第45話 脱出
「キャハハハハハ、アハ、アハハハハハ!」
突然響いたその笑い声に、ピートは恐怖で強張ったままの表情で辛うじて目線だけを動かして、その声の方向を見た。
笑っていたのはドロシーだった。いや、でも何か違和感がある。そう、彼女は眠ったままなのだ。首が項垂れたままで目も閉じている。
すると急にビクンと痙攣したかと思うと、顔が正面を向き、カッと目を見開いた。
真っ黒だった彼女の黒髪と衣装は、頭の先から塗り替えられる様に真っ白へと変化していった。
彼女を雁字搦めに拘束していたロープは、飴の様に溶けると彼女の真っ白い衣装の装飾へと変化してしまった。
魔法の塑性加工術を使った事は一目瞭然なのだが、彼女は言葉を発する事無く魔法を発動している。まあ、ヴィヴィアン自体が魔力そのものみたいな物なのだから、当然と言えば当然なのだが、考えただけで魔法を発動出来る様子を目の当たりにした男達は、皆一様に驚いた顔をしていた。
そして、拘束が解けた彼女は、すっくと立ち上がり、何処か操り人形の様なぎこちない動きでカクンと頭をこちらへ向けた。
髪の毛はもちろんの事、眉毛も睫毛も瞳の色も真っ白に変化していた。
こちらへ向けて一歩二歩と歩いて来る途中で、ボブだった彼女の髪は、肩甲骨位の長さまでに伸びた。
「アハハハハ、やった! 動く、全部自由に動くわ!」
彼女は、ぎこちない動きで腕を上げ、手の甲と手のひらを交互に見比べながらそう言った。
口調が完全にドロシーのものではない、あれは……
「ヴィヴィアンじゃな。」
ピートが言うよりも先にシェスティンがそう言った。
そう、あれはドロシーに乗り移っている、
「ドロシーさえ眠っていれば、この体は私が自由に出来るんだ。邪魔されずに好きに動かす事が出来るんだ! やった! アハハ、さいこー!!」
ヴィヴィアンは心底嬉しそうにそう言うと、呆気にとられて硬直している白衣の男から注射器を奪い取り、それを自分の首へあてがった。
「これを打てば、ドリーはずっと眠っていてくれるんでしょう?」
「……なっ!」
「止めんか! ヴィヴィアン!!」
シェスティンは、空間転移を使ってその注射器を取り上げようとしたのだが、ヴィヴィアンはそれを予測していたかの様に半歩横へ移動し、奪い取られる前にプシュッと注射を自分の体に打ってしまった。
そして、だらりと腕を下ろすとカランと注射器を床に落とした。
「これでドリーはずっと眠ったまま、私は遂に体を手に入れたんだわ!」
顔を上げるとニヤリと笑った。
ドロシーとヴィヴィアンは魂を共有しているはずなのだが、何故薬物で体を眠らせるとドロシーだけが眠りについてしまい、ヴィヴィアンは動ける様に成るのか。
東洋には霊体とか気とかの概念が有る。
霊体は、こちらで言うところのアストラル体に近い概念だろう。
気は、生物の精神や体から発生するエナジー、すなわちマナに近い概念かもしれない。
霊体は、魂魄という2つのもので出来ているとされる。【魂】と【魄】だ。
魂は、精神体の
ヴィヴィアンは、魂魄の生成途中でシェスティンから逃れるために、ドロシーの中へ逃げ込み融合してしまったわけだが、元々体を持たないヴィヴィアンは、ドロシーと融合するに当たり、その魂の50%を共有状態で固定してしまい、魄に至っては全く生成出来ていない状態なのだ。
なので、体の主導権はドロシーに有るわけなのだが、その事実が逆に今回の件に置いては裏目に出てしまっている。
薬物等によって強制的に体を眠らせると、魄は活動を停止し、対になる魂も連動して活動を停止する。
だが、ヴィヴィアンは魄を持たないために覚醒していられるのだ。
その事実に気が付いたヴィヴィアンは、薬でドロシーを眠らせ、その体を我が意のままに出来る事に気が付いてしまった。
