盾翅ルリトは世界からあの花を破壊します


「宣誓、立翅ルリトは世界からあの花を破壊します。」


資源の足りない街。生まれてくる幼子は満足に食物を食べられないまま蛹になる。硬くなった繭を破る力を持たない彼らは美しい翅を携えて再度生まれてくることはない。

街の中央に眩く光るデジタルサイネージが貧富の差を物語っている。ノイズ交じりの画面にはコバルト・パピヨンの新兵器のコマーシャル。

俺たちは、ひどく歪な形をしている。あるものは毒を持ち、あるものは棘を持つ。それはすべて、世界から身を守る唯一の武器だった。

俺たちはいつか、蛹になり、蝶になる。美しい翅を手に入れる代わりに毒と棘が死んでいく。俺たちはあの白い花へ飛び立つ。

この世界は少し、狂っていると思う。

沢山の蝶があの白い花を支配するために飛んでいった。

青い翅の残骸の雨。青い翅と赤い翅の俺たちの未来は、死んだ顔して今日も街を歩く。

「なに、ボーっとしてるのさ。ルリト。」

「…ごめん。」

「準備はいい?」

「ああ、」

「OK、じゃあこれが散ったらスタート、」

腰に巻いたベルトからピストルを取り出した。近距離攻撃特化型サイレンサー、黒い蝶にサイレンサーは欠かせない。

幼馴染との勝負にわざわざこんなものを持ち出す、俺を訝しむ魅色の顔が浮かんだ。魅色はまるでステンドグラスのような欠片を空中に投げた。

サイレンサーを構えた自分と違って魅色は身体ひとつだった。腰の帯に補充した爆薬を投げれば一発だからだ。

つまり、スピードの勝負だ。魅色が爆薬を投げる前に距離を詰めて脳天にサイレンサーをぶち込むか、それとも毒に侵されて死ぬか、の。

タテハチョウの強さはどこまでもその速さにある。

小さなガラスがきらりと光って、地面に打ち付けられようとした。

その時、

俺は地面を蹴ってあいつの胸倉を掴んでサイレンサーを当てた。

「そう来ると思ったんだ。」

魅色は楽しそうに呟いて俺の首筋にナイフを突き立てる。しまった、まずい、と思った時にはもう遅く、魅色の水色の瞳が眼前にあった。柔らかい唇の感触。それと同時に自分の敗北を思い知った。口内に毒を仕込まれて、実践だったら死んでいた。

サイレンサーを握る手の力が弱まり、あっけなく弾を装填したそれは地面に落ちた。

「どう?捨て身の攻撃、」

魅色は俺を離し微笑んだ。そのまま倒れこんだ俺を、魅色は支配したかのように恍惚とした表情で眺めた。

「はーい、ストップ。」

聞こえてきた声に振り返ると、第七部隊の奴らが立っていた。

「ゲ、スミナガシ。」

「石崖兄さん、見てたの?」

「なんだよ、年上には敬意を払え。クソガキ、」

「ま、二十五点てとこかな。」

第七部隊のスミナガシと石崖。スミナガシは黒字に青と緑の丸いガラスを嵌め込んだようなコートを着ていた。石崖もその名にふさわしい、まるで和紙のような繊細なコーディガンを羽織っていた。裾の方には宝石の原石のようなものが鈍く光っている。

「スミナガシなんかこの前までツノ生えてたじゃん。」

「俺の醜い過去を語ってくれるな、」

「やっと登頂命令が出たんだ。」

石崖が穏やかに言うと、魅色が息を呑んだのがわかった。

「なに、死にに行くの。」

「お前まだそんなこと言ってたんだな。」

「なんだよ、」

「ルリト君は子供だなあ。」

「健闘を、祈ります。」

「ありがとう魅色、そんなにかしこまらなくたっていいのに。」

「そうだよ、別に死ぬって決まってるわけじゃねえ。」

そうスミナガシが笑うと、砲弾を打ったような鈍く重い音が聞こえ大地を揺らした。

赤、青、黄、橙、黒……色とりどりの色彩はすべて見覚えがあるものだった。数秒前まで美しい曲線を描いていたそれらは、あっけなく欠片となって、俺たちの真上に降り注ぐ。ちらりと盗み見たスミナガシと石崖の表情は穏やかで、もうすべてを覚悟しているような、そんな風に目が据わっていた。なのにどこか、強さがあって。

俺は心底。軽蔑したくなった。

大人は平気で嘘を吐く。見え透いた嘘。そして俺たちに、生きろ、と嘯く。滑稽だ。

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