第14話 招かれざる来訪者
俺とミレットは自室に戻ってから各々、作業に勤しんだ。
ミレットは目元を赤らめたまま、ルカから渡された魔術詠唱の書き取りや応用理論の本を読んだりしながら過ごし、俺は図書室のようにぎっぢり本が詰まっている書庫室からリテーレ領の歴史や世界規模に関する本を数十冊、取り出して読書をしながら過ごした。
それによれば、このリテーレ領は今から五百年くらい前に作られた領土らしく、その前は『アルブラン領』という領土だったこと。また、世界情勢についてはこのリテーレ領がある『レファーラ大陸』以外に”4つの大陸”がある事は分かったが、それ以上は追えなかった。
……というのも、紛争が各地で起こっているという記載が多々あって、領土名や領主の名前が全て最新とは言えない可能性があるからだ。
ただ、一つ言える事はこのリテーレ領がある『レファーラ大陸』には、リテーレ領を除いて八つくらいの領土がある事は間違いないことが分かった。
継続してリテーレの事を調べようとしていると肩を叩かれ、振り返れば、ミレットが何か言いたげな顔をして立っていた。だが、すぐにその疑問は解けた。時刻は12時を回っている。つまり、昼食の時間だ。
「もう昼か……何でもいいか?」
「食べれれば何でも……」
ミレットは少し躊躇いながらコクリと頷いた。俺は簡単なサンドイッチを厨房で作り、朝食同様に自室へと運んだ。相変わらず、ミレットはバクバクと口に運んでいる……というか、流し込んで平らげていく。
俺としてはその食いっぷりは嬉しい。嬉しいのだが、レディーとしてはどうなのだろうかと思ってしまう。女の子としての品位が無いと言うか、素はいいのに内面との温度差が違いすぎる。
「ふぅ! 食った、食った! ごちそうさんなぁ!」
「(グレルさんがミレットを「ぜひ、嫁に」って言っていたのってコレが原因じゃないよな?)」
心の中で密かに思いを巡らせながら昼食を終えた俺は、午後も午前と同じように継続して調べ物をしていく。でも、時間というモノはあっという間に過ぎ去って行った。依然としてルカは起きそうになくスヤスヤと寝息を立てている状態だ。時刻は既に17時半を回っている。
「(普通、8時間ほど睡眠を取れば人間は良いはずなんだけどな……)」
心の中でそう思いながらも、魔術の過剰使用によるダメージはかなりデカい事を知ったのだった。空は茜色に染まり、もう夕暮れ寸前だ。そろそろ夕食の用意をしようと厨房に向かおうとしたその時だった。
「ルカ姉……? アタシが分かるか?」
ルカの意識が戻ったようでミレットがルカに近づいて声をかけている。
俺も近くに駆け寄ってその表情を確認すると目がパッチリと開いている。
しっかり覚醒しているようだ。
「ルカ、体は大丈夫か?」
「……まだ、ダルさはありますが、もう、大丈夫です。ご迷惑をおかけしました」
ルカは辛そうな顔をしながら体を起し、ベットの上でぺこりと頭を下げた。その様子に少しだけホッとした気持ちになった俺たちだったが、そんなのもつかの間だった。
「もう夕時ですね……夕食の用意をしないと」
「ルカ姉! 無理だって!」
「もう大丈夫だから……」
ルカがミレットの手から逃れるようにベットから起きたが、すぐにフラッとぐらついた。慌てて近くに居た俺はルカをキャッチして事無きを得たが、三食食べていない上に一日中、眠っていたこともあって体はフラフラだ。それにルカの体は服越しでも分かるほど汗だくになっている。
「達也さん……すみません。でも、大丈夫ですので」
「そんなんで大丈夫な訳ないだろ、どう見ても」
「いえ、本当に大丈夫ですから……」
ルカが無理やり体に鞭を打つかのように動き出そうとする。そんな様子を目の当たりにした俺とミレットは目を細めた。当然ながらこんな状態のルカをこのまま行かせるわけにはいかない。
「ルカ、今日はここで休んでいたほうがいい。夕食は俺が作るから」
「いえ、そういう訳には……!」
「(はぁ……ルカは頑固だな)」
少しお灸を据えるようにルカの肩を掴んで声量を上げる。
「いや、ここで休んでるんだ! 自分の体の事を少しは考えろ!」
「っ……! でも、私は……!」
「体調が悪いときは誰かが助ける。それが普通だろ? ルカには休養が必要だ。それに――」
「えっ!?」
否を突きつけられまいと俺はルカをお姫様抱っこをしてミレットが正面に見えるように体勢を変える。
