「幸福」

tada

「幸福」

 私は幸せだ。幸せで幸福だ。

 だって好きな人が隣の席になったのだから。


 高校三年生の春、私の隣の席は、私がこの学校に入学してからずっと思いを寄せている女の子になった。

 メガネをかけていて、前髪も顔が見えなくなるぐらいまでに長く伸びている彼女は、一見地味で一人でいるのが好きな女子高生、といった感じなのだけど私は、この女子生徒を好きなった。


 なぜ好きなったのか、彼女との出会いは本当に些細な出来事だった。

 それは私が、まだ入学したての頃(彼女もだけど)高校に慣れていなかった私は、上級生に目をつけられてしまった。


「おい後輩。金出せよ金」

 今時こんな絡み方する奴いるの? といった感じだったけど、いざ自分がやられてみるとやはり身動きが、とれなくなってしまうものらしい。

 私は、何も喋れず何も動けずだった。

 するとそんな古くさい先輩方は、私を壁際に追い込むと勢いよく壁を蹴った。

 蹴りによる壁ドンだった。

 新境地! この先輩天才なのでは!?

 もちろんそんなことは思わず、私はただただ怖がって体を震わせていた。

 そんな時、階上から声が届いてくる。


「おい。先輩方後輩からカツアゲなんて、恥ずかしくないんですか?」

 そう言いながらメガネで前髪が長い地味系の彼女は、階段を一段また一段とゆっくり下ってきた。

 そして階段を下りきった彼女は、メガネを外し前髪を後ろで止めるとそのまま先輩方を殴った。

 腹パン肩パン顔面──特に何かのスポーツだったり武術だったりなどの殴りにも見えない彼女は、一瞬で数人の先輩方をノックアウトしてしまった。

 そんな光景を見ていた私は、半分放心状態になりながらもなんとかお礼を言った。


「あ、ありがとうございます!」

「べ、別に気にしないでいいですからー」

 私がお礼を言う頃には、彼女はメガネをかけなおし前髪を元に戻していた。

 そして元に戻った彼女は、先ほどまでの強さとは、かけ離れた彼女になっていた。

「そ、それじゃあ」

 彼女はそう言い残し帰っていった。

 そしてその時私は、彼女に恋をした。


 それから二年後私は、やっとこさ彼女と同じクラス隣の席になったのだった。

 今思い返してみると、あの先輩方も古くさかったけど、私が恋をした状況も古くさい気がしてきた。

 まぁそんなことはどうでもよくて、やっと理由をつけて彼女に話しかけられる。

 隣の席で話さない方が不自然だもんね。

 うんきっとそう。きっと。

 だから私は、この一生に一回の幸福──彼女との隣の席をめいいっぱい楽しもう、そう決意した。

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「幸福」 tada @MOKU0529

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