第15話 進まない現状
長い夜が終わりを迎え、朝がやってきた。ミレットは朝食を食べ終わるとすぐに「雇い主を吐かせてやる!」と意気込んで軍の本部へと向かった。
それから数時間ほど経って拉致されていたルカが数名の隠者たちと共にリテーレ家の屋敷に戻ってきた。ルカは疲れきっていて疲労困憊の表情を浮かべていた。
「ルカ……大丈夫だったか?」
「ええ、隠者達が私の計算通り動いてくれたので大丈夫でした……」
俺が駆け寄るとルカはそう気丈に振舞ってそう笑顔で答えたが、声にはあまりにも張りが無いし、笑顔も作り笑いそのものだった。ただ、幸いなことにルカには特段の怪我はなさそうだ。それが救いとも取れた。
「食欲があればすぐに食事を出そうと思ったけど……そんな感じじゃないよな?」
「あっ、はい……。すみません」
とりあえず、このままでは埒(らち)が空かないのでルカの寝室まで一緒に付いて行き、眠らせることにした。俺はルカが寝るまでの間、隣に寄り添った。別に他意があったわけじゃない。ただ、放って置けないというか、ルカは何かと無茶をする傾向があるから心配で仕方がなかった。
もちろん、ルカは「傍に居なくても大丈夫です」と言っていたが、俺はそこに居座り続けた。ルカは俺よりも歳が若い女の子だ。急に知らない男たちに拉致されれば、普通に考えて恐怖しか感じないだろう。だからこそ、俺は近くに居ることにしたのだ。
ルカは俺が居たからかそれとも自分のベットだからなのか定かではないが、数分でスースーと寝息を立て眠り始めた。俺はそんな安らかなルカの寝顔を確認してから音を立てないように部屋を後にして廊下に居た隠者の一人にマレルへ伝言を伝えるように言い渡した。
一つ、「黒幕が分かり次第、すぐに領主へ伝えよ」
二つ、「刺客の粛清、または捕縛の命令をいずれ下すので部隊の編成を急ぎ、行え」
その言伝を預かった隠者はすぐさまマレルの元へ向かった。
「(何処の誰かはしらないが、俺を怒らせたらどうなるか……分からせてやる。ルカをこんな目に遭わせてタダで済むと思うなよ……)」
今度はこちらが反撃に転じる番だ。隠者たちの腕前は戦闘能力が桁外れだ。昨日、俺自身が間近で見ている。故にこの者たちを使わない手は無い。
「(このお礼はきっちりつける……できるだけ早急に)」
そう俺は心の中で決意を決めたのだった。その後、俺は執務室に戻って昨日の襲撃について冷静に考え始めた。
まず、襲撃の目的は何か?
そして、ルカを拉致した理由は何か?
さらに、屋敷を襲撃することで誰の得になるのか?
結局のところ、そこら辺を見つめ直せば主犯も分かるはずだ。
まず、真っ先に浮かんだのがゲレーダ領から“戦略的な刺客”の可能性だった。
俺がこの世界に来てまだ二日目で襲われたということを考えると計略を疑いざるを得ない。命を取らないにしてもルカの命を危険に晒したうえで何らかのアクションを起こすという作戦を立案していたのだとすれば辻褄が合う。
それに例の指揮官『レオル・エバース』が絡んでいるとしたら、さらにその線が強くなる。
それ以外に考えられるとしたら内乱を起こそうという企みくらいだろうか?
