第16話 発案

その日の夕刻――。

俺がそろそろ夕食の用意をしようとしていると執務室の脇の扉が不意に開いた。

その開いた扉の先に居たのはルカだった。


「おはようございます、という時間でもないですね……」

「もう起きて大丈夫なのか?」

「ええ、なんとか大丈夫です……」

「なら良かった。今から軽くおかゆでも作るから寝室で寝て待ってて」

「あ、私が……」

「ルカが作るのは無しだ」

「は、はい……」


俺は手を前に出してルカの言葉をさえぎった。ルカは少し先読みされたことが面白くなかったのか下を少し向いて寝室へトボトボと戻っていった。


俺はその様子を見届けてから厨房へ行き、一時間程度で卵とネギを使ったおかゆを作り、ティーポットには水に塩と砂糖を溶かした経口補水液を入れてルカの寝室へと運んだ。


「入るぞ?」

「ど、どうぞ」


ルカの寝室の扉をノックすると素早く声が返ってくる。体を起こしていたルカはなぜか、少し下を向いている。夕陽の日差しが窓から差し込んでいることもあってか、その姿は弱々しくも可憐に見えた。


「は、はい、お待ちどうさん。口に合うかわからないけど……」


俺はそんなルカの姿に少しドキッとしつつも膝元におかゆと経口補水液を入れたコップをおぼんごと置いた。


「少し熱いかもしれないから気をつけて」

「はい……では、その……頂きます……」


ルカは手を合わせて食べ始めた。やはり、実質的に一日ぶりの食事だった事もあってお腹が空いていたようで……。


「あの……おかわりいただいてもいいですか……?」

「ああ」


二杯目のおかゆを皿によそってルカに渡した。


「ありがとうございます……」

「(これだけ食べれればもう問題はないだろう)」


ルカはこうして俺の作ったおかゆを淡々と食べつつ、経口補水液を飲んでいく。

そして、ルカは二杯目を食べ終わったところでスプーンをおぼんの上に置き、手を合わせた。


「ごちそうさまでした……」

「はい、お粗末さまでした」

「っ……」


すかさず、俺がそう反応するとルカの顔は真っ赤になっていた。

多分、看病されてる感じが恥ずかしいんだろう。俺が逆の立場でも同じことになりそうだから何となく分かる。


「じゃあ、俺は片付けてくるな?」

「達也さん……!」


気を使って出て行こうとしたが、ルカに呼び止められた。


「ん?」

「その……色々とありがとうございます……」

「あ、いや……その……どういたしまして?」


何気ない感謝の言葉だったけれど俺にはそれが天に昇るほど嬉しかった。感謝の言葉ほど向けられて嬉しいものはない。


俺は弾む心のまま、ルカの食器を片付けてから自分の夕食を食べて執務室に戻った。いよいよ俺の大嫌いな財務整理のお時間だ。


「あ~えっと……こっちが支出で、こっちが収入という名の遅れていた納税者からの税で……こっちが?」


俺の頭の中が数字で凄まじいことになっていた時、いきなり執務室の扉がドーンと開かれた。一瞬、身構えたのだが、そこに居たのはミレットだった。


「もう、ダメだぁ~……」


ミレットは執務室に入るなり、すぐにルカの椅子に座って机に突っ伏した。


「おいおい……何がダメだったんだ?」

「そんなのあの襲撃者どもの尋問に決まってんだろう~何を聴いても「知りません、わかりません」だし、痛めつけても吐くことすらしねぇーんだ。もう達也、変わってくれ……」

「随分、苦戦してるんだな……」

「ああ、正直なところ身内だからな。アタシでもそう容易く心を鬼にできねぇよ」

「そりゃ、そうだわな……」


そんな事を話していると執務室、脇の扉が開き、ルカが出てきた。


「愚痴を零す余裕があるなら早急に何とか口を割らせなさい」

「ルカ姉! 目、覚ましたのか! 良かった、本当に良かったぁ!!」

「次から次へと心配掛けてごめん……」


ルカは抱きついてきたミレットの頭を撫でている。俺はその様子を横目に口を割らせるための作戦を考えていた。


「(口を割らないなら、どうにかしてその口を開かせる必要がある……か。本当はやりたくはないが、時間も惜しい……)」


実は、襲撃犯の一人に俺は目をつけていた。


「こいつなら口を割るかもな……」


俺が一枚の経歴書を片手に語るとルカとミレットは首を傾げていた。


「達也さんには何かアイディアが……?」

「アタシもすげぇ、気になる……」

「何、ちょっと汚いやり方で黒幕を吐かせるのさ」

「えっ……!?」


二人は何か悪い想像でもしているのだろうか、固まってしまっている。


「ま、まさか、誰かを見せしめに殺すとかじゃありませんよね……?」

「さすがに、そこまではするつもりはないけど……」

「殺すつもりじゃねぇなら、どうするつもりなんだよ?」

「それはだな……」


それから俺は計画を二人に話したのだった。

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