第22話 新展開と負い目
長官室に入るとミレットが俺たち二人を心配そうな表情で迎えた。
「どうだった……? ファルドの奴なんか喋ったか?」
「ああ……まぁ、理由は聞き出せたけど余計、複雑になった感じだな……」
俺はミレットに説明しつつルカに紙とペンを用意してもらい、現状を書いていく。
そして、数分後。ミレットは俺の話を顎に手を当てながら聞いて居たが、やがて頭を抱えるような姿勢になった。
「なんか更にややこしいことになったっつーのも事実だけど……まさか、あのファルドまでがゲレーダの影響下に置かれてたなんてホント、ありえねぇーよ……」
場の空気が重くなったところで俺はパンパンと手を叩いた。
「とにもかくにも、過ぎ去ってしまったことはどうしようもない。だから今後のことを考えよう」
そう。こういう時こそ一人ではなくルカやミレットと協力する必要がある。
結局のところどんなステラテジーゲームでもあるようにきっちり人材を使いこなさないと勝てるものも勝てないのだ。
「では、まずは……何から始めましょうか?」
最初に切り出したのはルカだった。
「そうだな……。まずはファルドが言っていたことも気になるし、ルカと俺が村を視察するのは当然のこととして……ファルドの後任を選ぶ必要があるな」
「後任……ですか」
ルカは目を細め、考え込み始めた。それも当然だ。なにせ、公募したところで他領の息が掛かった者が来る可能性もある訳で軟弱なこの状況を打破するためにはそれなりの人物が必要なのだ。やがて黙って考えていたルカが険しい顔で語り出した。
「とりあえず、後任の選抜に関しては私に預けてもらってもいいですか?」
「ああ、別に構わないけど……アテがあるのか?」
「はい。何人かですが、やってくれそうな人に心当たりがあるので……そっちをあたってみます」
「じゃあ、そっちは任せた」
「はい!」
「あ~えっと……アタシは何かすること……ある?」
サバサバと後任の選抜について話が進むが、完全に『
「ミレットには三つお願いしたいことがあるんだ」
「そんなに!?」
ミレットは目を輝かせている。
根が素直なせいか、顔に嬉しいとそのまま書いてある。
「えーっと、一つ目は明日、村の視察に行くための護衛部隊の編成と馬車の手配をお願いな?」
「はぁ!? 達也ぁ! アタシは雑用かよ!?」
拍子抜けな『お願い』に前のめりになってミレットが詰め寄ってくるが、それに反応したルカが一瞬、左手を前に出すとミレットの動きがピタッと止まった。
「まぁ、まぁ……落ち着けって! ここからが本題だ」
「本題……? 本題って何だよ?」
そう聞くとミレットは近くにあった椅子へドカッと座った。
「……二つ目はゲレーダとの戦闘に備えて軍備の増強と育成を図るため、武器と防具の数を報告させて欲しい。それに加えて俺が先頭に立つからミレットは軍の連中をビシバシと鍛えて欲しいんだ」
「シバくのは別に良いけど……アタシ、魔術がなぁ……」
「なんで魔術がそこで出て来るんだよ?」
俺がそう問うとルカが横から補足し始める。
「兵士達の中には魔術を使える者も多いので鍛えるとなると、その魔術も含まれるんです」
「なるほど……そういう事か」
つまり、ミレットはルカに教えて貰っているが、人に教える自信は無いということだろう。そんなミレットにルカはゆっくりと近づいて行ってミレットの肩に手を置く。
「ミレット? いい機会だからやれることを最大限、やってみた方がいいと私は思う。教わるだけが勉強じゃない。教えるのも勉強だから」
「……ルカ姉。わかった。アタシ、何処までできるか分からないけどやってみるよ」
「うん。頑張ってね」
こんな師匠と弟子の一面をみると思わず、ほほえましくなる。
まぁ、正直なところ俺には今も二人が姉妹にしかみえないのだけれども……。
「達也、それで最後の三つ目は?」
「ああ、そうだった。三つ目は南地区の最前線。通称、ゲレーダ戦線の視察同行だ」
「……!?」
ルカとミレットの表情が一瞬で変わった。
