【第四走】元凶なくして結果なし
「――なんてことがあったんだよ、きっちゃん」
昼休憩の学生でごった返す学食の片隅。
目の前のテーブルには、友人の昼食であるオムライスが置いてある。
ケチャップで味付けしたライスを酸味が飛ぶまで炒め、半熟の黄色い卵焼きで包んだその料理は、低価格が売りの学食においても上位の人気を誇るメニューである。立ち上る湯気に乗って漂ってくるケチャップとバターの豊潤な香りは、否が応でも食欲を増進させるものだった。
他方、俺の昼食はというと――。
プラスチックのコップに注がれた水。
以上である。
もちろんこの液体には、水の味以外になんの味も匂いもついてはいない、純度百パーセントのお
なんせ俺は昨晩に大枚(五百円)をはたいたばかりなので、残念ながらこのテーブルに有料の食事を載せることはかなわないのだ。水はいくら飲んでも
そんな俺の苦難も顧みず、向かいの席でオムライスをじつに美味しそうにほおばるのは、我が友人である
きっちゃんは黒目がちのつぶらな瞳に加え、緩くウェーブした栗色のくせ毛を持った可愛らしい外見をしている。時たま女の子に間違われることもあるくらいだ。彼自身はそのことが不服なようだが――しかし今、こうしてオムライスを味わうさまを見る限りでは――男子も女子もなく、むしろトイプードルのようでもあるため、これはこれで実に可愛らしい。
そんな仔犬のような彼に向かって、俺は昨晩の出来事を説明しているのだった。
そもそもことの発端は、きっちゃんが俺に「縁結びの神社」なるものを紹介したのが原因なのだ。もちろん、そんな科学的根拠のない話にホイホイ食い付いた自分にも非があるだろう。それは自覚している。
だがしかし。
彼がそんな神社の話などしなければ、俺とてそんな場所へ向かおうなどと思っただろうか。いや、思わなかったに違いない。
反語表現でもって強調された被害者意識を抱えつつ、しかし大学での数少ない友人を失いたくはないので――俺はできるだけ棘のない口調でことのあらましを話していた。
そして俺がひと通り話し終えると、きっちゃんはそれまで食べていたオムライスを口に運ぶのをやめ――のんびりした口調でこう言った。
「そうなんだぁ。大変だったねぇ、
思わず椅子から転げ落ちそうになるのを踏みとどまる。
正直、昨夜の出来事はとても常識では考えられないような非日常的事件だったので、信じてもらえるかどうかは不安だったが――しかしこうもあっさりと受け止められては、こちらとしても拍子抜けである。
ちなみに「絃やん」というのは俺のあだ名だ。名付け親は目の前の彼である。個人的には響きが弱弱しくてあまり好きではない呼ばれ方だったのだが――それをきっちゃんに告げると、彼が出した代替案はあろうことか――「
さすがにこの二択では選びようがなかったので、俺は泣く泣く
それはともかく。
何事もなかったかのように再びオムライスを食べ始めた彼に向かって、俺は確認した。
「きっちゃん、本当に信じてくれてる?」
「もちろんだよ。そんな不思議体験ができるなんて羨ましいなぁ」
「じゃあ、今度一緒に行ってみるかい?」
なんせこちとら、
もしかしたら、彼も五百円を投げ入れればご縁にあずかれるかもしれないのだ。
そんな親切心から出た俺の申し出は――しかし衝撃的なきっちゃんの言葉によって断られた。
「うーん、でも僕は彼女がいるから、縁結びは間に合ってるんだよね」
「――なんだって!?」
俺は思わず立ち上がってしまった。
「なんだなんだ」「どうしたどうした」「あのコ可愛い」などという周囲の声と好奇の視線を感じた俺は、あわてて椅子に座り、小声でささやくように尋ねた。
「きっちゃん、彼女いたの? 初耳なんだけど」
「言ってなかったっけ? まあ――そんなことよりさ」
こちらの
もっとも――それが飽きないので、俺は彼との友人関係を楽しんでいるのだが。
「もしかしたら、僕も絃やんの原付さんと話ができるのかな?」
「ん? ああ、そういえば――どうなんだろうね。思ってもみなかったな、それは」
そもそも「原付と話をする」という行為自体が非現実的すぎて――他人と会話が成り立つかどうかなどというところまでは、とても考えを巡らせることはできなかった。
「だったら絃やん、試してみようよ! 僕、原付さんとお話してみたいよ!」
今度はきっちゃんが急に立ち上がって大声を出したので、再び近くにいる学生の数人がこちらに視線を向けた。
「なんだなんだ」「またかまたか」「やっぱりあのコ可愛い」と、再度周囲がざわめき始める。
「ねえねえ! いいでしょ、絃やん!」
「ちょ、ちょっときっちゃん。落ち着いて――いいからとりあえず座れよ」
ふだん大人しい彼が珍しく興奮する様を見て、戸惑いながらなだめようとしていたところへ――背後から声をかけられた。
「ねえ、何を面白そうな話をしてるのよ?」
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