第13話 ミレットの本音
グレルが帰った後、俺は再び自室へと戻り、ルカの様子を伺う。
どうやらまだルカは依然として眠ったままの状態だった。
ルカに付き添っていたミレットは、ベッド脇の机で昨日と同じように本に囲まれながら何かを書いている。何を書いているのかと後ろからそっと近づいて覗き込むとそこにはルカが紡いでいたような魔術の詠唱文が並んでいた。
まじまじとその文字を観察しているとその視線に気付いたミレットは本をパタンと閉じ、素早く振り返った。
「な、何見てんだよ! アタシは勉強してるんだからみるんじゃねぇよ!」
「ああ……悪い悪い、つい好奇心で」
ミレットはこっちを睨んでいる。俺としては見て悪いものは何も見てないし、隠さなくてもいいと思うんだが、盗み見していたことがミレットの気に触れたらしい。
「(女心って言うのはとことん難しい物だな……)」
そんなことを思いつつ、俺はミレットの横に座って本題を切り出した。
「勉強中に悪いんだが、半年前にゲレーダ軍が攻めて来た時の事を教えてくれないか?」
「ほぉ~? いいけどさぁ……? 条件がある!」
意味深な首の傾け方をしている。
嫌な予感しかしないが、ゆっくり聞く機会は今しか無いかもしれない。
「まぁ、言うだけタダだから言ってみな?」
「条件つーのは……! アタシが達也の話に付き合って、課題が終わらなかったって事をルカ姉に証言してくれる事! 確約してくれるんなら話してもいいぜ?」
なるほど、俺を盾に使おうということらしい。それくらいならお安い御用だ。
それにルカだって人間なのだから体調が悪い時にはガミガミ言うまい。
「わかった。その代わり、きっちり話してもらうぞ?」
「わーってるよ! でも……正直、アタシも思い出したくも無い事なんだけどさ」
「(思い出したくない……か)」
半年前の戦いでは余程の事があったのだろう。
俺も聞く覚悟を決め、ミレットを執務室に呼んで話を始めた。
「んじゃあ、まずは戦いが起こったきっかけは?」
「そんなのねぇよ!」
「は?」
バッと言い放たれた言葉に一瞬、戸惑っているとミレットが話を続けた。
「はぁ……要は奇襲だよ! 奇襲ぅ!」
「奇襲?」
「ああ。旅人を装ったゲレーダ軍の兵士が一気に村を制圧しちまったんだよ」
「えっ……!? でも、その村はいわば、戦いの最前線だった場所だろ? 兵士は何をやってたんだ?」
戦いが起こるかもしれない場所には普通、兵が多く駐留しているはずだ。
それなのに、制圧されたというのはおかしい。
「それは……。村人を盾にされちまってみんな動けなかったんだよ……」
「まさか……!」
その言葉を聞いて俺はいやな想像を膨らませる。
「まさかのまさかさ……。あいつらは『武器を捨てろ、さもないとこいつらを殺す』って、脅して兵士を無力化したのさ。アタシたち本隊が着く前にな……」
確かに……それなら小規模の軍でも制圧する事は難しく無いだろう。
「……ってことはミレットやルカが到着した頃にはもう」
「そう、お察しの通り。もう村は制圧されちまった後だったんだ……それに加えてあの指揮官のデブ野郎は、領主の首を出せば村人は殺さないとか何とかと……ほざきやがったんだ!」
指揮官レオル・エバースのことだろうか?