「二人とも『さすがにそれはないだろ』って表情だな……? でも、これは今後のために絶対に必要なんだ」
「というと……どういうことでしょう?」
ルカが意味が分からないという表情をして聞いてきた。
「ゲレーダ戦線にこのタイミングで赴く理由は主に三つ。俺が領主であることの周知。前線の状況把握。そして、士気の鼓舞だ」
「でも、通知書とか報告書とかで行っているから良いんじゃねぇーの……?」
ミレットがサラッとそう言い放つ。だが、そう簡単なことではない。
「あのなぁ……紙切れ一枚で『領主が変わりました~』って言われてもどんな奴が領主か分からなかったら士気も上がらないだろ? それに直近の情報だとゲレーダ領は武器やら防具やらかき集めて、早くも戦争を追っ始めようとしてるんだろ? 時間的にも今がベストなんだ」
「まぁ、確かにそっかぁ……。」
ゲレーダ戦線に詰めているリテーレの兵は、絶対的領主の死に加えて二度目の敗北と今回の一件で士気が地に落ちているはずだ。少なからず、それを晴らすためにも赴かなくてはならない。
「ミレット、あと一つだけ聞きたいことがあるんだけど……」
「うん? 何だよ?」
俺は長官室にあった地図を広げて以前、使えそうだと睨んでいた場所にピンを刺した。
「ここに行くことはできるか?」
「あ~
「よし。じゃあ、そこも偵察したいから追加で!」
「了解~。ただ、状況によっては見れないかもしれないけどな……」
「そん時はそん時でいいよ」
ミレットは紙にペンを走らせパッと書きなぐると話し出した。
「んじゃあ、可能なら明日、全部やれるように手配しちまうけど……達也もルカ姉もそれでいいか?」
ルカのほうを向くとルカはコクリと頷いた。ならば、迷う事はない。
「ああ、それでOKだ! とりあえず、各々よろしく」
「それじゃあ、今日のところはこの辺にして屋敷に戻りましょう」
「そうだな。ミレット、悪いけど先に帰ってるぞ?」
「はぁ……。そう言われると仕事したくなるんだよなぁ……」
「……悪い」
「冗談だよ、冗談っ! 気にすることねぇーよ! ルカ姉との勉強よりはマシ……んっ!」
「私との勉強が、何かしたかしら?」
ルカから冷ややかな視線が飛ぶ。
「いやぁ~アタシはルカ姉との勉強が楽しみだなぁ~って!」
「ふ~ん~そう?」
ルカがあきれているような表情をしている。少し強引な気がするけどミレットはどうやら丸く収めたようだ。こうして、本格的にゲレーダへの対策へ動き出した。
軍本部を後にしたルカと俺は屋敷への帰路につく。
そこでふと、マレルの話を思い出した。
「なぁ、ルカ?」
「はい? 何でしょう?」
「マレルの事だけど……」
「その件ですか。すっかり忘れてました」
「で、その……何だ? マレルの抱えている『負い目』って何なんだよ?」
そう俺が問うとルカは夜空を見ながら懐かしそうに語り出した。
「マレルは私の妹みたいな存在だったんですよ……」
「え……?」
唐突な話に俺は聞いていることしかできなかった。
「マレルは元々、孤児で道端に倒れていたところを父に拾われた子なんです。私がマレルとはじめて会ったのは八歳の時でした。マレルは常に笑顔で……私と一緒に父の稽古(けいこ)を受けたり、買い物に行ったり……本当に家族の一人だったんです」
あのマレルが笑顔を振りまいていたなど正直、俺は冗談にしか思えなかった。感情的になる事は極端に少なく、クールに仕事をするタイプだと思っていたのだから当然のことだ。
「でも、一年半前の領土侵を受けてマレルは変わってしまったんです。相手指揮官との決闘後、ゲレーダ軍から父へ向けて弓矢の一斉掃射があったことは達也さんも知っていますよね?」
「ああ、ルカのお父さんが動けなくなったところに弓矢が撃たれたっていう……」
「……その時、一番私の父の近くにいたのがマレルだったんです」
「ってことは、つまり……」
