゃあ、つまり、背後には何かしらのバックが控えている……ということか?」

「ええ、恐らく間違いないでしょうね」


ミルドは手短にそう答えると俺の目をみて切り返す。


「達也様、こちらからも一つ質問です」

「なんだ?」

「さっきの質問の裏返しになるんですが……もしかしてこの一件、何か政治的な力が働いていませんか?」


ミルドの質問は鋭かった。現に今、リテーレ領はエプリス領と同盟をするか、しないか返答をしていない状況だ。その一件が絡んでいてもおかしくは無い。


「(けど……タイミングが明らかにおかしい気がする)」


同盟の話は昨日来たばかりだ。あまりに圧力を掛けるのが早すぎる気がする。

それにいくら魔術に長けているエプリス領とはいえ、敵対することを好まないなら軍事的優位を確立しているリテーレに牙は剥かないはずだ。何より領土内の生産力はゲレーダを手に入れたリテーレの方が圧倒的に有利である事は誰の眼からみても良く分かる。


「……恐らく働いていると思う。だがなぁ……うーん」


俺はミルドに手招きをして昨日とどいた同盟の手紙について話した。


「なるほど~? エプリスの奴ら、こちらの株が上がった途端にそう来ましたか」


ミルドの目はまるで獅子を殺さんばかりの殺気に満ちていた。


「間違いなく、背後に居るのはエプリスその領土で間違いないでしょうね。上等です。この戦争、受けて立ちましょう」

「待って。……さすがにミルドでもそれは無理が在るんじゃないの?」


静観を決め込んでいたルカが話に割り込んでくる。だが、当のミルドは動じない。


「姫様が心配することじゃ在りませんよ~。それに、領土経済のためにも長引かせるわけに行きませんし、一気に蹴りをつけてみせますとも。ただ、行動を起す前にお二人の理解が必要だと思いますので後ほど、フィーリスに説明へ参ります」

「すまん、ミルド。悪いんだが、俺たちはこれから西の方へ視察なんだ。話がまとまり次第、こっちに頼みたいんだが……」


俺はコミラートを指差す。だが、ミルドは対照的にため息を吐く。


「はぁ……こんな時にデートですか? まぁ、別にいいんですが……」

「デ、デートじゃなくて、視察ですっ!」

「デ、デートじゃなくて、視察だ!」


このとき、なぜか綺麗に言葉が被り、お互い気恥ずかしくなる。

カミリアといい、ミルドといい、俺たちを小馬鹿にし過ぎだ。


「ふふふ。初々しい上に仲睦まじいことで~。ご馳走様です」


ミルドはニタニタと笑いながら頷いている。


「まぁ~ともかく。そちらに連絡するときはコミラートに致しますが、今日の夕刻にはお戻りになられるんですよね?」

「ああ。泊り込みでの旅はさすがにな……」


確かにそれも考えのうちにはあったのは事実だ。だが、実のところ今までの出来事を考慮して警戒魔術が張ってあるあの屋敷が一番安全だと判断していた。


「そうですか。ならば、今夜、フィーリスの屋敷に出向きますのでそこで報告いたしますから、今は視察に専念してくださいませ~」

「そんなに早く対応策がまとまるのか?」


俺がそう切り出すとミルドは不適に笑って見せた。


「その言葉。そのまま達也様にお返ししますよ。そんなに早くまとまるとお思いですか?」

「……愚問だな。お前なら、やってくれるだろうと思ってるよ」

「ご期待は嬉しいんですが、貿易戦争に打ち勝つためにはリテーレとゲレーダを飛び回らなくてはならないんですよ~? いくら早くても今日の夜と申し上げただけにすぎませんよ~」

「そうか。それでも充分、早いさ。何十、何百という人間を統率する動きを一週間掛からずにやれる時点でな」

「お褒めに預かり光栄です。さて、それでは職務を全うすると致しますかぁ……」


ミルドはそう言って一礼すると街の方へ去っていった。それと同時に俺は新たなくすぶりが芽生えたような気がしたのを感じながら空を見上げたのだった。

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