第44話 魔法の所有権
「えっ!? ちょっとお待ち下さいシェスティン様。それはどういう事ですか?」
DDとピートは、そう聞き返そうとしたのだが、それよりも先に敵の男が同じ質問をしていた。
「いやだから、ちょこっとお前さん達に用事が有っただけで、すぐに帰るつもりだったよ。今の拠点はアメリカじゃからな。」
ホッとした表情のDDとピートとは対象的に、顔を真赤にする男達。
反射的に銃を抜こうとする者を手で制し、男は言葉を続けた。
「何故アメリカなんですか!? あなたは地球の人類には皆平等に接すると仰った、ならば、このまま我が国に滞在されても構わないではないですか!」
男の語気は荒くなるが、シェスティンは全く意に介さないという表情だ。
「お前さんがアメリカの研究所を攻撃してしまったのは、私が無かった事にしたから心配ぜずとも良いぞ?」
「そんな事を言っているのでは無い、今、我が国とアメリカの関係は非常に険悪なものと成っているのはご存知のはずでしょう? あの軍事大国にこれ以上の技術の独占を許す事は断じて許容しがたいと言っているのです!」
シェスティンの呑気な物言いに、男は少々ヒートアップして来た様だ。
「…………」
「……じゃがのう……」
しばしの沈黙が流れた後、シェスティンが徐に口を開いた。
「アメリカは今一番遅れておるからのう、このままじゃバランス悪いじゃろ?」
「え?」
「え?」
「え?」
「「「「「えええー!?」」」」」
男に続いてDDが、そしてピートが、更にはその場の全員が、敵味方の全員がシェスティンの顔を驚いた表情で凝視した。
中には二度見した者まで居る。
「……え? ちょっと待って、今、アメリカが一番遅れている…… と聞こえたんだけど?」
DDが何とも言えない表情でシェスティンに聞き返した。
「そうじゃよ? 世界中で魔法の技術的解明を研究しているが、アメリカは飛び抜けて遅れておるのう。」
「えっ…… えっ? ウソでしょ!?」
DDは信じがたいという表情だ。
何故ならアメリカはすべての分野に於いて最先端を走っているという自負が有ったからだ。
前大戦から此の方、軍事的に最強国家の地位を恣にして来たはず、いや軍事ばかりではない、宇宙だって経済だってそうだ。科学、医学はもちろんの事、あらゆる分野の技術者を世界中からかき集め、潤沢な資金を提供して研究しまくっている。 ……はず……
それが、一番遅れている!?
そんな馬鹿な、どういう事!?
「……確かに、俺は産業スパイとして潜り込んでいたが、あまりの技術格差に愕然とした覚えがある。周回遅れもいいとこだったぞ。結果、成果は何も得られずに抜け殻のアーティファクトを盗み出しただけだったな。ポータルゲート一つ実用化出来ていないとは、逆に技術を隠して偽装しているのかと疑いたく成る程だったぞ。」
どうも男の口ぶりだと、他国の魔法に関する技術の進展具合は、観測し難いらしい。
アメリカの研究が遅れているというのは、シェスティンの言葉を聞くまでは今の今まで自分でも半信半疑だった様だ。
魔法は、軍事技術の様に演習などで他国へ見せびらかせたりしないからだろう。
仮に、魔法が進んでいる他国の人間を拉致したり雇ったりした所で、その技術を自国に移植するのは非常に困難であるらしい。
他人に教えられる物では無いし、誰にでも扱える昔のアーティファクトはシェスティン婆さんが粗方回収してしまっている。
もし残っていても国家が厳重に秘匿してしまっているので存在を知る事が出来ないし、仮に知ってもそれを持ち出す事が出来ないだろう。魔法で阻止されるだろうからね。
それに、新型は持ち主を選ぶので、他者が奪う事が出来ないときている。
魔法は、その国の内部で細々と受け継ぎ、表には決して出て来ない。
自国が魔法を所有している事は知られてはならないし、まして他国への威嚇に使う事は決して無いだろう。
もし使えば製作者であるシェスティンの怒りに触れ、一切を取り上げられてしまう事が分かっているのだから。
だから、各国は科学による魔法の再現技術を必死に研究している。
魔法自体の軍事利用にはシェスティンが目を光らせているが、地球の技術で魔法と同等の効果を再現したものに関しては、彼女は不干渉姿勢を貫いているからなのだ。
彼女が与えた魔法に関しては悪用を許さないが、地球の技術で再現した魔法に関しては地球人の物なので、どう使おうが彼女はとやかく言わない。
彼女は地球人に魔法を与えて、一体何をしたいのだろう?
