第20話 ルカの素顔

早々に執務室の戸締りをした後、俺たちは軍本部へと向かった。

その道中、俺はルカが本当に無理をしていないか心配になって『体調は問題ないのか』と尋ねた。


「少しだけマナ濃度が――ぁ……つまり、魔術を行使するときに捻りだすエネルギーが薄すぎて効果が出にくい状態なんです。簡単に言うと通常の威力が10だとしたらフルパワーでも3くらいしか出ないって感じですかね」

「……今更だけど、そんな状態で出歩いていいのか?」

「本当に大丈夫です。魔術がほぼ使えないってだけで体重いだけですから」

「そうか。早いところマナ濃度が戻れば良いな?」

「ええ、使えないと色々と不便ですから……」


この調子だと3日、4日間くらいはルカは魔術を行使できないだろう。

そんな話をしているうちに俺たちは軍本部へと到着した。そして、その場で二手に分かれる。


俺はザールの元へ交渉締結に赴き、ルカはその間にザールを協力者として告知する書面とザールとその家族の放免状の作成を長官室で作成してもらう。


ルカの作成した書面が尋問室に届けば黒幕の全容が見えてくる。

あと15分でこの長い心理戦も終わりだ。


「入るぞ。待たせたな、ザール」

「ったく、待ちくたびれたぜ……領主さんよ?」

「そんなにソワソワしないでゆっくりまってろ。俺は必ず約束を守る男だ。安心しろ」


そこからは書面のやり取りが始まった。

まず、始めに誓約書にザールが署名していく。この署名は今後の犯罪への関わりを断つもので誓約が守られなければ極刑に処される。そして、次に俺が今回の取引内容をまとめた書面に署名し、ザールに渡す。


だが、ザールは警戒心が未だにあるようで俺を睨みつけてくる。


「署名する前に先に硬貨を見せろ」

「はぁ……まぁいい。ほら」


俺はポーチを開け、硬貨を見せた。


「確かにこれだけあれば何とかなりそうだ。いいだろう。あと……俺を協力者として告知する話はどうなってる?」

「ああ……それは今、原本をお前らが拉致しようとした子が作ってる」

「そんな話を信用できるとでも……?」

「出来上がればココに持ってくるさ、そんなに時間は掛からない」


それから五分も断たないうちにルカが書面二枚を運んで来た。


「お待たせしました。領主様」

「ありがとう」

「よし、これで条件は全て飲んだ。後は洗いざらい話してもらうからな……?」

「ああ、わかってる……全て話すさ」


ザールが署名をしている中、ルカが口を開いた。


「領主様、私もここで聞いていてもよろしいでしょうか?」

「ああ。ルカは当事者だからな……聞く権利はある」

「ありがとうございます」


そして、ザールによって署名が成されて交渉は締結された。

ここからは情報を引き出す――いや、聞いているだけだ。


「さて、何処から話せばいいのやら……」

「まず、屋敷襲撃の黒幕の名前。それから経緯を話せ」

「ふぅ……」


長めに息を吐いたザールは静かに口を開く。


「黒幕は紛れも無く、経済長官のファルド・エストラーダだ」


思わず俺とルカは押し黙る。自白が取れた以上、間違いはない。

むしろ、ここでザールが虚偽を述べれば極刑だ。嘘を言うはずがない。


「それで……どうしてこの話に乗ったんだ?」

「大体、半年くらい前に酒場でアンタの話をファルドからされたんだ」


ザールはルカを指を差した。


「私の……? 一体、どんな?」

「チッ……アンタ、ふざけているのか?」


ザールは舌打ちをしながらルカを睨みつける。


「えっ……?」

「まぁ、いいさ。アンタの悪事もきれいサッパリ、ここで終わらせてやるよ」


当のルカは何がなんだか理解していないようできょとんとした表情だ。


「俺がファルドから聞いた話って言うのはな? ルカ・リテーレがゲレーダ領の高官と繋がっているって話だ。リベルト様が死んだ一年半前の戦いもお前が手引きしたと聞かされたんだ。もちろん、最初のうちは信じなかったが、賄賂を村の納税官に渡している写真を見せられたんだから間違いねぇ!」

「そんなバカな……!」


俺がルカの方を見ると必死に首を横に振る。


「ち、違います! 私が村の納税官たちに渡していたのは農地改良の改善費……つまり、援助金です。資金自体、父の資産を売却したもので決して賄賂なんかじゃありません!」

「どうだかな……? 俺は実際に写真だって見せられてるんだ! それに、一年半前のリテーレ侵攻の後で一番、得をしたのは誰だ……? 直系の姫であるアンタ以外に誰がいるってんだ? それに腐るほどの遺産を手にして豪遊しているとか、男をたくさん連れ込んでいるとかよぉ! いろいろ臭ぇ情報をこっちは知ってんだよ!」


ザールがルカを責めるように捲くし立てるとルカは左の掌をザールへ向けようとするが、その動きは途中で止まり、ルカは手を下ろした。その表情は怒りとつらさ、悲しさが入り混じった何とも言いがたい表情で目からは涙が溢れていた。


「……契約は契約だから生かしてあげます。でも、私が父を殺して得をするなんて、そんなこと……そんなことある訳が無いでしょ!!」


ルカは泣きながら尋問室を出て行った。当のザールは「言ってやった」と言わんばかりに清々しい顔をして、こう言い放った。


「ハッ! まるで負け台詞だな。ったく、女っていうのはすぐ泣けばいいと思いやがってよ」

「お前ッ……!」


俺は気付けばザールの胸元を掴んでいた。


「(あの涙は絶対に嘘じゃない!)」


俺はそう核心を持っていた。常にリテーレのためを思い、領民のために行動する。何より悲しそうな顔をして過去を打ち明けたルカが父を殺す算段をつけられる訳が無い。誰より従順な子であることは数日しか見ていない俺でもわかる。


