第3話 旅日記の一ページ 2
ハルトはその話を聞くやいなや急いで荷物を纏めると、代金を投げ出し酒場を飛び出し脱兎のごとく駆け出しいた。
亭主の話が頭の中で響く。
《「今この国の協会が動きだしてな。となりにある小さな村……何だったか……そう! リュヘンって村を異端の村だと言うこって、騎士団が出兵するんだとよ。」》
ハルトは外に留めてあった馬の縄をほどき、跨るとすぐさま駆け出す。
ここは北国とも呼ばれる『バルンテール』。そして、その隣にある小さな村こそが『リュヘン』だ。
リュヘンでは北国ならではの麦栽培が主流であり、秋に種を蒔き、冬を越して春に芽吹き、夏期には収穫し、それを祝う祭りが開かれる。
その光景は、人と時間が共に手を取り合って歩んでいるようにみてとれ、それだけの歴史のある古い村だ。
そう、そのリュヘンこそ、昔、ハルトが住んでいた村の名だった。
「なんでだ!!くそ!!!」
"そんな古い風習が嫌だ"と言って飛び出したハルトだが、実際はそんな事はなかった。
人々の優しさが溢れるあの村を嫌うなんてできなかった。
ただ、それでもしたい事があった。それだけだった。
「くっ、、、、」
ハルトは不意に感じた頭痛に顔をしかめる。
さっきも感じたこの感じ。
亭主からこの話を聞いた時にも感じたが、その痛みは強くなっていた。
記憶が……ある景色が頭をよぎる。
昔のリュヘンの麦畑で駆けている自分と一人の少女。
獣の純白の耳と尻尾に緋色の眼を持つ少女。
漠然とした淡い色の記憶が霞みがかりながら
麦畑を駆けていく風景。
頭痛の原因とは考えられないのどかな風景。
しかし、急に、そんな変わらない風景が急に止まったかと思うと、追いかけていた少女がこちらを見て笑っている風景が浮かんできた。
そして、その記憶の少女が笑いながら口を開く。
………《「また遊ぼうの!」》……
不意に、それは本当に唐突に、彼女の声が聞こえたその瞬間、全てが、霞みがかっていた全ての記憶が、堰板が破堤した時のように頭に流れ込んできた。
いや、鮮明、透明になったと言った方が近いのか。
唐突に起きたその現象に、ハルトは脳天を揺さぶられた拳闘士のようにふらふらと宙を見舞う。
馬も一度足を止め、主人の様子を伺うように、弱い声を上げる。
「な、なんで俺は、こんな大事な、、大切な事を忘れ、、、。」
くっ!と唇を噛みしきり、ハルトは再び馬を走らせる。
思い出した。
なぜ、今の今までこんな大事な記憶がなくなっていたのか、疑問に思わなかったのか不思議で仕方がない。
今のハルトが救い出したいのは故郷の皆だけではない。大切な、とても大切な、さっき夢にも見ていたような、あの思い出がある。
ハルトは記憶の中の獣耳の少女と一番最後に交わした言葉を再度頭の中で繰り返す。
……《「また遊ぼうの!」》……
「くそっ! 間に合え! 」
ハルトはバルンテールの門を通ると一直線にリュヘンに向かって駆けて行った。
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