第21話 真実
日差しが一段と傾き、時計塔を夜の闇が飲み込み始めた。
泣き続けていたルカも徐々に落ち着きを取り戻し始め、「そろそろ下へ行こうか?」と促そうとした時、マレルが現れた。
「領主様」
「マレルか」
「はい。任務についてご報告致します……。謎の部隊との戦闘もあり、やや手こずりましたが、ファルドを捕縛しました。今、ミレット様が尋問室にて尋問中です」
「謎の部隊……?」
「はい。魔術師の一個小隊でした。その部隊に関しては現在、調査中です」
「ああ。分かった。お疲れ様……っておい! 怪我してるじゃないか!」
マレルの足は焼け爛(ただ)れたような生々しい傷が覗かせていた。
「これくらいのこと、何ともありません」
「いや――」
「マレル。治療するから座って」
俺が言いかけたときには目元を赤くしたルカが話し出していた。
「いえ、ルカ様に治療してもらわなくても自分で……」
「いいから! 座りなさい。これは命令よ」
「はい……」
そして、ルカは言葉を紡いでいく。
「……<癒しの精霊よ・栄光の光を以て・かの者を癒せ>」
すると、黄色い光の円がマレルの傷口を包み込み、少しずつ治癒していく。
こうしてみると魔術は本当に便利なものだ。だが、ルカの顔が少しずつ険しくなっていく。最初は癒されていたその傷の治りが遅くなっているのが俺にも分かった。
つまり、治癒魔術の効力が低くなっているのだ。ルカはひたすら、効力を上げようと悪戦苦闘しているが、どんどん効力は落ちていく。
「(十中八九、さっき言ってたマナ濃度が影響しているのかもな……)」
それならばと俺はルカの隣に腰を下ろした。
「ルカ、俺が代わりにやってもいいか?」
「え……!?」
「まぁ、そもそも……できるかどうかも怪しいけどな」
ルカは俺からの申し出に驚きながらもマレルの傷口と俺の顔を交互に見てから魔術起動を中止した。
「わかりました。達也さん、お願いします。私がサポートをしますのでやってみてください」
「ああ」
ルカは俺の横から的確に指示を出していく。
「では、まずは想像してください。マレルの傷が元に治ったときの状態を……。そして、想像したら「思い」を込めてください。それは達也さん自身の思いです。マレルにどうなってほしのかを――」
「(これは俺が命じた作戦の結果、負った傷だ。……どうか、治って欲しい!)」
「今です! 続いて詠唱してくださいっ!」
ゆっくりとルカの言葉に沿って詠唱していく。
「「……<癒しの精霊よ・栄光の光を以て・かの者を癒せ>」」
すると、ルカと同様に黄色の光の円がマレルの体、全体を包んだ。
その様子を見てルカは複雑な顔をしていた。
「ぁ……本当に成功させちゃうなんて……やっぱり、凄いですね。でも、まだマナの制御が不十分です」
「えっ……? そうなのか?」
「ええ、マレルの傷口にピンポイントで発動できれば百点ですが、今は体ごと治癒していますから」
「なるほど。つまり、効率が悪いわけか」
「はい、そうです。……でも、私が数年掛けてやっとできたものをたったの一回でやりのけてしまうなんて……その、何ともいえない気持ちです」
「うーん……偶然できたって感じじゃないかな? それにルカが傍に居て教えてくれたしさ? おっ!」
気付くとマレルの傷は無くなっていた。
「領主様、ルカ様、こんな私にありがとうございます」
傷が治ったマレルは片膝をついて俺とルカを見た後、そう言い、深々と頭を下げた。
「マレル……」
だが、ルカはまだ何か言いたそうにしている。それは俺も同じだった。
『こんな私に――』
自分を嫌悪するような言葉は自分の価値を自分で決め付ける悪い言葉だ。ルカもそれを分かっているのにマレルにその事を言おうとはしない。だから、俺はルカの背中を手で軽く押し、目配せをした。
「……マレル」
「はい」
「マレルの働きにはいつも感謝してる。でも、お願いだからもっと自分を大切にして? 『こんな私に……』なんていわないで」
「申し訳ありませんが、そのご要望にはお答えしかねます。それでは……」
そう言い残すとマレルは時計塔の中へとスッと入っていった。
まるでこの場から逃げるかのように。
ルカはその様子に下を向いたままこう語った。
「マレルも一年半前と半年前の領土侵攻の事を引きずってるんです。達也さんもある程度の事はグレルさんから聞きましたよね?」
「マレルも? あ……というか、グレルが来たこと。気付いてたのか?」
「ええ、あの屋敷には侵入者を探知できるように魔術陣が地中に組み込まれてますから何となくですけど……知っていました」
「あ、ああ……。二人からある程度の事は聞いたよ。悪いな……コソコソと嗅ぎまわるように動いて」
「いえ……。それは私を気遣ってそうしたんだろうなって事はわかってますから……気にしてません。マレルは一連の出来事に強い負い目を感じてるんです」
「負い目?」
「ええ、そうです。でも、その事を話すと長くなりますから後にしましょう。まず、今は――」
「ファルドだな」
「はい」
俺とルカは気持ちを切り替えてこの一件にケリをつけるべく尋問室へと向かった。
尋問室に俺とルカが到着すると中は騒然としていた。
