【第二十走】みんなのちからで
「『また来る』ってな」などと決め台詞を発した直後、俺は大事なことを思い出した。
「そういえば――
「なによ、回りくどい言い方して。どこ行くのよ」
「それはお前にとっても因縁の場所であり――俺にとっては因縁を超えてもはや執念というべき感情のうずまく、言うなれば始まりの地だ」
「どこぞの耽美な文章表現の小説家みたいに、持って回った言い方するんじゃないわよ。他人にお願いするときは、ちゃんと自分の言葉で語りなさい」
「
「最初からそう言いなさいよね」
「返事は?」
「もちろんイエスよ」
わずかの逡巡もなくユキは賛同した。その迷いのなさに、やはりコイツとの会話は気持ちがいいと気付く。
彼女との会話は、とにかくテンポがいい。俺が何かを語りかけると、まるでテニスのラリーのように、正確な拍子で言葉が返ってくる。ここだけの話だが、先ほど彼女から「そんなにアタシと話したかったわけ?」と問いかけられ、否定しなかったのは本心でもある。
そんなことは、口が裂けても他人には言えないし、天地が裂けても彼女に伝えたりはしないけれど。
「なにをニヤニヤしてんのよ」
「なんでもない。とにかく急ぐぞ」
「任せといて!」
景気のいい相棒の声に背を押され、俺はアクセル全開で子供神がいるであろう神社に向かった。
*
「離せこの不敬者が!」
神社の境内に吹く夜風に乗って、子供の声が響く。
はたして
子供神のいる縁結びの神社に着いたときには、あたりはすっかり暗くなっていた。だが、美桜さんの意識が復活する午前零時まではまだ時間がある。だからそれまでにコイツの協力を仰ぐべく、こうして頭を下げてお願いをしにきたというわけである。
とはいえ昨晩は、呼べど叫べど姿を現さなかったコイツだ。今回も会えるかどうかは確信がなかったので、少し不安だったが――試しに賽銭箱に五百円玉を投げ込んでみたらホイホイと姿を現しやがったので、捕獲するのは簡単だった。
しかし――この子供神に関わると、なぜだかどんどん金が飛んでいく。もしかしてコイツは、縁結びの神ではなくただの貧乏神なのではなかろうか。
「うるせーよ。っていうかお前、力もないのになんで出てくるんだよ」
「そ、それは――迷えるものはすべからく救わねばならぬという、神としての自覚が」
視線を合わせず、泳ぐどころか溺れるような目つきで
「嘘つけ、ただの条件反射だろ。まったく金に卑しい野郎だぜ」
「な、何を言う。賽銭の額はそのまま信心の深さを表すのだ。キサマら人間のように低俗な金銭感覚と結びつけるな、この不敬者」
「不敬だろうが知ったことか。とにかくこちとら、払うものは払ったんだ。力を貸せ」
先日より続く財政難の中、ここにきて追加の五百円は非常に懐が傷んだが――そんなことにかまってはいられない。なんせ、ここで美桜さんを見限るというのは、懐以上にどうしようもなく――心が痛むのだ。
もう
「そうまでして我の力を当てにするとは。キサマ、何かあったのか?」
「なんでお前らは、俺がちょっとやる気を出すとすぐに、何かあったと疑うんだよ。少しは人の善意ってヤツを信じられんのか」
「信じられぬ」
「信じられない」
ついでのように後ろからユキが煽ってきたので、振り返って牽制した。
「お前は黙ってろ、話がややこしくなる」
「だって今のアンタ、事情を知らない人からしたら児童虐待で訴えられてもおかしくない絵ヅラだもの。だからアタシも参戦すれば、コントの一幕になるかなーと思って」
「余計な心配はするな。そもそも他人から見たら、今の俺は神社の境内で単身わめいているだけの不審者だ。児童虐待の事実はない」
「それならそれで通報されるでしょうが」
ため息をつきながら呆れたように話すユキ。
しかし子供神は、少し驚いたようにして質問をしてきた。
「キサマ――我が他者の目には映らぬと、よく気付いたな。我が力を失っていると知っていただろうに」
「まあな」
なんとなく、そんな気はしていたのだ。
先日コイツが俺の部屋に現れた時には、俺はきちんと部屋に施錠をしていた。にも関わらず、リビングで俺を待ち伏せていたことを考えると――なんらかの力がまだ、コイツには残っていると考えるのが妥当だろう。
そして他人には見えないと思った理由はただ一つ。
こんな
なのに、数日経ってもそんな噂の煙も立たないということは――他人には見えていないに違いがないのだ。
「元を正せば、お前のいい加減な仕事が発端なんだ。だったらちゃんと、お前も解決に向けて汗を流せ。力を取り戻したければな」
痛いところを突かれた子供神は、まるでこの世の苦悶全てをその顔に集めたかのような表情をして、鋭い目つきでこちらを睨みつけてはきたが――最後は静かにうなずいたのだった。
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