「この分野に関して言えば、古代から呪術や妖術等の概念のあった地域の方が遥かに進んでおるぞ。大体、中東からインド、中国、日本あたりのアジアが最先端じゃな。アメリカは…… どうも文化的に不可思議現象に対する生理的忌避感があるみたいでのう、何でも自分等で納得出来る様に科学的に説明したがる傾向にあるな。それは決して悪い事では無いし、科学の発展には必要な考え方ではあるのじゃが…… どうも的外れな解釈をしがちな傾向があるのう。」
「それが我が国の魔法科学の発展を遅らせていると?」
「まあ、高々200年ちょっとの国と他の国とでは、500年は開きが有ると見て間違いないじゃろうな。」
「そんなに、ですか?」
DDは愕然とした。
自分達が世界のトップだという思いが木っ端微塵に打ち砕かれたからだ。
そして、人質の価値も無いと分かった自分等に待ち受けている運命は……
「それで、私達をどうするつもり?」
DDは、男達に至極当然の質問をぶつけてみた。
「どうもしないさ、こんな所で3つもの魔法道具に爆発されては大損害だからな。ただし、死ぬまで永遠に眠っていてもらう事になるだろうがな。」
ピートはその言葉にぞっとした。
敵の双子の姉妹と戦った時に彼女達が吐いた言葉を思い出したからだ。
新型の魔法道具は、持ち主から取り上げれば大爆発を起こすという。これは、シェスティンが使用を認めた本人以外には使わせない為のセーフティ機構なのだ。
しかし、それには抜け道があるのだという。
持ち主が、誰か他人に害されたと認識しないで死んだ場合、つまり、病気や老衰等の自然死の場合に限っては、爆発は起こさずに持ち主情報は消失する。
この事実を知っていた敵国の組織は、薬物を用いて使用者を眠らせ、幸せな夢を観させたままの状態で衰弱死させるという方法があるのだと、あの双子は言っていた。
ピートは、自分達がそれをされる事を確信して鳥肌が立った。
横のドアが開いて、薬のアンプルとガンタイプの注射器、ピンセット、膿盆…… 豆の様な形をした、医療用の金属のトレーとガーゼ、消毒薬と脱脂綿の載ったワゴンを押した、白衣を着た男が入ってくるのを横目で認めた。
恐ろしい想像は直ぐに現実のものと成るだろう。
白衣の男は、ピンセットで摘んだ脱脂綿を消毒液に浸すと、それをDDの首筋に塗り、カンッと音を立ててその使用済み脱脂綿を膿盆へ捨てた。
その一連の医療行為が余計に恐怖心を掻き立てる。
白衣の男は、薬のアンプルを手に取ると、先端部に溜まった薬液を落すために指で軽く弾き、先端部をポキンと折り取る。
たったそれだけの動作なのだが、体を拘束され、ただ見ているしか無いピートにとっては酷く長い時間に感じられる。
薬を注入した注射器がDDの首筋へあてがわれ、プシュッと音がした次の瞬間、DDの頭はガクリと項垂れた。
そして男は、ワゴンに注射器を戻すと、再びピンセットを取ると脱脂綿を消毒液に浸し、今度はピートの首筋へ塗る。
アルコールの臭気が鼻を突く。
同じ動作で薬を注射器にセットすると、それを持って今度はピートの方を向いた。次は自分の番だと彼女は思った。
ドロシーはヨダレを垂らしてだらしなく眠っている。きっと後回しなのだろう。
スローモーションの様に感じられる時間の中で、ピートは何故シェスティン様は助けてくれないのだろうかと考えていた。
彼女は薄情なのか、人の心を持っていないのか、いや、そもそも2千年以上も生きているって、人間ではないではないか。
全く、敵なのか味方なのかさえ分からない。
何を考えているのかさえ分からない。
そういえば、DDがシェスティン様は、善も悪も超えた存在だと言っていた。そんなの、まるで神じゃないか。
……そうか、それなら仕方がないな……
「キャハハハハハハハハハ!!」
今正にピートの首筋へ注射器が触れようとしたその時、部屋の中に少女の甲高い笑い声が響いた。
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