第43話 監禁されちゃいました

 「う…… う~ん……」


 ピートは意識を取り戻した。

 はっと我に返り、立ち上がろうとするが全く身動きする事が出来ない。

 身体は拘束されており、座らされている椅子に縛り付けられていた。周囲を見回すと、窓も家具も何も無い無機質な感じの部屋の内部だ。何処かの倉庫? いや、研究室だろうか? 鉄格子は無いから牢では無い様だが……

 隣には、自分と同じ様に拘束されたDDとドロシーが居る。ドロシーは未だ眠りこけているが、DDは既に目を覚ましていて無表情な顔でじっとこちらを見ていた。


 「やっと起きた様ね。」


 ピートが目を覚ました事に気が付いたDDが、抑揚の無い声でそう言った。


 「はあ、最近は事務仕事ばかりに追われていたとはいえ、こうもあっさりと捕まってしまうとは我ながら情けない。」

 「それはつい最近まで現役だった私に対する皮肉かしら?」


 DDの言葉には、そう言った意味合いもほんのちょっと含まれていた気がした。

 確かにDDは、シェスティン様付きの秘書として、諜報員としての現役からは遠退いて居たのかもしれない、だけどピートはついこの間まで現役で活動していたのだ。それが待ち伏せされていたとはいえこうも簡単に捕まってしまうとは、情けなさすぎる事態だ。

 ただ、武器を使った戦闘なら自然と体に染み込んでいたスキルで何とでも対処出来たのであろうが、如何せん魔法を組み合わせた戦闘では経験が浅すぎた。


 例えば、ナイフであれば相手のリーチの範囲内に入らないとか、動作の始点終点に必然的に生まれる隙きに対処する等の動き、銃であれば銃身の延長線上から外れる様に最小限の動きで躱す等、体が無意識に動くのだが、それに魔法が組み合わされると、次に何をしてくるのかが分からずに混乱してしまうのだ。

 また、赤玉レッドボール青玉ブルーボールの様な攻撃魔法、絶対障壁バリア防護殻シェルの様な防御魔法、それに飛行術や光学魔法といった既知の定型の魔法の使い方ばかりを訓練してきた弊害は、特にドロシーみたいに自由な発想で独自ユニークな魔法を使って来る相手に対しては、初見でしてやられるケースが儘あった。


 「あれは…… あくまでも初見殺しなだけよ。」

 「プロが言って良いセリフじゃないわね。」


 腑抜け過ぎなのはお互い分かってる。

 確かに諜報員として活動していた頃には考えられなかった事態だ。


 魔法の道具を与えられて、魔法を自分で使うようになって、その万能感に浸る内にちょっとのミスで生きるか死ぬかのひりついた肌感覚を何時しか失っていたのかもしれない。

 麻酔ガスなんて単純な手で捕まってしまうなんて、我ながら間抜けすぎる。

 あの時ああすれば良かったこうすれば良かったと幾らでも考えられるのだが、なんかもう考えるのも面倒臭くなってきた。


 「魔力操作、ロープを切断して。」


 ピートは魔法を使おうと命令をしたのだが、案の定魔法が発動する気配が全く無い。


 「あっ! 私のロザリオが無い!」

 「当たり前でしょう。捕まえた相手の武器を取り上げないわけ無いじゃない。」

 「やってみただけよ。魔法の道具を取り上げれば大爆発を起こすのは向こうも知っているはずなんだから、きっとその辺に…… 声の届く距離には置いてあると思ったのよ。」

 「その程度の事は、先に目を覚ましていた私が既に試しているわ。あなたの後ろのテーブルの上のガラスケースみたいな物の中に3人の道具が入っているわ。」


 ピートは、椅子に拘束されたままの姿勢で、唯一動く首を回して真後ろを確認した。

 確かにそこにはガラスケースみたいな物があり、その中に3つの道具が収められている。多分、ガラスは多層に成っていて、こちらの声が届かない様に完全防音処理を施されているのだろう。

 魔法の道具には声で命令するという性質上、完全防音加工されたケースに隔離されてしまえば打つ手は無いのだ。

 こんな単純な盲点が有ったなんて、今まで全く気が付かなかった。


 「あっ、そうだ! ドロシー! ドロシーなら!!」


 そう、ドロシーなら他心通テレパシーで、防音されていても道具へ直接命令出来るはず。

 そう思ってドロシーの方を振り返ると、よだれを垂らしながら気持ち良さそうに眠っている姿が目に入った。


 「グギギ…… この、役立たず……」


 確かに彼女の魔法は強力だ、だけど彼女を戦力として数えて当てにするのは危ないのかもしれないと、二人は心底思った。


 「はあ、もう初心者丸出しで恥ずかしいわ。」

 「現に初心者なのだから仕方がないわよ。」


 武器も魔法の道具も取り上げられ、こんな雁字搦めに拘束されている現状では、次にあいつらが何かリアクションして来てくれるまでは雑談でもして時間を潰しているしか無い現状に溜息が出る。