体内からマナのエナジーでかろうじて体を動かせてはいるが、思う様には体を動かせない。しかし、ヴィヴィアンにとってはそれで十分だった。
それが例え
ヴィヴィアンは、念願の体が手に入った事に歓喜していた。
そしてそのまま、夢遊病者の様な覚束ない足取りでドアの方へ歩いて行ったのだが、ドアの前でしばし立ち止まり、小首をかしげて不思議そうな顔をしている。
研究所の自動ドア同様、ドアの前に立てば勝手に開くと思っていたのに全く開く気配が無いので、このドアノブの無いドアをどうやって開ければ良いのか分からないのだろう。
「ハ……ハハハ! そのドアは電子ロックが掛けられている。出る事は出来ないぞ!」
男は勝ち誇った様に言った。
しかし、その言葉が聞こえなかったのか、無視したのか、振り返りもせずに右手をすっと上げると、ドアに掌を付けた。
すると、驚いた事にドアとその周辺の壁が水面の様に波打ち、渦を巻くと全く別の形へ再構成されてしまった。
ヴィヴィアンの目の前には、古めかしいゴシック調の様な、上部が半円形の形をした重厚な木製のドアが出現していた。
パンッ! ピューン!
室内に銃声の乾いた音が響いた。兵士の一人が銃を発砲したのだ。
ピュンと軽い音がして、銃を撃った兵士が後ろへ数歩よろめいた。
胸を見ると、銃弾が当たった痕がある。スーツとその下のワイシャツの前をかき分けると、その下に着用していたボディアーマーに銃弾がめり込んでいた。
「あれは、祖力障壁じゃな。こっちの世界では誰にも見せた事は無いのじゃが……」
シェスティンは、独り言の様に呟いた。
おそらく祖力障壁とは、魔力の殻で包んで身を守る硬い鉄板の様な絶対障壁とは違い、柔らかいゴム毬の様に受けた力をそのまま跳ね返すタイプの
周囲の事など全く興味が無いとばかりにドアを開け、出て行こうとするヴィヴィアンに向かって、ピートは慌てて叫んだ。
「ちょ、ちょっと待って! 爆発する! 爆発するからー!!」
「爆発……」
ヴィヴィアンは、ドアノブから手を離し、一言呟くとこちらへ振り向いた。。
「ああ、あの魔法道具か、面倒臭いな。」
いかにも今の自分には必要無いと言わんばかりである。事実、必要は無いのだろう。
魔法道具の収められた防音処理の施されたガラスケースの方を見ると、右手を上げ、人差し指をクイッと曲げて自分の方へ来いというジェスチャーをした。
ガラスケースは、パンッという音と共に砕け散り、その破片の中からドロシーの魔法の玉がすうっと飛んで行き、ヴィヴィアンの右手の中へ収まった。
そのままその玉を口の中へ入れると、ごくんと飲み込んでしまった。
ピンポン玉大も有る玉を飲み込んだりしたら、普通は窒息しそうなものだが、ヴィヴィアンは平然としている。多分、魔力でなんとかしたのだろう。
真っ白い少女はドアの外へ出て行ってしまった。
後に残った全員がポカンとした表情でその後姿を見送っていた。
「あっ! ま、魔法!
【Roger(了解) 絶対障壁展開】
そんな異常事態の連続の中で、いち早く我を取り戻したピートが慌てて魔法道具へ呼びかけた。
ピキーン!
「……!!」
「ふふふ、バリアーを防御じゃなくて相手を拘束するために使う事を教えてくれたのはあなた達よ。どうもありがとう。」
ピートは、魔力で拘束を解くとガラスケースの破片の中から自分のロザリオともう一つ、DDのピアスを拾い、椅子に縛られたまま昏睡しているDDを魔力で持ち上げ、ヴィヴィアンの後を追った。。
私、魔女始めちゃいました。 桂 @20qcqt18mudman10
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