「なんで、屋敷を襲撃したんだ! そしてなぜ、ルカ姉を狙った!」
「うっ……」
ミレットがファルドの胸ぐらを掴んで詰め寄っている。
「おいおい、ミレットそれくらいにしてやれ。後は俺たちが引き継ぐ」
「あ……ルカ姉に、タツヤ! ……でも、アタシは!」
「ミレット、後は達也さんと私に任せて……ね?」
ルカは興奮気味のミレットの肩に手を掛け、優しい笑顔を見せた。
「……わ、わーったよ! 長官室にいるから終わったら声をかけてくれよ?」
さすがのミレットもルカの穏やかな表情の裏にある覚悟のようなものを見せられて引き下がりざる終えなかったようだ。ミレットが尋問室を後にしてから俺とルカはファルドと向かい合う形で座った。
「さて、ファルド、話す気はあるか?」
「頼む……! 助けてくれ」
いきなりの発言がそれだった。もはや、意味不明だ。
ルカはそんなファルドの発言を聞いて目を閉じ、ため息を吐いた。
「裏切り者のくせに助けろなんて……誰がそんな事を聞くと思うの?」
ルカがファルドを鋭い眼光で睨みつける。
「もちろん、虫がいいのはわかってる。だが、俺には助けが……」
「ふざけるな……! 聞いているのは俺たちの方だ。お前がなぜ屋敷を襲い、なぜルカを拉致しようとしたのか理由を聞くまでは何もお前の頼みを聞くつもりはない!」
「そんな……」
ファルドは状況を察したのか、うな垂れながら話し始めた。
「俺が屋敷を襲撃させたのはルカ様が邪魔だったからだ……」
「なぜ、邪魔だったんだ?」
俺が低い声で詰め寄るとファルドは黙った。
「無理だ。俺には言えない! 殺される!」
「何を言ってる? お前を殺すも生かすも俺の判断次第なんだぞ?」
「そういうことじゃない! そういうことじゃないんだ!」
「じゃあ、一体どういう――」
その時だった。ルカが言葉を紡ぐ。
「……<凍てつく・氷結の吹雪よ・吹き抜けよ>」
するとファルドの左手が凍りついた。
「ぬわぁ!! 手がぁ……!」
「おとなしく答えなさい。これは警告よ。答えなければ右手、左腕、右腕、右足、左足と凍らせますよ?」
「わ、わかった! わかったからやめてくれ!」
「なら、早く説明することね……私が詠唱する前に……」
依然としてルカは左手をファルドの手に向けている。
その行動と言葉を聞いてファルドは慌てて話し出した。
「は、話せば長くなるが、俺は今から五年前くらい前にゲレーダのレオルって奴に脅されたんだよ! それで襲ったんだ!」
「っ……!?」
ルカと俺はその名前を良く知っているだけに顔を見合わせた。
そう。ルカにとっては父親の仇の名だ。
「そのレオルと今回の襲撃がどう繋がってくるんだ?」
「それは……」
「……<凍てつく・氷結の――>」
「か、家族を殺されたくなければ指示に従えってレオルに言われたんだ! でも、凄い優秀な領主が来るってルカ様が言うからいずれ、俺がゲレーダと繋がっていることがバレると思ったんだ!」
「ほう? それでレオルからの指示ってどんな指示だ?」
「簡単さ、村を回るときはリベルト様に付き添って田んぼや畑に近づけさせないようにすることだよ!」
「田んぼや畑に……?」
俺とルカは首をかしげた。
「俺にも詳しい事はわからない! でも、ルカ様が倒れたって聞いてルカ様を拉致すればバレないと思ったんだ! まだ、来て間もない領主なら周りが見えづらいし、あしらい易いからな……コレがすべてだ!」
「本当にそれだけか……?」
俺はさらに疑いの目を向ける。
「ほ、本当だ! し、信じてくれ! 頼む!!」
ファルドは泣きながらそう訴える。正直、この氷魔術の痛みは分からないが、痛みが襲う恐怖の中で嘘を言うとは俺は思えなかった。
「そうか……わかった……。まぁ、信じてやるよ」
「あ、ありがとう……」
「後はルカに任せるよ。今の話から察するに一年半前のことに絡んでそうだしな……」
「ありがとうございます。では――」
「ま、待ってくれ! 家族を助けてく……」
ルカはファルドの話を無視して言葉を紡ぐ。
「……<眠りの精霊よ・幻想の闇に・かの者を導け>」
ルカがそう語るとファルドはそのまま眠りに落ちた。
「今のは……?」
「精神系の魔術です。本来の詠唱では二節目から『かの者に安静なる安らぎを』ですが、今回のように変えると数回、夢の中で殺される悪夢を見ます」
「そんなのでよかったのか?」
「痛めつけてもよかったんですが、痛めつけたところで父が帰ってくるわけでもないですし……後味が悪いですから」
「そう、だよな……。ところでルカ、さっきのファルドの話だけど、どう思う?」
そう俺が問うとルカは顎に手を当てて話し出した。
「正直、分かりません……。ただ、確かに私が視察に行った時も田んぼや畑の方には近づけた記憶がないです」
「なんか怪しいな。……となると、現地で確認するしかないか。明日、村の方へ視察に出よう」
「はい」
ルカは二つ返事で了承した。その後、俺とルカは警備兵にファルドを任せ、ミレットが居るであろう長官室へと向かった。
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