【第十九走】再開

「よお――ひさしぶりだな。元気だったか?」

「あいにくとね」

「そりゃ何よりだ。ずっとだんまりを決め込んでるから、いよいよ壊れちまったのかと思ったぜ」

「何よ、そんなにアタシと話したかったわけ?」

「まあな」

「あらやだ、ずいぶんと素直じゃない。ホレちゃいそうだわ」

「ホレてくれてかまわんのだぜ?」

「遠慮しとくわ」

「さいですか」

「さいですよ」


 小気味の良い会話のテンポに、思わず饒舌になる。話せなかった時間はたった1日なのに、なんだか数年ぶりのような掛け合いだ。もっとも、数年前どころか1週間前までは原付ユキと話をすることもなかったわけだが。

 一日ぶりの煽り合いを楽しみたいのは山々だったが――オレンジ色の陽が残るうちにアパートへ帰るべく、俺は原付のキーを挿してエンジンをかけた。

 すっかり走り慣れた国道を走りながら、すっかり話慣れてしまった原付ユキに話しかけた。


「それで――なんで黙ってたんだよ?」

「聞かなきゃ解らない?」

「いや――」


 本当は解っている。

 ユキは――俺の彼女とやらは――俺が気に食わなかったのだ。

 『七香さんの井戸屋』という特殊な状況を得て、女性のすべてを知ったような顔をしていた俺が。


「あ、そ。だったらいいけど」


 特段驚きはないというような口ぶりで、彼女は呟いた。


「それにしても、よく一人で気付いたじゃない」

「一人だからだよ」

「え?」

「一人だから、じっくりと考えられた。誰も教えてくれないから、自分で考えるしかなかった。だから――気付けたんだよ」


 思えば、こんなに誰かのことを考えたのは、人生で初めてだった。

 なまじ『転生者と話ができる能力』などを得たために、話ができないことと口を利けることの違いを思い知った。つまり――話せる者が話さないときというのは――話さないのではなく、話したくないということに他ならないのだ。


 ではなぜ、相手は俺と話をしたくないのか。


 何かが気に食わないのか。

 そうだとしたら、それは何か。


 相手の発言から、たどっていって――思い至った答えが、先ほどの「女性のすべてを知ったような顔をしていた俺」というものだったのだ。


「心がけは立派だけど――それが当たってる保証はないじゃない?」

「保証はなくても確信はあるよ」

「他人の気持ちなんて、話してくれなきゃ解らないのに?」

「話してくれたって、解らないこともあるだろ」

「ふぅん――ま、お灸をすえた甲斐はあったのかしらね」

「十分にな」

「よろしい」


 俺の尻の下にいるくせに、態度が上からなのも変わりがない。


「――で、これからどうするのよ?」

「まずは改めて美桜さんのところへ行こうと思う」

「彼女を『救済』しに行くってこと?」

「そんな傲慢なものじゃない。俺は人間だ。ただ話ができるだけの、当たり前の人間なんだ。誰かを救うだの助けるだの――そんなのは、カミサマにでもおまかせするぜ」


 学食の一件で俺は、つくづく思い知った。


 助けたつもりで傷つけてしまったり。

 助けるつもりで助けられたり。


 誰かが誰かを助けるなどというのは――打算や見返りを胸に抱く俺のような小物には――とうてい過ぎたことだった。

 だからもう、そんなものは求めない。


「――なんかあったの?」

、色んなことに気付いただけだよ」

「それはそれは、どういたしまして」


 皮肉を真正面から受け止めるコイツの面の皮の厚さに呆れつつ、俺は言い忘れていたことを口にした。


「それに、約束したからな」

「誰と? 何を?」

「美桜さんと――」




「『また来る』ってな」

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