「はい。隠者統括の身でありながら私の父……領主を守れなかった事をマレルは後悔しているんです。だから、常日頃、自分を戒めるために感情を殺して……私を出来る限り避けてるんだと思います」
「そんなの、マレルだけの責任じゃないだろ……? それを一人で抱えているっていうのか? あいつは……」
「ええ、その通りです。もちろん、私も最初は『何で父を守ってくれなかったの』……とは思いました。でも、それは筋違いなわけで……」
ルカは下を向きながら元気なく、そう語った。
その話を聞きながら俺は正直、複雑な気持ちになっていた。
「うーん……コレばっかりは本人の考え方と変わろうとする意志がなければこちらが変えようとしても無理だろうな……。俺も同じような経験があるから良く分かるんだ」
「そう、なんですか……?」
ルカは深く聞いていいものか、こちらの表情を伺っている。
だから、こっちから話し始めることにした。
「何……大した話じゃないんだけどさ、こっちに来る前の世界で俺には彩(さや)っていう幼馴染みが居たんだけど……その子が死んじゃって……その責任は俺にあるって思っていた時期があったんだ……。だから、何となくだけど分かるんだよ。マレルの気持ちが……」
「その……何と言うか……。達也さんもいろいろと経験されてきたんですね……」
「あっ、なんか悪い。めちゃくちゃ暗い話で……」
自分で大した話じゃないと言っておきながら、ルカからそう返されると相当ヘビーな話をしてしまったと気付かざるを得ない。
「あ、そうだ! え~っと……ルカ、今日の夕ご飯は何にする予定なんだ?」
「え? あ……えっと、何かあっさりしたものにでもしようかと思ってましたけど……」
「なら、サラダとか?」
「うーん、食材を見てからでないと何とも言えませんけど……」
こうして俺は無理やり話をすり替えて屋敷まで話を続けるのだった。
そして、屋敷に戻り食事を終えた俺とルカは今日一日、不在にした結果に向き合う事になった。溜まりに溜まった書類を精査、捺印をしていく。だが、これがなかなか終わらない。
「なんで、こんなにあるんだよ……」
俺がそんな愚痴を零すとルカは苦笑しつつ、立ち上がった。
「さすがにちょっと休憩しましょう……今、ブラッティーを淹れて来ますね?」
ルカがそう言って執務室を出て行った後も俺は報告書の類の一つ、一つに目を通していく。それこそ、ゲレーダ戦線の報告書はきっちり読み込んでいく。最前線から上がって来る報告書によれば最近、武器や装備品を前線に送り込むぺースが早くなってきているという事だった。
「時間的余裕がないかもしれないな……」
普通に考えれば武器というものは破壊と言った工作に対処するため、分散して置くのが定石だ。だが、それが一点に集中しているとなると恐らく、あと一ヶ月以内に動く可能性があるという風に取れなくもない。
となると……こちらが開戦の準備を整えるまでの間、時間稼ぎをする必要がある。
ただし、武器の破壊工作や陽動を行った場合、それが引き金になって攻めてくる可能性も否めない。
「とにかく策を講じるにしてもゲレーダ内部の情報が必要だ……」
そこで俺はマレルに命令を下すべくコミラートを手に取り、集中しながら「届け!」と思いをこめる。
「……<我はリテーレ領主なり・正義を守りし・リテーレの隠者に届け>」
カチーンと音が響きマレルの声が聞こえた。
「何かご用でしょうか?」
「あ、悪いな、夜分遅くに……。頼みたい事があるんだ」
「と……いいますと?」
「ゲレーダ内部の人間関係、内政・外交状況などについて幅広く知りたいんだ。そこで隠者にその情報収集を頼みたいんだが……大丈夫か?」
「はい。問題ありません。その件、承知しました。では――」
「マレル! その……頑張ってくれよ? 期待してる」
「……? 承知しました」
俺にはマレルに対してそれくらいの気遣いしか出来ない。
そう思いながら再び、報告書に目を通していく俺なのだった。
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