友達になりたかった



 そこには、大小さまざまな水玉模様のフードを目深にかぶった少年がいた。微かに見える水色の瞳が、その美しさを物語っていた。

「君が、男女川カモメ?」

フードをとった少年の、色素の薄いサラサラした髪、水色の瞳と今すぐ消えてしまいそうな肌の白さが綺麗で、私は思わず息を呑んだ。

「ええ、そうよ。」

「案内するよ。おいで。」

そう言うと、少年は階段を上る。

「君は、どうして外に?」

「あの子から聞いてない?」

「うん。あいつは僕に何も教えてくれないからさ。」

「私は、海へ行きたいの。」

「海?」

「そう、私たちが生まれた海。私はこの世界から花を解放したい。花に縛られた雛鳥を解放したい。もっと、自由になるために。」

「そのために何頭殺したの?」

「一頭も、殺してない。」

「一頭も?」

「私は誰も殺したくない。私は誰一人殺さないで、誰一人傷つけないで、あの場所まで行きたい。」

「君は、平和主義者なんだね。」

美しい蝶は、こちらに振り向いて、階段を下りる。私の一段上に立つと、私より小さい彼の背が、少しだけ高くなって、不思議な感じがした。

「血を流さない革命が、本当は一番美しいものだって、僕もそう思う。誰も傷つかないで、誰も悲しまないで済むのなら、それが一番いいに決まってる。」

「あなたもそう思うの?」

「うん、パピヨンの中にだって平和主義者がいるんだよ。ユリカモメに君みたいなオカシイ奴がいるように。」

冷たく綺麗な指先が、私の指にそっと触れる。こころがふわふわ浮かんでいるみたいで、落ち着かない気持ちになる。

「こんなことを話すのは、野暮だけど。もし君と、同じ世界で出会えてたら、蝶と鳥なんかじゃなく、もっと違う、同じものとして出会えてたら。」

色素の薄い睫毛が、穏やかな瞳が、微かな光を反射して煌めいて、その言葉の続きを、期待した。

「僕たちきっと、いい友達になれたと思うんだ。」

「今から友達には、なれないの?」

顔を上げると、その端正で儚げな顔面が目の前にあった。その瞳は冷ややかに私を射抜く。穏やかな波の水中に、激情の炎を携えて。

逃げる暇さえなかった、逃がしてなどくれなかった。

柔らかな感触がした。冷たい色の、生温かい生の感触だった。それは、わたしの下唇に軽く触れ、なぞるように這い上がる。一度だけ、確かめるように押し付けると、彼はゆっくりと私を放し、瞳を上げた。


「どうしてルリトは、僕じゃなくて君なんだろうね。」

この少年の言葉が、仕草が、表情が、視線が、ひどく恐ろしいと思った。きっと、殺されるよりも恐ろしいと、鳥肌が立った。私は今、恐らく誰にも見せたことのない彼のどす黒い感情を、向けられている。そして、怯えると同時にすべてわかってしまったのだ。この蝶は、きっと、こうするしかなかったのだと。どうすることもできない『好意』という感情を、マイナスの形にして私にぶつけることしか、それしかもうできなかったのだ。

 なんて健気で、哀れで、最低なのかしら。

「あなたは、ルリトが好きなんでしょう。」

「…君とは、いい友達になれたと思うんだ。こんな風に出会わなければね。」

「最低。」

「君の話していることは、何一つ間違ってない。正しいことだよ。でも、それが、僕にはおとぎ話みたいに聞こえるんだ。君は、世界を知らなさすぎる。卵の中で守られながら生きてきたんだろう?何も知らない雛鳥でも、許されてきたんでしょう?」

ガラス細工みたいなその瞳が、私を掴んで離さない。逸らしたくても逸らせない。

「いいなあ、君は。僕も君みたいに、綺麗なままで生きていたかったよ。」

その瞳が、あまりに切実すぎたから。悔しいけれどもう何も、言えなくなってしまった。

「何も知らない君が、何不自由ない君が、僕からあいつを奪うなよ。」

その声が鼓膜に響いた時、気づけば私は泣いていた。どうしてだかよく、わからなかった。

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