 一方、ドロシーはというと気持ち良さそうに眠りこけていて、全く目を覚ます気配が無い。訓練されていない一般人である彼女には、麻酔ガスは良く効いてしまっている様だ。



 その時、ドアが開いて男が数人、その後ろから入って来た人物を見て、二人はその目に怒りを浮かべた。


 「シェスティン様! いや、シェスティン! 何故我々を裏切った!」

 「おや、人聞きが悪いね。私は誰の事も裏切ったりしておらぬよ?」


 最後に入出して来たのはシェスティンだった。案の定彼女はDDとピートから怒りをぶつけられたのだが、それに対しては意外な反応をされたとでもいう様に、少し驚いた感じでそう言い返した。


 「何を言っているの!? 現に私達は攻撃を受けたのよ! 徹甲弾だって3人居なければ大怪我していたわ! いえ、死んでいたかもしれないのに!」

 「それは、お前達の方が侵入者だからじゃろう。お前さんの国では、他人の家に勝手に侵入したら、銃で撃ち殺されても文句は言えないのではなかったのでは? 確かそう記憶しておったがのう?」

 「……ぐっ……!」


 正論である。


 「お前さんの国の人間は、常に自分の方が正しいと思い込む癖があるのう。」

 「ぐぅ!!……」


 ぐうの音も出ないとは…… あ、出てますね。


 「それにな、あの程度の攻撃はお前さん達ならば容易く防ぐと私は知っておったぞ。」

 「何を言って……」


 「いえ、シェスティン様なら、それは既知の事実なのよ。例え未来の出来事でもね。」


 怒りのあまり言葉が出てこないピートからやや間が開いて、DDが何か事情を知っているという風に話し始めた。


 「シェスティン様はね、未来に起こるであろう事象をも把握しておられるのよ。精神が時間を渡航して、未来の自分が今の自分へ知らせて来るのよ。」

 「そんな馬鹿な!」


 ピートの言う事も分かる。正にそんな馬鹿な、なのだ。

 しかし彼女は、元の世界でその方法を獲得した賢者を超えた賢者なのだ。最も『神』に近付いた『普通の人間』と言えるのかもしれない。


 未来に起こる事象を知るだけではない。未来の自分が一生を賭けて研究した成果を今の自分へ受け渡し、未だ研究が始まってすら無い物ですら成果を先取りしてしまう事が出来る。

 例え一生を賭けて研究しても完成に至らなかったとしても、その途中の成果を出発点として続きから研究を始める事が出来る。

 つまり、未来の自分の研究を今の自分が引き継ぐ事が出来るのだ。今の自分が完成出来なかったとしても、時間を遡ってその前の自分へ、それでも完成しなかったなら更にその前の自分へと記憶を受け渡し、研究を積み重ねて行く事が出来る。完成するまで何度でも永遠にね。

 元の世界では、第7次元を突破する為に正に621回もの時間遡行を繰り返し、凡そ3万年もの延べ時間を費やし、そしてついに成し遂げたのだ。


 恐るべき根気、恐るべき胆力、そして恐るべき魔法力の持ち主!。


 「あの人を私達の常識で図っては駄目。物事の善悪もあの人の前では全く意味を成さないのだから。」

 「…………」


 ピートはDDの言う言葉の意味が半分も理解出来なかったのだが、何か言い様のない不安感に襲われたため、それ以上食って掛かるのを止めた。


 「お前さん達、ちょーっと簡単に捕まりすぎではないかい? 今だってそんな拘束位簡単に脱出出来なければ駄目じゃろ? 何やってるの?」

 「そ、そんな事位分かってるわよ!」


 二人共、もぞもぞと動くのだが、一向に拘束が解ける気配が無い。

 そして、眉間に縦皺を寄せて考え込んでしまった。


 「やれやれじゃ……」


 シェスティンは、あきれたという感じで言葉を続けた。


 「お前達、そんなんで良く平気で乗り込んで来たもんじゃな。」

 「だ、だって、シェスティン様が敵へ寝返ってしまったのが悪いのよ!」

 「いや、だから寝返っとらんて言うとるじゃろ。少し用が有っただけじゃよ。」


 何だか大人と子供の会話みたいになってきた。


 「しかし…… しかし! 百歩譲って私達から離れるにしても、私達の敵対勢力へ行くなんて酷いじゃないですか!」

 「いや、用事を済ませたら帰るつもりじゃったぞ?」


 「「えっ?」」

 「「「「「えっ!?」」」」」


 DDとピートは、シェスティンの意外は返答に驚いて彼女を凝視してしまった。

 というか、その返答に驚いたのは敵の男達も同様だったようで、全員が驚いてシェスティンを注目している。

 当のシェスティンはといえば、何で皆そんなに驚いているの? とでもいう風にキョトンとして突っ立っている。




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