「心配してんのは俺だけじゃないんだぞ? 俺たちは意地でも行かせないからな」
「み、ミレット……。わかりました。お任せします」
ルカはミレットの少しウルッとした表情を見て折れたのか、そうポソッと語った。
俺はルカをベットに寝かせてから夕食を作るべく、厨房へと向かった。
「さて……どうしたもんかな……」
いざ厨房に来たはいいが、この世界に来て二日目ということもあって作れるものにも限りがある。それに昨日はハンバーグというヘビーで脂っこいものだった事に加えて、ルカに変な物を食べさせるわけには行かない。
「無難に行くか。うん……また今朝と同じ雑炊にしよう」
俺はミレットに「朝と同じじゃねぇか!?」と文句を言われるのではないかと思いつつ、雑炊を朝と同じ行程で作り終え、三つの皿と残った雑炊が入った手鍋をお盆に載せて自室へと向かった。部屋の前に立つと何やら二人の声で騒がしい。
「ルカ姉、別にそんな、怒らなくたっていいじゃんか!?」
「うるさい……まったく、アンタって子は!」
耳を澄ませば服がどうだの、こうだのと言っている。一回、ドアノブに手を掛けたが、下手に着替え中とかだったら、殺されそうなので部屋をノックした。
「入るぞ?」
「ど、どうぞ」
すると意外にもルカの声が素早く返ってきた。だが、ルカの顔を見るとどこかご機嫌斜めそうで何かあったようだ。俺は食事を乗せたお盆を机の上に置いてから二人の様子を回し見る。
「騒がしかったけど……なんかあったのか?」
「いえ……」
ルカはそう即答したが、ミレットが口を横から挟んだ。
「いやさ? ルカ姉を着替えさせようとしたら抵抗するもんだから……こう、無理やり――」
最後まで語ろうとしたミレットの頭をルカがゴンと殴り、ミレットを沈黙させた。
うん。何となく察しがついた。いや、ついてしまったと言うべきだろう……。
「イタッ! そんなに頭叩いたり、殴ったりしたら頭、馬鹿になるじゃねぇーか!」
「うるさい! 余計な事は言わなくていいんです!」
噛み付くミレットに再びルカは拳を振りかぶって押し問答をしている。
「(この二人は一体、何をやってるんだか……)」
この風景を見ていると師匠と弟子というより姉妹に見えてくる。その様子を俺は端から見ながら苦笑いを浮かべる。
だが、その直後、急に二人の動きがピタッと止まった――。
ルカは拳をミレットに向けたまま急に無言になり、ミレットも周囲を警戒するように目を左右にキョロキョロしている。すると、ルカはそっと元着ていた服の山に手を伸ばし、ミレットも手元をゴソゴソと動かし何かをしている。
次の瞬間、ミレットは下にしゃがみ込みながら振り返り様に窓の外へ向けて投げナイフのような物を投げた。
パリーン! ブスッ――――。
そのナイフ状の物は窓ガラスを貫き、さらに何かに刺さった鈍い音をたてた。
その一方、ルカは服の山から短剣を取り、ベットから転がり落ちるように俺の近くに来て剣を抜いた。
その直後、黒装束を身に纏った六名が自室へと傾れ込んで来て俺とルカを襲った。
ルカはその者たちに素早く反応し、俺の前に出て果敢に戦うが、昨日までのことが影響してか、動きが悪く人数差で押されてあっという間に俺の前から引き剥がされた。
「ルカ姉!!」
ミレットもその様子を見てさすがにヤバいと感じて剣を抜き、助けに来ようとするが、男たちに間合いを詰められた上に進路を阻まれ、こちらには来れない。
完全に俺は混乱状態だ。
何かをしなくてはならないのに体が動かない。それを良いことに黒装束の男が一人、サバイバルナイフのような物を持ち、無防備な俺に襲い掛かってきた。
俺は後ずさりながらも抵抗しなければ殺される状況に立たされた。
『自分を守れ』と染み付いた本能が体を自然に動かす。相手の動きを良く見ながら中腰になり、右手から繰り出されたナイフが俺の正面に伸びてくる。
「(……こんな所で殺されてたまるか!)」
条件反射というに等しい死に物狂いの動きで、襲撃者から繰り出されたナイフを左手で斜め下に受け流し、相手の腕を掴んで捻りながら床に突き落とす。さらに抵抗されないように腕を固めて動きを封じ込め、足でナイフを手の届かない位置に蹴り飛ばした。
「(まさか、護身術がこんな形で役立つとは思っても無かったな)」
