【第二走】神頼みの代償
「ちょっとアンタ! か弱い女の子を
張り裂けんばかりの金切声が深夜の街中に響く。
その声の発生源は、まぎれもなく目の前の原付である。
「――もしかして、お前が喋ってんのか?」
「そうに決まってるじゃない。他に誰がいるのよ」
思わず問いかけてしまった俺に対して、さっきよりはいくぶん落ち着いたトーンで返答がきた。
確かに――深夜の神社の周囲に目をやるが、俺以外には誰もいない。
小さな白い車体を一通り見回してみても、スマホやスピーカーなどの音を発声するような機械は見当たらない。誰かの悪戯という可能性もなさそうだった。
「――いやいやいやいや。ちょっと待て、ありえねぇだろ」
「何がよ?」
「なんで原付が喋るんだよ」
「喋れるようになったからよ」
「雑な設定だなオイ!」
「正確には――『縁結びの神様』とかいうさっきの
「お前が異世界転生するのかよ! 普通それは、主人公である俺の役目じゃねーのかよ!」
いろいろと納得がいかない俺が思わず叫ぶと、信じられない答えが返ってきた。
「じゃあアタシが主人公なんでしょ、きっと」
いけしゃあしゃあと誇らしげに言い切るのが非常に腹立たしかったが、俺にはこれ以上その件について追求する気力も起きなかった。
「マジかよ――」
肩を落としてため息をつく俺に向かってコイツは――しかしすぐに声の調子を落とし、
「そんなメタ的設定はともかく――アンタ、さっきからアタシのことじろじろ見すぎなんだけど」
「いや、それは――いきなり原付が喋り出したら、誰だって様子をうかがうだろーがよ」
「知らないわよ。女の子を舐め回すように見るとか、キモイからホントやめてよね」
まさか機械に「キモイ」と言われる日が来るとは思わなかった。
その後も何やら「キモイキモイ」と騒いでいるようだったが――すでに俺の耳はその声を聞くことを拒絶していた。
そして改めて考え直す。
まあ、少々口が悪いのは気になるが――とはいえ、喋るだけである。原付に乗っている最中はもちろん一人きりなので、走行中の気晴らしにはなるかもしれない。最近は排気ガス規制なんかの影響で色々な機能をもつスクーターも登場しているようだし、おしゃべり機能くらいあってもかまわないだろう。要は、俺が上手く付き合えるかどうかだ。
そして物事をできるだけポジティブに捉え、受け入れようとするのは、自他ともに認める俺の長所である。ならば原付が喋るくらいは何の問題になるだろうか。
「大した問題じゃないな」と、そうしてこの認めがたい現実を受け入れようとし始めた頃――別の声が聞こえてきた。
『あー、そうそう。じつは二つほど言い忘れたんだけどよ』
先ほどの
姿は見えず、頭の中に声だけが響くように聞こえる。
『とりあえず、ソイツに名前を付けてやってくれよ。恋人が名無しじゃあかわいそうだろ?』
「クソガキこの野郎、出てきやがれ! 何が恋人だ――コイツ、人ですらねぇじゃねぇーか!」
『愛しい愛しい待望の彼女なんだからさ――せいぜい可愛い名前を付けてやれよな。これが一つ目だ』
俺の抗議に耳を傾けようともせず、神は自分のペースで勝手に言葉を続けた。
『そんで、もう一つなんだけど――』
「ヒヒヒ――」と、例の
『お前、その原付が生涯の彼女だからな。せいぜい大事にしてやれよ』
「なん――だと?」
『その原付が存在する限りお前には人間の彼女はできねぇって言ってるんだよ。神に祈るってのはそーゆーことだぜ』
信じられない言葉に某有名オシャレ漫画のごとく問い返すと、今回は嫌味たっぷりの返事があった。人の嫌がることにだけ答えるとは――なんて意地の悪い
「そんな話聞いてねぇぞ!?」
『だから今教えてやったんじゃねぇか』
「原付の彼女なんて頼んでねーよ! 人間の彼女をよこせ!」
『俺はちゃんと念押ししたぜ――愛しい奴を彼女にしてやるから、後から文句は言うなよ?――ってな。それに別世界じゃ人間だったんだから、お前の希望もちゃんと叶えてやってるだろ。ただこの世界では人間じゃねぇってだけだ。
「戯言を――」
『――神託と言え、不敬者』
なおも食い下がる俺に向かって、急に威厳のある声で神は言った。
『そもそも神頼みなどというものは、何かしらの代償を捧げて心から祈るものだったのだ。
今までの軽い調子が一転、威圧的になったことで恥ずかしながら――ビビッて大人しく聞き入ってしまった。
――続けて神は言う。
『それを現代の
今にして思えば、つい先ほど「五百円以上の賽銭は、無下にしてはいけない」などという現実味に溢れた話を聞いたばかりだったのだが――それすら忘れて、圧倒された俺は黙って己の身勝手さを恥じ入るばかりだった。
『それが解ったなら、己の願いの結果を受け入れろ。そうすれば、これ以上お前に不幸を与えないでおいてやる』
「チッ――」と小さく舌打ちをしてから、俺は答えた。
「解った、解ったよ――どうせ喋る原付もいいかと思い始めてたトコだ。受け入れてやるから、これ以上余計なモンを追加するのは勘弁してくれ」
『解ればいいんだよ。じゃあ、とりあえずそういうわけだから――まずはちゃんと名前を付けてやれよ』
「考えとくよ」
『その調子だぜ。じゃあ、あばよ――ヒヒヒ』
最後まで神経を逆なでする笑い方を残して、残響は消え去った。
「はぁ――」
本日何度目かのため息をついて、近くの鳥居にもたれかかりながら考える。
まったく――なんでこんなことになっちまったんだ。
原付が彼女?
しかも今後、生身の恋人はできないだって?
五百円の代償がそれかよ――最初は意地を張って強がってみたものの、個人的にはそれなりに切実な願いでもあったというのに。そうでなければ、昼飯二回分を賽銭にしたりするものか。
やるせなさを感じて、とうの昔に日の暮れた神社で途方に暮れた俺は、この世に神はいても救いはないことを思い知るだけだった。
湿気を含んだ生ぬるい風が俺を撫でる。
まるで、この現実から逃げられはしないとまとわりつくように――。
「――で、どうするの?」
今まで遠慮していたのか、俺と神のやりとりが終わったとみるや――原付が口を挟んできた。
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