「お前の言っている事は何の根拠も無い状況証拠だろうが! それなのに、写真を見たってだけでそこまで言うのかよ!」


そう俺が怒鳴り散らすとザールも負けじと言い返してくる。


「俺は自分がそう思ったから洗いざらい、言っただけだ。それにこれまでの行動は全て、家族を守るためだ。あいつが生きていればゲレーダとの癒着(ゆちゃく)が激しくなってまた戦争になるに決まっている! なら、そうなる前に元凶を断とうとしたまでだ!」

「だから、何処にもルカが元凶だという証拠が何もねぇだろうって言ってんだよ!」

「証拠? んなもの必要なかった。俺がこの計画に関わったころからゲレーダの部隊が俺たち家族を見張っていることに気付いたんだ。まるで、怪しい動きをするやつを監視するみたいにな! それをファルドに伝えたら見せてくれたんだよ! あの一年半前の戦場に居た指揮官とルカ・リテーレが密会している写真をなぁ!」

「そんな……!」


ルカにとってレオルは父の仇だ。そんな人間と手を組む? 普通に考えれば絶対にありえない。だが、ザールはこう続けた。


「人間なんていうのは自分に対しては都合よくあったほうがいいのさ、誰でも合理的な判断をしたがるからな!」


確かにそのとおりだ。だが、ルカがゲレーダと手を組んでいるとは到底、思えない。もし、手を組んでいたのなら第三者を言無死の塔で召還する必要が無い。


俺を隠れ蓑(みの)として使用するという手も無くはないが、そもそも最初から一騎打ちに出るほどの実力と指揮力があるレオルならルカの協力さえあれば、あっという間にリテーレはゲレーダの手に落ちているはずだ。


俺は確実にルカが裏切っていない。そう判断した。

全ての話に終止符を打つように胸元から手を離し、低めに言い放った。


「もういい……。早く家族を連れてここから去れ」

「ああ、言われなくてもそうさせてもらうさ」


ザールはフッと笑みを浮かべて去っていた。

俺はザールが去った後、急いでルカを探すべく軍本部内を歩き回った。ルカと過ごした時間はまだ五日も経っていないが、少なからずルカの気持ちを俺は理解しているつもりだ。


「(だからこそ、ルカを一人にするのは良くない。下手をすれば悪い方向に行きかねない)」


俺は必死でルカの姿を探し回った。そう、誰も居なくて滅多に人が出入りせず、人目に付かない所を――。


そうしてたどり着いた場所は軍本部内の時計塔だった。室内を探しても見つけられずにいたとき、時計塔の南京錠が壊されていることに気付いたのだ。時計塔の中は歯車の音が響いていて自分の足音すら、聞こえない。泣くなら格好のスポットだった。


「(俺なら一番上まで行くかな……)」


そんな推測を立てながらとにかく上へ、上へと上っていく。

上に行くに連れて機械音は徐々に和らいでいく。


「(あっ……やっぱり居たか)」


壁に空けられた清掃用の入り口から外へ出ているルカの姿を見つけた。ルカは肩を震わせ、外を眺めながら泣いていることはすぐに分かった。


時折、塔へと吹きつける風はルカのピンクの髪とワンピースの裾をなびかせる。

その顔は涙でグシャグシャだろうが、その容姿は正に『お姫様』そのものだった。


「ルカ、探したよ」

「なんで、ここに……」

「なんでだろうな……」


俺はルカの問いを無視して横に並び、寄り添った。

ルカは必死に涙を止めようとしているのか、赤くなった目を擦る。


「その……さ、無理に泣き止もうとしなくてもいいと思うぞ? たった数日だけどルカが頑張ろうとしてるのはすごく伝わっているからさ……」

「えっ……?」

「絶対的領主――その長女なんていう縦書きがルカを苦しめてるってことも何となく分かるから……」


ルカは涙を浮かべつつ、泣くまいと目線を逸らす。


「……泣きたいときに泣けばいいんだよ。それにルカは一人じゃない。俺だってミレットだっている。一人で抱え込む必要はないし、俺でよければ、いつでも相談相手になってやるから」

「た、達也さん……ありがとう、ございます……。でも、私の事は私で頑張らないと意味が無いんです。でなきゃ、私は……私は……父に追いつくことができないんです」


俺は喚(わめ)くルカを抱き寄せて背中をトントンと叩く。


「俺はルカの気持ちを完全に分かって上げられないと思う……。でも、ルカが少しでも前へ向かっていけるように……いや、ルカが納得できるまで寄り添ってあげる事は出来るからさ、泣きたいときはとにかく泣ききって、後々の事は後で考えればいいから」


ルカは無言のまま俺の腕の中でひたすら涙を流し、泣きじゃくった。まだ、彼女は父の死を受容しきれていない部分がある。それは始めて会った時や今までの生活の中で見えていた。表面上では元気に振舞ったり、ミレットと面白おかしく生活していたりするが、実際は今、ここで泣いているルカが『本当のルカ』なのだ。


「(俺はこの子のために何が出来るだろうか……)」


そう考えながらルカの頭を優しく撫でてあげるくらいしかできなかった。

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