この一連の動きは祖父直伝の犯人逮捕術だ。元々、祖父は刑事だったため、その教えがここでは役に立った。その時ばかりは「案外、俺でも簡単に制圧できるじゃないか」と思った俺だったが、事態はそううまくは収まらなかった。
「全員、動くな! 動けばこいつの首が飛ぶぞ! すぐに武器を捨てろ!」
別の男が俺の首に剣を当て戦況をひっくり返したのだ。あくまで俺がやりのけた技は『逮捕術』。すなわち、“無力化”が目的で意識を刈り取るまでには至らない。
そのため、俺は一人を無力化したと同時に離れられなかっただ。
「ちっ……!」
「達也さん! っ……これで満足?」
ルカもミレットも抵抗する余地がないと考えたのか、武器を床に捨てた。
「お前もその手を離すんだ! 自分の命は惜しいだろ!」
「さぁな? お前こそ今なら退けるぞ?」
俺が強気に茶化すと男の声が更に強まった。
「ふざけるのもいい加減にしろよ? このナイフの切れ味、試してみるか?」
首に当たる刃が少し強くなった。
「(コイツ……明らかに本気だ)」
このままでは俺の命だけでなく丸腰になった二人が危ない。それにこの状況を打破しても人数で押されたらヤバイと判断して俺は手を離した。俺が手を離したのを確認してその男は部下たちに指示を出す。
「よし、拘束しろ!」
その声に従ってその部下たちは俺たちを縄で手と体を縛った。そして、俺たちを縛り上げるとルカだけがどこかへ連れて行かれ、俺とミレットはそのまま部屋に二名の監視をつけられ、身動きが取れなくなった。
しかし、まだ殺さない辺り、殺すことが目的ではないようだ。交渉が目的であるなら普通は領主である俺と交渉すれば良いはずなのになぜ、ルカが選ばれたのか意味不明だった。
「(まぁ、俺が領主だと知らなければ当然、ルカが連れて行かれるわけだが)」
まだ就任して二日目だ。何も知らないまま、ルカを領主だと勘違いして連れて行くことも納得できる。そんな事を頭の中で考えているとミレットが大胆にも拘束されながら近づいてきた。
「おい! 女! 何やってる!」
すぐさま見張りの男たちが詰め寄ってくる。
「別にいいじゃんか! 寒いんだし?」
「この部屋は寒くないだろうが! 貴様、何か企んでるんじゃないのか?」
「そ、そんなことねぇーよ! どうやったらこんな状況から抜け出せるってんだよ! そ、それに! アタシはコイツと暑い夜をす、過ごす仲なんだからいいじゃねぇか!」
「……!?(はぁ!?)」
「何を言ってらっしゃるんですか、ミレットさん!」と言おうとしたが、ミレットが顔を真っ赤にして俺にウィンクをしてくる……恐らく話に乗れということだろう。
「あ、ああ! そうだとも!?」
そう言うと男たちは顔を見合わせている。
「そ、そう……なのか?」
「信じてねぇんだろぉ~?」
明らかに黒装束の男たちは動揺している。その隙を狙ってなのか、どうかは分からないが……ミレットが俺のことを体重で押し倒した。
その様子に見張りたちが「おいおい……」と言う中、ミレットは俺の耳元で囁いた。
「今、背中に石っころが見たいな奴があるだろ? それをアタシにくれ」
それだけ言うとミレットは離れた。
「や、やっぱり……? の、乗り気じゃないからや、やぁーめた」
「そ、そうか……頼むから大人しくしてろよ!」
見張りの男たちは微妙に期待していたのか、落ち着かない様子だ。その一方、俺はミレットに言われたとおり、背中にあった特徴的な石を拾い、ミレットへとこっそり渡した。
その石は、凄くゴツゴツしたオウトツがあって野球ボールくらいの丸石だった。
その石をミレットが受け取ると低音で見張りに聞こえないように言葉を紡ぎ始める。
「……<我はルカ・リテーレを師と仰ぐもの者・正義を守りし・リテーレの隠者に届け>」
すると、カチーンと音が響いた。
「な、なんだ!? 今、何をした!」
さすがの見張りも何かされたと感じたのだろう。
見張りはミレットの胸元を掴み、平手打ちで顔を殴った。
「お前、何をした! 何をしたと聞いている! 言えっ!!」
「うっ……!」
だが、ミレットは石を離さず、そのまま後方に倒れながら見張りに食いついた
「ルカ姉を何処に連れて行った!! この後、私たちをどうするつもりだ!!」
「うるさい女だ! 黙れ!」
バシッとまた叩かれるが、まだ食い下がる。
「リテーレ家の屋敷を襲ってタダで済むとおもうんじゃねぇーぞ! この野郎!」
「黙れ! 黙らないならお前を殺す!」