だが、その可能性はすぐに消えた。その場合、中核を担っている俺たちの首を跳ねれば事が済む。何もルカを拉致する必要などどこにもない。ましてや、リテーレ領最強の力を誇るルカがこの状況なのだから俺の首を刎ねるなど容易いはずだ。だが、そこでふと気付いた。
襲撃のタイミングがあまりにも良すぎる。
ルカは一昨日の夜。つまり、俺が
そんな絶妙なタイミングで襲撃されている。
元々、屋敷に来た当初から気付いていたことだが、この屋敷の警備はガバガバだ。恐らくミレットの話から推測すればルカが規格外の強さだから問題ないとされていた事もあるはずだ。そう考えると一つ可能性が浮かび上がった。
軍本部へ出入りする者の中に黒幕、あるいは内通者がいるという可能性だ。
事実、ミレットは昨日の朝に朝飯を食べ終わった後、軍の本部に出向き“事と次第”を伝えている。つまり、情報が漏れた先は軍本部と考えるのが妥当なのだ。もちろん、これはあくまで推測の域をでない。確証が無い以上、ミレットの尋問の成果を期待するしかないだろう。
俺はとりあえず、ミレットからの良き知らせを待ちながら昨日から溜まりに溜まった書類を一つずつ見て優先順位をつけて対処していくという作業を始めた。
内容は、嘆願書や報告書、請求書などなど……とにかく多岐に渡っている。
とりあえず、財政系の事は置いちゃ……ダメなんだけど、置いといて……。
嘆願書や報告書に目を通していく。
ザッと見た感じでは嘆願書の類は「納税額(率)を低くして欲しい」や「物価が高いから安くなるようにして欲しい」といった意見書が多い。
「ここら辺はファルドと要相談だな……」
こんな意見が来る根本的な原因は不作だ。
こうした意見を解決するとなるとお金を少しずつ村に配当するか、物資を配当するなどして不作から立て直してもらうしかないだろう。
今度は報告書の類を見ていく。
報告書の大半はゲーレダ軍とのにらみ合いが続いている「ゲレーダ戦線」の状況を知らせるもので他は犯罪者の検挙報告、軍の演習報告、武器の製作報告などなど……嘆願書の二倍ほどある。
「はぁ…………」
独りでにため息を付きつつ、じっくり確認して領主印が必要なものに判子をついていく。ふと、時計に目を向ければ、既に昼間を過ぎている。
「昼か……」
俺は執務室からルカの部屋へ繋がる扉を静かに開けてみるとルカは未だに爆睡中のようで寝息がこちらまで聞こえてくる。
「まぁ、当然か……そっとしておこう」
俺は静かに執務室を後にして足早に厨房へ向かい、昼食の用意を始めた。
だが、一人分の昼食をわざわざ用意するのも馬鹿馬鹿しいのでパンとブラッティーという軽食で済ませることにした。
「一人だと寂しいもんだな……」
何やかんや言ってここ、二日間は誰かしらとご飯を食べていただけに寂しさを感じながらパンを口へと放り込んでいく。
「(長年、一人で慣れてきたつもりだったけど俺もまだまだ子どもってことか)」
そんな悲観を心で呟きつつ、俺はサラッと食べ終えて椅子から立ち上がろうとした時、後ろに気配を感じた。振り返るとそこには隠者の長、マレルが居た。
「な……! いつからそこに居たんだ?」
「達也様が食べ始めた頃からです」
「そんな前から居たのかよ……声をかければいいのに」
「そこまで緊急性があることでもございませんので……」
「でも、マレルが来たって事は何か……」
最後まで言おうとした時、マレルは分厚い封筒と紙を俺に渡してきた。
その紙には――
『内通者の可能性あり、執務室でご覧ください』と書いてあった。
つまり、情報が漏れていることは間違い無いらしい。
「これといった報告もございませんが、コレをお渡ししておきます」
「コレは……?」
それは昨日、ミレットがマレルたち“隠者”を呼ぶために使った石と黒い紙に六芒星が書かれている紙だった。そして、黒い紙を受け取った瞬間、急に紙が青白く燃えた。
「熱っ!」
「では、ご用の際は何なりとお申し付けください。失礼します」
マレルは何事も無かったかのように背を向けて去っていった。
「コレどうすんだ……? 使い方なんて知らなっ――あれ、分かる。なんで?」
使い方すら分からない石っころの使い方がなぜか、分かるようになっていた。
この石の使い方どころか、何なのかも検討もつくはずがないのに――。
その石は魔術通信石『コミラート』。対象者を設定することで連絡をできる代物だ。つまり、異世界の電話みたいなモノ。
ただ、この通信石はスマホと同じでパスロックみたいなものがあって所有者本人の承認が無いと使えないのだ。端的に言えば俺が自分のコミラートに第三者の設定を追加しなければ、誰も俺のコミラートを使うことはできないということになる。
とりあえず、俺は封筒の中身を気にしつつも何食わぬ様子で執務室へと戻ったのだった。執務室に戻った俺はその封筒の中身を丁寧に読み込み始めた。
「なっ……! おいおい、マジかよ!」
マレルから受け取った封筒の中身を見て俺は唖然としていた。
その中身。それはマレルからの報告書と屋敷への襲撃を行った者たちの経歴書だった。その報告書によれば、実行犯は全員が内部関係者……つまり、軍に従軍している者であることを示すものだった。ミレットによる尋問の経過については『完全黙秘』と書いてある。
「(そりゃあ、そうだろうな……)」
何せ、軍内部の裏切り者だ。
そんな奴らがおいそれと黒幕を吐くはずがない。
それに経歴書を見れば全員が軍の門番兵や軍本部内の警備兵。
しかも、階級がそこそこある者達だった。
「(こりゃあ、何が目的なんだかサッパリ分からなくなったな……)」
ゲレーダの手が軍本部に及んでいるのか、あるいは、第三の理由があるのか……
「うーん……わっからねぇな~……」
俺は一人、執務室で頭を抱えるのであった。
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