第2話 異世界の姫と兵士

「ん……。ちきしょう、嫌な夢だ……」


目を瞑ったままの状態で目覚めた俺はひとつ、ため息を付いた。

今日の目覚めは正しく、最悪だ。いつも以上に頭が痛いし、気分も悪い。

眠ったはずなのにドッと疲れるような倦怠感を感じる。


「うん……? 寒い?」


最悪な夢から『異常な寒さ』で目覚めた俺は薄っすらと目を開ける。季節はそろそろ夏を迎えようとしている。だから、まず『寒い』なんて事はありえない。


「は? なんだよ、ここ……」


目を見開いた瞬間、思考がピタリと止まった。なぜなら、目の前に広がっていたのは澄んだ青空と太陽の光だったからだ。


「な、なんで……というか、意味が分からなすぎるだろ」


慌てて飛び起きた俺は辺りを見回すが、そこは全く知りもしない石レンガで作られた塔のような場所だった。現実離れした風景に『まだ夢の中かもしれない』と思った俺は、自分の頬っぺたを自分で抓ってみる。


「っ……痛い」


どうやら、紛れもなく現実であることを痛みをもって知った俺は、寝ていた石台からゆっくりと降り、塔の外壁に近づく。周囲は森に囲まれており、遠くの方には人が住んでいそうな建物がいくらかある事が分かった。


「でも、どう見てもあの建物、現代の建物じゃない。何があってこうなってるのか状況がサッパリ、分から――って、おいおい! こ、これは……」


これからどうしたものかと考えながら石台の方へふと視線を向けたとき、あるモノが目に入った。


六芒星ろくぼうせい……? マジかよ」


その瞬間、『自分がアニメや漫画に紛れ込んでいるのではないか』という考えに行き着く。しかし、そんなファンタジー世界に自分が居るという実感が全く無い。


「(仮に、ここが『アニメや漫画みたいな世界』だっていうなら話を進める誰かが出てくるものだろ? 出て来ないってことは現実なのか? ……いや、現実離れした場所で目が覚めてるんだ。到底、嘘だとも思えない)」


顎に手を当てその場で自問自答するが、確固たる証拠がいくつもあある。

ここが『異世界』である可能性は極めて高い。


「……とりあえず、動くか。この塔から出ない限り、何も分からないしな」


事態を打開するために考えることを止め、塔を降りるべく動き始めた。

塔の最上階から内部に続く道は綺麗に掃除されており、壁には所狭しと古代文字のようなモノがびっしり描かれている。その光景はまさに圧巻だった。


「スゲェけど、これはさずがに冗談だろ……?」


だが、それ以上に驚かされたのは塔の内部に入った途端、現れた螺旋階段だった。

幾重にも重なり下が見えない。その段数は優に千段以上はあるだろう。


「ったく、いくら何でもありすぎだ……」


愚痴を零しながらもゆっくりと階段を降りてゆく。所々に小窓が付いていて景色に飽きはしなかったが、こんなに多くの階段を下ったのは生まれて初めてだ。


「ふぅ、やっとか」


数分かけてようやく出口が見えたとき、不意に入り口から誰かがこちらを覗き込んでいることに気付いた。


「あ、あのっ!」


声を掛けた瞬間、その人影は塔の外へと消えて行ってしまった。俺は慌ててその人影を追って階段を駆け下り、塔の入り口から外へと飛び出す。


「なっ……!」


しかし、俺はその先に広がる光景に息を呑んだ。

塔へと続く石造りの道には一人の少女と30人程度の兵士たちが整列し、片手、片膝を地べたにつけ、跪いた状態で俺に対して頭を垂れていた。


先頭の少女はまだ幼さの残る中学生くらいの容姿で淡く透き通るようなピンク色のロングヘアーにフリルがついた白のワンピースを着ており、清楚さが雰囲気として伝わってくる。その一方で後ろに控えている兵士達は、少女とは真逆だった。全員がレザーアーマーのような防具を身に纏い、腰には刀を装備している。