剣を首元に突きつけられ、さすがのミレットも黙った。
「今、何をした? 大人しく答えろ」
「し、知らねぇよ……」
「そうかよ……」
ミレットの首に刃が強く押されているように見える。
「言え……!」
「言うわけねぇだろ――ぐはっ」
「ならば、死ねぇ……!」
見張りの男がミレットの髪の毛を掴み、喉を剣で切り裂こうとした。
その刹那、窓ガラスが割れる音と共に眩しい閃光が部屋中に満ちた。
目を開けてみれば見張りの二人は床に倒れ、その場には黒のコートを纏い、フードを目深に被った三人組が居た。その者達の相貌はフードのせいで見て取れない。
その者達は素早く慣れた動きでミレットや俺の縄を切り、見張りの男たちを拘束した。そして、その者たちの一人がミレットに向けて話し出した。
「申し訳ありません。遅くなりました。ルカ様を優先させて頂きましたので」
「ってことは、ルカ姉は無事ってことだな!」
「はい。左様でございます。この者たちはいかが致しますか?」
その者の声的には女性だ。
「どうすっかな~達也、どうする?」
「どうするって言われてもなぁ……」
「おいおい、領主だろ……?」
確かにミレットの言うとおりだ。
「うーん……とりあえず、コイツらは下っ端だろうから雇い主を吐かせる……。そうすれば黒幕が分かるだろうからな」
「その後は……?」
「その後は?」と言われても正直困る。
まぁ、タダでは済ませるつもりは無い。
「どこの手先なのかにもよるけど、こいつらは逃がすか殺すか……こっちの監視下にずっと置くか、の三択かな?」
「逃がすとか監視下に置くのはまぁ、何となく分かんなくはねぇけど……「殺す」って……案外、達也って怖ぇんだな?」
目を見開いてミレットがびっくりしている。
「何も不思議なことじゃないだろ? 領主の屋敷を襲ったんだからな……。それにミレットだって言ってただろ?『この屋敷を襲ってタダで済むとおもうんじゃねぇぞ!』って」
「ああ、アレは『隠者』に位置を知らせねぇといけなかったからな」
ミレットはそう言うと俺に背を向けてその隠者たちを掌握し、指示を出し始めた。
すると、三人のうち二人は見張りをしていた男たちを連行して行き、もう一人はミレットと共に戻ってきた。
その者は先程までつけていたフードを取っている。その相貌は小柄な女の子といった感じだが、水色の髪と俺を見る紫色の目が周囲の温度を一気に下げた気がする。
「この機会に紹介しておかねぇーと多分、会う機会がねぇーだろうから紹介するな? こいつはマレルっていうんだ」
ミレットが気さくに肩へ手を回すが、その少女、マレルは微動だにしない。
「領主様、お初にお目にかかります。リテーレの隠者、統括のマレルです」
「ああ……俺は達也。初めまして」
なんだかすごく感情の起伏が薄い子だな~とマレルを見て思いつつ、疑問を二人に投げた。
「というか……その“隠者”って何なんだ?」
「まぁ、言ってみりゃあ~うーん……工作部隊、かな?」
「工作部隊……?」
「そう! つまり、偵察、破壊、暗殺、誘拐などなど手広くやってくれる隠密行動が得意な特殊部隊さ」
そうミレットが説明するとマレルが深々と頭を下げた。
「ご要りようの時は何なりとお申し付けください」
「ああ……わかった。いざって時は頼むよ」
「はい」
トコトン表情が変わらない。むしろ、怖いなこの子……。
俺の視線を察してか、マレルは事務的な話に話題を変えた。
「領主様、今回の襲撃者は合計8名でこちらの被害はゼロ。動きや行動から推測する限り、三流の賊だと思われます」
「そこまでわかるのか!?」
俺が驚いているとミレットが呆れたように語り出した。
「あのなぁ……達也。マレルはありとあらゆる戦いを駆け抜けてきたから見分けるのなんて朝飯前なの!」
「お褒め頂き光栄です」
マレルは静かに一礼する。ミレットは軍事長官ということもあってか、どこか誇らしげだ。だが、そんなミレットの雰囲気も一瞬で変わった。
「……マレル、あいつらへの尋問はアタシがするから、準備出来たら呼んでくれ」
「了解です。各員に伝えておきます……では、私はこれで」
マレルはそう言い残してテラスから部屋を出ていった。その後、リテーレ軍の警備部隊が屋敷に到着し、厳重警戒態勢が敷かれたまま夜が更けていった。
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