蜜蜂と蝶の少年


『君を好きでいることの、いったい何がいけないことだというのだろう。』


ドーム状に広がるガラスの天井を眺め、忠誠の蜜蜂は桃色の花の花弁を撫でた。

蜜蜂の少し遠くで、ルリトが銃の手入れをしていた。

「ねえルリト、あなたの目に映る世界と、私の目に映る世界が違う色彩を持ってるって、そう考えたことはある?」

「は…どういうこと?」

「カモメが見てる花と、ルリトが見てる花。そしてあたしが見ている花は、すべて違う形なんじゃないかってことよ。」

そう蜜蜂が答えると、ルリトは訝しげに首を傾げた。蜜蜂は続ける。

「花は七変化。見る人によってその表情を変えるものよ。」

蜜蜂は立ち上がって階段を降りた。歩くリズムに合わせて、花びらのようなスカートの裾がひらひらと揺れ動くのを、少年は無意識に目で追った。

「同じ花でも、種類がある。例えば、カサブランカ、サルトリイバラ。それに、コルチカム。」

蜜蜂が一度指を鳴らすと、一輪の花を取り囲むように、白い花が無数に現れた。その立ち姿は雄弁で、他の花と一線を画す美しさがあった。

「彼女の名前は、カサブランカ。」

蜜蜂はもう一度指を鳴らす。すると、今度は一輪の花にバリケードができあがる。何重にも絡まった蔓を彩るように、小さな赤い実が実る。

ルリトは拒絶するように顔を背けた。その反応を楽しんでいるかのように蜜蜂は微笑した。

「死にたがりは、楽しい?」

「…うるさい。」

蜜蜂はもう一度指を鳴らした。

一輪の花に向き合うように、薄紫色の小ぶりな花が一輪、現れた。先ほどの大掛かりな演出とは打って変わってシンプルなその登場に、ルリトは少し拍子抜けした。

「すべて、同じ科の花よ。なのに見た目も何もかもが違う。理不尽よね。でも、知ってる?コルチカム、この子にだけは他の花にはないものがある。」

蜜蜂は振り返ってルリトを見つめた。答えてみろ、と言いたげなその瞳の奥の水晶体はがらんどうで、ルリトは少しだけ身震いした。

「毒よ。かわいらしい花の内側に、生物を殺す毒を持っている。」

忠誠の蜜蜂は、薄紫色の花を摘み、その微かな甘い匂いに酔うように、瞳を閉じて微笑んだ。

『僕の最良の日々は、過ぎ去った』

「彼女は、世界のすべてだったのよ。彼にとって。」

「何の話だよ、」

「ある恋のお話。花が記憶している最初で最後の憧憬。」

蜜蜂の話すことは、花の番人らしく掴みどころがなく、よくわからない。こうなっては誰も彼女を止められないのだ。少年は大人しく話を聞いてやることにした。

「二人はよく、白い砂浜を散歩したの。何月だったか、もう忘れられてしまったけれど、少し肌寒い季節。水色の低い空と、鈍い光の季節。彼の、彼女に関する記憶は、それが最後。」

「その人は、死んだのか?」

「わからない。消えた、というのが正しいのかもしれない。だって彼の記憶はそこで途絶えている。」

「残されたそいつは?」

「それも、わからない。けれど、今でもあの浜辺で、彼女の姿を探している。」

そう言って蜜蜂は遠くを眺めた。その視線の先に、彼女は確かにその海を見ているようだった。

「ねぇ、蝶は、標本にされるでしょう?花も、押し花にされる。なんだか、似てるわよね。それって、どんな気持ちなのかしら。」

「悪趣味。どんな神経してるわけ?」

「ごめんなさい。あなたに聞くのは、失礼だったわね。でも、気になったの。」

「『花のことならなんでも知ってる』んじゃなかったっけ?」

「そうよ。だって彼女は押し花にされたことがないもの。」

蝶の子供はその言葉に面食らって顔を歪めた。やがて諦めたようにふっと笑った。

「生き方も自由に選べないのに、死んでも自由になれないなんてのは、酷だよ。」

「でも、花を、蝶を愛でている誰かにとっては、生きていることも死んでいることも変わらない。そこに美しいものだけがあるということに意味があるわ。」

「ああ、その通りだよ。でも、それは第三者の理屈だよ。それは、俺たちを消費して、モノとしか考えていない奴らの、理屈。」

「確かに、標本も、押し花も鑑賞する第三者に都合のいいものであって、当事者にとっては気味が悪いわね。でも、こう考えてみて?…そうね、いわゆる一つの愛の形として。」

その言葉で、明確になった。蜜蜂は、盲目だ。

「どうしても好きだから、死んでも永遠にしたかったのよ。」

その瞳に花以外のものは映っていなかった。蝶も、鳥も、こいつにとってはすべて、どうでもいいんだ。

「あんたは狂ってるよ。」


「綻ぶときも、滅ぶときも。私は花とともにある。」


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