リテーレ領とエプリス領 そして、大陸の覇権

第46話 幕開け

「さて、何から手をつけたものか……」


俺は執務室の椅子に座りながら机の上に広げられた紙に目を向けていた。それはゲレーダ領との戦いでなんやかんや有耶無耶になっていた課題の数々だ。


「はぁ~……ルカは何から手をつけるべきだと思う?」


俺は領主補佐であるルカに視線を向けた。


「うーん……どれもかしこも重要だと思いますよ? 同時にやるしかないかと……それに今はゲレーダ領が治めていた領地も統治していかないといけないし、表面上は平穏でもアンカル領からいつ攻められるか分かってないんですから……」

「……だよな」


ルカの言葉は厳しいが、全く持って正論だ。

今やこのレファーラ大陸で軍事的優位を確立しつつあるリテーレ領は注目の的であり、どんな事態がいつ起こるか予想もつかない。故に対策を講じるにしても、自由に動くにしても今しかないのだ。


「とはいっても、俺はそんなに器用じゃないからな……」

「え? 器用だと思いますけど……」

「いや、全然……。器用だったらバンバン政策とか打ち出してるよ」

「……そういうものでしょうか?」


手を動かしつつ。ルカは首を傾げたが、ここ一ヶ月間は戦後処理でゲレーダ領の首都エルダスと本拠であるフィーリスを行き来するだけの生活だったのだ。領内の情報はほとんど紙だけでしか得られていない。


「政策もだけど、また近いうちにまた領内を練り歩かないとなぁ……」

「それはいい事だと思いますよ。領民と交流を図れば色々、見えるものがあるかもしれませんし、達也さんの来訪は皆さん喜ぶはずですよ?」

「喜ぶ……ねぇ?」

「ええ、なにせ、達也さんはリテーレ領を救った英雄なんですから、歓迎されますよ! じゃあ、善は急げということで早速、馬車の方を手配しておきますね」

「ああ。ありがとう」


そう答えながら、俺は物思いに耽る。

ウレイオン村でのことを思い出していた。


「(あの堅苦しい感じ、まるで絶対的な格差みたいな感じが歓迎といえるのか? ……まぁ、敬意を払ってくれるのは嬉しいけどさ)」


俺が物思いに耽っているとルカが神妙な面持ちで一通の封筒を机においた。


「これは?」

「先ほど届いた書類なのですが……」


ルカはそれ以外、何も言わず、不安そうな顔でこちらをみていた。俺はその内容を確認しようと封を開けようとするとそこには『六芒星の風韻』が押されていた。それはエプリス領から正式に送られてきたことを意味する封印だ。


「エプリス領から? 公文書の類か?」


中身を確認すると親書とともに、同盟を結び、友好関係を保ちたいという内容が認められていた。


「……何が、同盟だ。こっちを二度にわたって見限っておきながら今更、同盟だなんて虫が良すぎるだろ……」


俺は机に書類を叩きつけた。リテーレが危機的状況になっていたここ一年の間、静観を決め込んでおきながら今になって同盟を結びたいなどおかしな話だ。


「でも、いずれ、アンカルと事を構えなければならない以上、エプリス領との同盟は急務です。もちろん、私も彼らを信用できませんが、悪い話ではないはずです」

「まぁ、そうだけど……少し考えさせてくれ」

「はい」


ルカは俺の気持ちを察してかそれ以上は何も進言しなかった。確かに、エプリスとリテーレが手を結べば大陸の半分を手中に収めることになる。だが、これはあくまで同盟であって、従属ではない。つまり、寝返る可能性だってあるのだ。


「(うーん……参ったな……)」


考えを回していると執務室のドアがノックされた。


「入りますよ~?」


答える間もなくミルドが入り、その後ろからエリーテが続いて室内に入ってきた。


「達也様、何でもお話があるとか?」

「ああ。忙しいところ悪いな、じゃあ、早速だけど話をはじめよう」


俺は二人をソファーに座らせ、地図を持ち向かい側に座った。


「今日呼んだのは領内の統治についてなんだ。現状、リテーレ領はゲレーダ領を手に入れて領地がデカくなった。……だが、ここ一ヶ月間、正直、俺一人の手に負えていないんだ。そこでルカとも相談したんだが、エリーテ、お前には旧ゲレーダ領の統治をお願いしたいんだ」

「えっ!? 私が、ですか?」

「ああ。ゲレーダ領をリテーレ領の傘下として扱うんだ。大丈夫……お前はゲレーダでの影響力が強い。それに領民を思いやれる力がある。心配する必要はないさ」


エリーテは黙り込み、しばらく考えていたが、やがてこう切り出した。


「その、決断する前に一つ質問してもいいですか?」

「ああ、いいぞ」

「私が裏切るかもしれないとは思っていないんですか?」

「……! あなた、何を言っているのか分かってるの?」


静観を決め込んでいたルカが急に立ち上がった。

だが、俺は冷静にエリーテを見たまま、告げた。


「もちろん。考えられなくは無いことだと思ってる。でも、エリーテ、おまえは権力に溺れる事はないはずだ。それにおまえが俺に牙を向けてくるとしたら、それは領民のためだ。それはあの放送を聴いていた誰もがわかっていることだと思うぞ?」


俺がルカに視線を向けると何も言わず、目を閉じて静かに座った。

俺はエリーテが戦時にゲレーダ領兵士へ向けて流した言葉は嘘ではないと思っている。エリーテ・エクシエスは『領民の安全と平和のためになら立ち上がる人間』であり、無闇に戦争を起こすことが無い人間であると。


エリーテもまた目を閉じ、深呼吸をして俺を真っ直ぐ見た。


「試すようなことを言ってすみませんでした。わかりました。その役目、引き受けさせていただきます」

「そうか。ありがとう。正直、断られたらどうしようと思ってたよ……で、だ。ミルド」

「はい?」

「お前にはゲレーダ領の経済を仕切る長官を選任して欲しいんだ」

「承知しました。責任重大な仕事ですね~まぁ、宛てはあるので、お任せを」

「ああ、頼んだ。それから、田畑の整理が終わったって聞いたけど本当か?」

「ええ。納税官から寄せられた紙が膨大で整理に時間が掛かりましたが、万事終了いたしましたよ」

「そうか、なら後でいいからその書類をこっちに持ってきてくれるか?」

「はい。かしこまりました」

「じゃあ。二人とも頼んだぞ」


俺はそこで二人をみて、少し覇気のある言葉で締めくくったのだった。

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