世界と共に滅ぶ者


 町の中心に立つデジタルサイネージはこんな非常時にもかかわらず、煌々と輝いている。そんな光景に笑いが零れた。世界なんて、変わらない。


私が学校からくすねた拡声器を、ルリトは助手席から取り出して私に放り投げた。

「誰も殺させないんだろ。退避警告、してよ。」

ルリトは少し笑った。

「自分でやればいいじゃない。」

「ねえ、墜落するんだけど。」

「もう、照屋さん、」

「は?嘴へし折るぞ。」

カモメは一度だけ豪快な咳をして、拡声器のスイッチを入れた。

「パピヨンの皆さあああああん、今からこのバカでかいテレビ、ぶっ倒れまーす!死にたくなかったら!逃げてえええええ!」

「ははは、なんだよ今の。」

塔が煙をあげる。動作不良を起こしたように、パチパチと火の粉が弾ける。

紫色の翅が、風に揺れていた。ああ、わからないわけがなかった。カラスが俺たちを見上げていた。その赤い瞳に、煌々と燃えるデジタルサイネージが映っていた。彼の漆黒の短髪が、火の粉とともに夜風に靡く。カラスは、笑った。まるで無邪気な子供のように、笑った。俺は心底、泣きたくなった。青い瞳と赤い瞳の視線が交わった。目を逸らすことができず、濡れたままの瞳で彼を見返した時、彼は穏やかに笑ったあと、何かを言った。その口の動きだけをとらえることができた。まるで希望を託すように、笑うんじゃねえよ。いい年こいた大人がさ。

「Boys, be ambitious」

カモメが呟く。

「なにそれ。」

「あんたには勿体ない言葉よ。」

「なら、知りたくもない。」

ルリトは、小さなボールのリングを外して真下に投げた。

デジタルサイネージの首が無様にへし折れる。真っ赤な炎がネオンだらけの塔を包み込んだ。あっけないものだった。俺たちを支配した世界は、こうも簡単に、消えていく。

金も、権力も、何もかも、革命される世界に抗えない。デジタルサイネージに映った、黒い姿の亡霊たちを思い出した。さようなら、死んでもなお、あの塔に標本にされるなんて、そんなこともうしなくていい。ただ安らかに、眠ってください。


「あなたも、そんな風に笑うんですね。」

誇り高き蝶は、まるで幼い少年のように笑っていた。それが、スミナガシにやるせない感情を抱かせた。彼はこの世界のすべてだった。なのに、こんな風に笑う。そんなのはあまりに、勝手すぎる。

「深山サン。」

愛弟子が穏やかな声で師匠の名を呼ぶ。振り返ったカラスに向けられていたのは、沢山の同胞を、その命令で撃ち落としてきた黒い銃口。

「どういうつもりだ?スミナガシ。」

深山はスミナガシを試すように笑って見せた。やっぱり、一筋縄ではいかないらしい。

「深山サン、こんなくそったれた世界、俺とアンタで終わりにしようぜ。」

見据えた標的が、ふるふると揺蕩っているように見えた。他でもない自分の指先が、温度を失って震えていたからだった。恐い、なんて言ってやるもんか。俺はお前の仇を討つ、この世界に、俺自身に。


スミナガシは、引きつる頬で笑って見せた。



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