正しく、その光景は『異世界の姫様と屈強なる兵士たち』というイメージを髣髴させるものだった。


俺と先頭の少女は少しの間、無言で目と目が合う。やがて、その少女はアクアブルーの瞳で俺を見つめながら必死に助けを求めるように声を出した。


「選ばれし偉大なる領主様、どうか私達をお導きくださいっ!」

「えっ……? あ、えっと……ごめん。状況がつかめてないんだ。まず、君は?」

「し、失礼しました! 私は前リテーレ領領主、ルカ・リテーレと申します! ルカとお呼びくださいっ!」


慌てて名乗った少女、ルカはガチガチに緊張しているらしく、地に付けている手が微かに震えている。その様子から酷く怯えているのが分かった。


「ああ。えっと……とりあえず、自己紹介だな。俺は倉敷達也。俺の事は達也って呼んでくれ」

「は、はい。かしこまりました。達也……様」


どことなくぎこちない彼女の返事を聞きながらも俺は事態を把握するために本題へと話を振った。


「それじゃあ、ルカ。色々と整理させて欲しいんだけどココは異世界――つまり、『俺が居た世界とは違う世界』ってことで合ってる?」

「はい、その認識で間違いありません。私がこの『言無死の塔』で召還魔術を使い、達也様を召還させていただきました」

「やっぱりか。……ということは、俺が「元居た世界に帰りたい」と言っても帰れないってことだよな?」

「そ、それは……」


ルカが言い淀む姿を見て、改めて自分のおかれている状況を理解したが、事態はそう簡単ではなかった。


「達也様……残念ながら元居た世界へ戻るのは『不可能』でございます。確かに、この世にはそのような類の魔術も在りますが、リテーレ家が代々、引き継いで来たこの『言無死の塔』には再転移を行おうとしても無効化されてしまうという一種の呪いがありまして……その……つまり――」

「いくら足掻いてもこの世界からは抜け出せないってことか?」

「はい、その通りでございます……本当に、本当にに申し訳ございません!」


ルカは地面に額が付くほど深く頭を下げる。

俺はその様子に一旦、目を閉じてからゆっくりと口を開いた。


「……状況は大体、掴めたよ。で、ルカ。俺は何をすればいいんだ?」

「え? えっと……その、怒らないのですか?」


ルカは恐る恐る俺の様子を伺ってくる。俺が『現実世界に帰れない』という事実を知って怒鳴り散らすと思っているのだろうか。ルカの表情からは動揺も見て取れる。しかし、俺にとってこの事態は決してマイナスではなかった。


例え、生きる世界が変っても夢さえ実現できればそれでいい。それに現実世界で俺は何か実績を残してきたわけでもない。仮に『こっちの世界で暮らせ』と言われてもゼロだった事が、ゼロに戻るだけの事にすぎない。


何より、知識や経験も記憶としてきちんと残っている。つまり、俺としては「この世界で夢を叶えるんだ」と割り切ってスタートを切り直せばいい。それだけのことだ。


「怒って欲しいなら怒ってもいい。けど、俺が怒っても何も解決しないだろう?」

「そ、それは……そうかもしれませんが……」

「なぁ、ルカ。今、意図的に俺から目線を逸らしただろ?」

「そ、そのようなことは決してっ……!」


ルカは慌てて繕おうとするが、目が泳いでいてさらに動揺しているのが丸見えだ。


「はぁ……要するにルカは最初からこうなると分かっていた。だけど、それでも召還を実行せざる終えない状況だった。……違うか?」

「っ……! 返す言葉もございません……」

「俺はこの状況を受け入れるつもりでいるんだ。だからもう一度、聞くぞ。俺はどうしたらいい?」


俺がそう問うとルカはまた深く頭をさげた。


「……重ね重ねの無礼、申し訳ありません。では単刀直入にお話いたします。達也様には危機に瀕しているリテーレ領を領主として救って頂きたいのです!」

「領主として……か。正直に言うが、うまく行く保証はどこにも無いぞ? 俺には領主をした経験も無ければ武術の心得もほとんどないんだ」

「いえ、大丈夫です! きっと達也様ならこの領土を救うことができます!」


ルカは自信満々にそう言うが、俺にはその根拠が分からなかった。今まで何度か、ステラテジー系のゲームを遊んだ経験はあるが、そこまで自信がある訳でもない。


それに俺は今までの人生で誰一人、救ったことがない。それなのに『領土を救え』などスケールがあまりにも違いすぎる。さらに言うならば、ルカが領主という肩書きまで捨てて俺に助けを求めるという事は相当、やばい状況に立たされているのは明白だ。


「(リスクを考えれば受けない方が身のためだ。でも、助けを求めている人間を見捨てることなんて俺にはできない)」


俺は少しの逡巡の後、覚悟を決めた。


「……分かった。どこまでやれるか分からないけど、やってみるよ。ただ、俺はもの凄くこの世界に疎い。だから、いろいろなことを教えて欲しい」

「は、はい! 承知しております。これからよろしくお願い致します。領主様」

「堅苦しいのはなしでいこう。それと一体、リテーレ領はなんで危機に瀕しているのか詳しい事情についても知りたいんだが――」

「あっ、その……何と言いますか……いろいろと込み入ったお話になりますのでリテーレ家の屋敷に着いてからお話してもよろしいでしょうか?」


ルカは言葉を濁す。その表情はどこか思いつめていて目線も下を向いていた。

きっと、ココでは話せない類の話なのだろう。


「分かった。それで構わない」

「ありがとうございます。ではすぐに用意を――今より領主様と共にフィーリスの屋敷へ戻ります! 直ちに馬車の用意を!」

「はっ!」


一礼して振り返ったルカは兵士たちに向けて命令を飛ばし、塔へ続く道に馬車を用意させたのだった。

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