グレルの話を聞く限り、レオルなら確かにやりかねないかもしれない。
「もしかして、その指揮官ってレオル・エバースっていう奴か?」
「ちげぇよ……あの場に居たのはトリー・ゲレーダ、ゲレーダ領のクソ領主だ!」
ミレットの感情がヒートアップしている。
そして、俺のほうを真っ直ぐ見てこう言った。
「あのクソデブ領主はゴミだ……クズだって言っても良い! だって……アタシ達の前で村人を焼きやがったんだからな!」
グッと拳に力を入れて下を向きながらそう言い放つミレットは昨日、見たような無邪気な少女とはまた別なものだった。
「あんなものを見せられたら、誰だって動揺する……。だから、あの場ではもう「撤退」以外に何も選択肢はなかったんだ! もちろん、ルカ姉は『私が死ねば村人たちが解放される』って言って、行こうとしたけどさ……」
ルカの場合、自分の命はあくまで二の次なのだろう。
「すべてはリテーレのため、領民のために」という思考が先に動く。それがルカの良いところでもあり、致命的な所でもある。それは1日しかルカを見ていない俺にも何となく分かる。
今回の話に関しては軍を撤退させたミレットは明らかに正しい。その場に留まっても犠牲者を増やすだけだし、ルカという絶対的な駒が消えてしまえばリテーレ領は一瞬にして崩壊していただろう。
「アタシが全て悪いんだ……あの時、もっと早く動きを察知できていればこんな事にはならなかったかもしれないのに……」
ミレットは落ち着きが取り戻せていないようで目元には僅かだが涙が出ている。
「いや、そんなことは無いだろ……。ミレットはミレットなりの最大限の仕事をしたはずだ」
「でも、アタシがもっと早く行動出来ていれば制圧される前に着けたかもしれないんだ! それに、アタシには力が……力が無かったんだよ! 力があればあんな奴ら、なんか何とかできたはずなんだ!」
ミレットは完全に下を向いて顔を隠してしまった。
彼女とて、ルカと同じ歳若き乙女なのだ。人を殺された場面を思い出せば情緒が乱れても無理は無い。あくまで推測だが、ミレットは力が欲しいからこそ、ルカに弟子入りをしたのだろう。その向上心は間違ってはいない。
だが、ミレットはその考え方を間違えている。起こってしまった事を悔やむことも確かに大切だ。でも、それ以上に自分を無闇に責めるよりも今後どうするか、どう向き合っていくかが重要なのだ。
だからこそ、俺はハッキリと言った。
「……俺はお前じゃないからその痛み、そのつらさはわからない。でも、もう終わったことは取り返しがつかないだろ? だったら、今のミレットが最善を尽くす事こそが大切なんだ。その惨劇を二度と起さないように……」
「アタシだってそれくらいのこと……わかってる!」
「でも、未だに割り切れないんだろ?」
俺がすぐ質問を投げかけるとミレットは、図星を突かれたためか黙りこくった。
だから、今度はミレットの肩に手を添えて諭すように言った。
「そういう時は自分が出来ることを少しずつこなして行くしかないと俺は思う。その経験から何を学び、何を理解したか考えて自分にとって「納得の行く決断をする」それしかないんだよ。答えなんてものは人生にないからな」
「うぐっ……でも、アタシは誰も守れなかったんだ……」
ミレットは遂に前のめりになって泣き出してしまった。
「泣きたいときに泣きまくった方が心も晴れるもんだぞ……」
俺はそう言いながらミレットの体を抱き寄せた。
「(俺も分かってるんだ。『納得のいく決断』なんてないことくらい。でも、俺の言葉で前を向いてくれるならそれでいいんだ)」
その小さな頭を撫でつつ、泣き止むまでしばらくの間、そう考えていたのだった。
しばらく泣き続けたミレットも時間が経つに連れて、少しずつ落ち着きを取り戻していくのが分かった。頬はまだ赤いものの、表面上は元のミレットに戻っている様に見える。
「もう大丈夫か?」
「……うん。大丈夫。タツヤ、ありがとうな?」
力なく答えていたが、つらさを経験している者は芯が強いものだ。
ミレットならきっと大丈夫だろう。
「よし。じゃあ、俺の部屋に戻るぞ」
ミレットは黙りながらも頷き、部屋へと戻ったのだった。
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