【第四十一走】終わりの始まりの途中の最中
俺の台詞を聞き、子供神は驚いたように目をぱちくりとさせながら言った。
「ご名答だ。よく
「――判らいでかよ」
そもそも、ユキは俺が子供神から『救済』の依頼を受けた際、一番最初に出会った転生者である。そんないわば、「もっとも身近な被害者」であるはずの彼女だけが、救済の対象ではない――などということは、考えられなかった。むしろ個人的には、ある段階から「ユキの救済はいつになるのか?」ということがずっと気になっていた。俺が今までそれを口にしなかったのは、目の前にいる馬鹿みたいに派手な着物を着た馬鹿なコイツに馬鹿にされるのが嫌だっただけだ。
思えば、自分自身の呪いを考えるとき――そこには常にユキという存在がセットでついてきた。自分の呪いが終わることを考えることは、彼女の救済が始まることを考えるのとイコールだった。
ならばいずれ、その時は必ずやってくるだろうとは思い、心の用意だけはしておいた。はたしてそれが、今日であっただけのことだ。なにも不思議なことはない。
「つくづく勘のいい奴め。いよいよもって気に食わんな」
そんな俺の
「なぁ」
「なんだ?」
俺はあえてぶっきらぼうに語りかける。
子供神も、同じだけぶっきらぼうに答えた。
「ひとつ教えろ」
「なにをだ?」
いよいよ彼女の救済が始まるのならば、これだけははっきりとさせておかねばならない。そんな思いで子供神に
「ユキは――異世界転生者なんかじゃないんだろ?」
俺は子供神の目を見つめる。
子供神も宙を漂うのをやめ、こちらを見返してきた。
「――なぜだ?」
質問を質問で返される。子供神には答える気が無さそうだった。
ならば俺にも、ヤツの質問返しに答える義理などはないのだろうが――俺はあえて、きちんと答えてやった。
「俺がこれまでに出会って話をしてきたのは、全員がこの世界の人間だった。それも十代程度の若い連中ばかりだ。なのに、アイツだけが別世界の存在だなんて考えられない」
これまでの出会いを振り返れば一目瞭然だった。
転生先は千差万別であっても、転生した彼らは、一様に若くして以前の人生を終えた者ばかりだったのだから。だというのに、「いいや、ユキだけは異世界の農民だ」などと言われて、いったい誰が信じるというのだ。
――そんなことは、とっくの昔に気がついている。
「おおかた、テメーは見た目が子供だから、そのまんま子供の転生担当の神ってところなんだろう。だとしたら、ユキも――」
俺が確認したかったのは、彼女が異世界転生者かどうかなどではない。
「ただの十代だった女の子なんだろ?」
俺が確認したかったのは。
一緒に転生者救済をしてくれた相棒だって、本当は――救われるのを待つ、年端も行かないただひとりの女の子なんじゃないか――ということだった。
「それは本人に確認することだ」
「否定しないってことは間違ってないってことか?」
「好きに解釈するがいい。なんにせよ、そのことについて我が答えるわけにはいかぬ。そのかわり――ひとつだけ、あの娘に関する事実を教えてやる。それで満足しろ」
「事実?」
「左様。あの娘を最後の救済者としたのは、貴様たちに対して、なんら特別の
「まあ、たしかにそうだろうな」
ユキは俺の目の前で転生させられた。そしてそれを最後に、子供神は他者に介入する力を失ったのだ。順番通りというのは嘘ではないだろう。
「わざわざそんなことを、どうして今になって教えたんだ?」
「これも単純なことだ。つまり」
まっすぐにこちらを指差して、子供神は告げた。
「あやつに残された時間も、そう多くはないということだ」
子供神は、いちいち持って回ったような言い方をする。神仏は、
わざわざ問い返さねばならない手間にうんざりして、ため息をつきながら訊ねた。
「――具体的には?」
「七日ほどが限度であろうな」
「ちょうど、七夕か――」
一週間。
普通なら、誰かの内心を聞き出すには十分な時間だろう。しかし、相手はあの意地っ張りという言葉が意思を持って転生したかのような性格のユキである。そんなアイツを一週間で懐柔するというのは、正直自信が無い。
まして今回は、今までの相手のようにはいかない。これまでは転生者たちを「誰かと話したいけど話せない」というストレスから解放すればよかった。言うなれば、彼らと話をすることこそが問題の解決策だったのだ。
だがしかし。
ユキは違う。
なにせユキには、彼氏という立場である俺が存在していた。
「さいですか」「さいですよ」などと、定番の掛け合いができあがるほど、気の合う相方が。
ゆえに彼女には、これまでの転生者のようなストレスは存在しないのだ。
そうそれは、先ほど彼女が言っていたことではないか。
「自分は幸せ者だ」――と。
ならば、彼女を救うというのは、いったいどういうことなのだろうか。
そもそも、転生者が残した未練を祓うことが『救済』の目的である。その未練がとどまり続けると、いずれそれに振り回されて暴走してしまうから。
幸せを感じているものに、いったいどんな未練が存在するというのだろうか?
それを一週間で突き止めて解決しなければならない。
子供神の言う通り――残された時間は、そう多くはなさそうだった。
「まったく――問題が山積みだ。試験勉強もあるってのによ」
俺が独りごちている間に、子供神はさっさと姿を消していた。
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